第三十八楽章 飛び入り参加。
「おおぉっ!」
ぼくたち四人は、思わず同時に声を上げた。
音楽の発生源である浜辺のそばの一角には「いまりマリーナ サマーフェスタ」と大書きされた入り口ゲートが設置され、その向こうには、ちょっとした学校の運動場くらいの土地が広がっていた。そしてそこでは、なにやら大掛かりなイベントが行われているようだった。
ゲート付近で中の様子を伺っていると「受付」と書かれたテーブルの前に座っているおばさんが、
「どうぞ。入っていいわよ」
と、ぼくらに笑い掛けた。
「いいんですか?」
波多津薫が訊ねると、
「大歓迎よ。じゃあ、手首にこれを巻いてね」
と言いながら、四本の紐状の何かをくれた。
それぞれに「1134」「1135」「1136」「1137」と、四桁の数字が記してある。
「その番号で、最後に抽選会があるから。なくさないようにね」
そう教えてくれたおばさんにお礼を言って、僕らはゲートを潜った。
正面の一番奥には、入り口と同じく「いまりマリーナ サマーフェスタ」と壁面に記された特設ステージがあった。
端に開かれた数件の露店では、手作りの小物やアクセサリー、パワーストーンや洋服などが売ってある。
別の一角にはバーベキューグリルがずらりと並べられ、アワビやサザエなどの海鮮類、伊万里牛やありた鶏などの食肉類や、ビールやソフトドリンクなどが販売されていた。大勢の人たちが、盛んに飲み食いしている。
「すごいね」
ぼくがそう呟くと、
「あ、なんか始まるよ」
と、波多津薫がステージを指した。
数人の男女が、手を振りながらステージに上がった。客席から拍手や口笛が飛び、歓声があがる。
ぼくたちも、そちらに向かった。
ステージ上には、本格的なライブ用の設備が整っていた。
大きなアンプに、スピーカー。ドラムセットにキーボード、数本のスタンドマイク。アイパッドを置いた譜面立てや、その足元には、モニタースピーカーまで置いてある。設備的には、あの「VELVET」にも引けをとってはいなさそうだ。
壇上には、年配の男女六人が立っている。リラックスした様子で、何かを話している。全員が、カラフルなアロハシャツ姿だ。
「さぁ。それじゃ、また二曲くらいやりましょうか」
長い白髪をオールバックにして後ろで結んだ、口髭を生やした男の人が言った。また、会場に拍手と歓声が上がった。
「では、定番中の定番、TーSQUAREの“TRUSH”。そして、RXの“S.T.F”。二曲続けて、お楽しみください」
そう言って、なにやら見慣れない楽器を、白髪の人は口に咥えた。
「え、ウソ!」
波多津薫がそう呟くと同時に、演奏が始まった。
曲名は知らなかったけど、耳馴染んだ曲だった。
ヴォーカルのない、インストゥルメンタル曲だ。
そして、全員が、めちゃくちゃに巧い。
笑顔を交わしながらそれぞれの楽器のソロを回したりするのだが、初心者のぼくが聴いてもわかるくらいに、巧みな演奏技術を全員が持っていた。
一曲めが終わった時、ぼくは、皆と一緒に大きな拍手を演者に送った。
二曲目が始まった時、波多津薫がぼくの肩を叩いた。
振り向くと、波多津薫が何かを言っていた。
だけど、演奏の音が大きいので、あまりよく聞き取れない。
ぼくが曖昧な笑顔を返すと、波多津薫が、いきなりぼくの耳元に顔を寄せた。
いきなりの超接近に、ぼくは思わず固まった。
「……れ、聖飢魔Ⅱの」
「え?」
「これ! 聖飢魔Ⅱのふたりの曲!」
「は?」
ぼくが間の抜けた返事を返すと、波多津薫はポケットからスマホを取り出して、なにやら操作した。
ぼくに、画面を見せた。
そこには、聖飢魔Ⅱの構成員ふたり、ベースのゼノン石川和尚と、ドラムのライデン湯澤殿下の写真があった。
「このふたりの! ファンクユニットの! 曲!」
ぼくが聞き取れるように、大きな声で波多津薫は言った。
聖飢魔Ⅱの?
ぼくは驚いた。
ハードロックでもヘヴィメタルでもない。お洒落で、そしてなんとも複雑な曲だった。
巧みな演奏を充分に披露して、ステージが終わった。
バンドのメンバーが、手を振りながらステージを降りる。
「……凄かったね」
そう言いながら横を見ると、そこには、波多津薫の姿がなかった。
あれ?
キョロキョロと辺りを見渡す。
いた!
ステージの袖で、なにやらバンドの人に話しかけている。こういう時の彼女の行動力は、おそろいものがある。
ぼくも、近づく。
波多津薫は、バンドのギタリストのひとりと、なにやら話し込んでいた。
「……波多津さん?」
声を掛けると、波多津薫は文字通り“瞳を輝かせて”ぼくに振り返った。
「見て! これ、バリアックス!」
……バリアックス?
ぼくが首を傾げると、
「今、エース長官が使ってるギターだよ! 本物、初めて見た」
波多津薫は、頬を赤らめて興奮した様子でそう言った。
「厳密には、ギターじゃないけどね」
ギタリストのおじさんが、プラスチック製のコップに入ったビールを飲みながら、笑って言った。
「ギターやってるの?」
おじさんの問いに、
「はい」
と、波多津薫が答える。
「弾いてみなよ」
と、おじさんは首からその「バリアックス」を外し、波多津薫に渡した。
さらに瞳を輝かせて、波多津薫がそれを受け取る。
「ここをこうしたらレスポール、こうしたらテレキャス……」
説明を受けながら弦を爪弾き「キャッキャ」と喜んでいる。
まるで、新しい玩具で遊ぶ子供みたいだ。
いきなり、波多津薫が聖飢魔Ⅱの「THE END OF THE CENTURY」のフレーズを弾いた。すると、バンドのメンバー全員が「おおぉっ?」っと、声を上げた。
「めちゃくちゃ巧いじゃない」
バンマスらしい、白髪に口髭のおじさんが、ビールを片手に笑った。
「どう。せっかくだから、飛び入りで演っていかない?」
おじさんの言葉に、
「いいんですか?」
と、波多津薫が笑顔で返す。
「いいさ。ねぇ、社長」
おじさんがそう声を掛けた方向には、スキンヘッドにサングラス。真っ黒に日焼けした初老の男の人が、キャンプチェアーにゆったりと座っていた。
怖そうな人だ……。
そう思って見ていると、スキンヘッドの男……“社長”さんが、サングラスを外した。意外にも、優しそうなつぶらな瞳が現れた。
「もちろん。かわいい子が演奏したら、会場も盛り上がるよ」
同じく、見た目に反した優しい声でそう言った。
「ごめんね、社長。もうかわいくなくて」
向こうから、さっきキーボードを弾いていたおばさんが声を掛けて来て、皆が爆笑した。
社長さんは苦笑いしながら、頭の後ろをぽりぽりと掻いた。




