第三十六楽章 海に行こうよ!
クロックスの底が溶けてしまうのではないかと思うほど、アスファルト敷きの道路は太陽の熱を帯びて、猛烈な熱さをゆらゆらと放っていた。
全力で鳴き騒ぐ蝉の声を聞きながら、ぼくは、黙々とキャリーを引いて歩く。
真っ赤なコールマン製のキャリーには、着替えやら簡易テントやら、様々な物が積んである。
「こらー! 遅いぞ、高田っち!」
遥か前方から、声が掛かる。
目線の先には、三人の少女が歩いている。
伊万里実業高校軽音部。波多津薫、古賀、二里の三人だ。
ぼくは額の汗を右手で拭うと、三人の方に向かって、また歩き出した。
*****
「あした、海に行かない?」
というLINEが波多津薫から来たのは、昨日の夕方だった。
「海?」
ぼくがそう返すと、
「ウチのふたりが、一緒に行こうって」
と、返信が来た。
ウチのふたり……おそらく、古賀と二里の事だろう。
女の子のお供で、海。
人生初めてのお誘いに、ぼくは少し動揺した。
「了解」の返信をして、ぼくは、慌てて自転車に飛び乗った。
泳ぐのなど、小学生以来だ。なんせ、水着を持っていない。
近所のホームセンターに駆け込み、ぼくはアディダスのパチモノの黒い海パンを買った。
その夜は、とりあえずご飯をおかわりするのを我慢した。
翌朝、四人で伊万里駅前で待ち合わせをした。
「おっす、高田っち!」
タンクトップにショートパンツ姿、頭には大きな麦わら帽子を被った古賀がそう言って、僕の方に何かを差し出した。
赤いキャリーの、持ち手だった。
なんて事はない。ぼくは、荷物持ちに呼ばれたのだ。
それからしばらくバスに揺られて、伊万里市郊外の海水浴場「イマリンビーチ」に、ぼくたちはやってきた。
*****
お盆も過ぎて、白い砂浜はずいぶん閑散としていた。
ぼくらの他には、犬の散歩をしている主婦やら、シャトルランを繰り返している若者やらがぽつぽつといるくらいだった。海水浴客は、ひとりもいない。
だけど、騒がしくなくて、とてもいい感じだ。
ぼくは、久しぶりに嗅ぐ潮の香りを、胸一杯に吸い込んだ。
「よし、ここにしよ」
トイレやシャワーがある建物にほど近い場所に陣取った二里は、そう言うやいなや、キャリーから取り出したテントを、あっと言う間に組み立てて見せた。
おとな三人が横になれるくらいの、結構ご立派な代物だ。
その早業にいたく感心し、ぼくが小さく手を叩くと、
「ウチ、元ガールスカウトだからな」
と、二里は胸を張って“ドヤ顔”をしてみせた。
「さ、着替えるぞ、薫!」
言うや否や、古賀と二里のふたりがテントに飛び込んだ。
「やだよ。先に着替えて」
波多津薫はそう言うと、自分のバッグを抱きしめる様にして、ビニールシートの上、ぼくの隣に座り込んだ。
古賀と二里がギャアギャアと騒ぎながら着替える声を聞きながら、ぼくらはふたりで並んで座って、海を眺めた。
波の音。
風の音。
蝉の声。
それらを聞きながら、何を話すでもなく……ただ、波が行き来する様子を見つめていた。
日射しが、ジリジリとぼくたちの肌を焦がす。
「……あ、パラソル立てようか」
気づいたぼくがそう言うと、
「うん。ありがとう」
と、波多津薫は白い歯を見せた。
ぼくは立ち上がり、キャリーから取り上げたビーチパラソルを拡げて、砂浜に固定した。
「おぉ、涼しい」
日陰に入った波多津薫が、そう言って笑った。
なんというか、今日の彼女は、すこし元気がない。
「なんか、具合よくないの……?」
ぼくが訊くと、波多津薫は首を横に振った。
「……なんでもないよ。ありがとう」
そう言って、波多津薫は笑った。
その時、いきなりテントから古賀と二里がとびだしてきた。
ぼくは、自分の顔が赤くなったのを、はっきりと感じた。
ピンクのビキニに身を包んだ、青年誌に載ってるグラビアのアイドル並みに、豊満な古賀。
黒いビキニを着た、余分な脂肪がまったくない、モデルみたいにスレンダーな二里。
これまで同年代の女の子の水着姿なんて見る機会がなかったぼくには、このふたりは、あまりにも刺激が強すぎる。
「あぁ! 高田っちがエロい目で見てる!」
そう言うと、古賀と二里は大袈裟な仕草で自分たちの胸元を隠した。
「み、見てないよ!」
ぼくは、思わずそう返した。それを聞いて、また、二人がわらう。
その騒ぎの隙にテントに入った波多津薫が、血相を変えてテントから顔を出し、
「あんたたち、脱いだ下着くらい片付けてよ!」
と、怒鳴り声をあげた。
波多津薫の怒声を聞いて、古賀と二里のふたりは、またゲラゲラと笑った。




