第三十四楽章 チャンスがほしい!
「……なるほどね」
部長はひとしきりぼくの話を聞くと、満足気に頷いた。
「……だけど、おれの方が薫より上手いってのは、まぁ、あり得ないな」
部長はそう言うと、オレンジジュースを一口飲んだ。
「おれは、こどもの頃からチューバやってたから、音楽歴は長いんだ。親も音楽教師だし、ちゃんと“系統立てた音楽理論”も勉強したよ」
「……」
「高校になって親にワガママ言って、三年間だけ、軽音楽をしてみる事にした。まずは、ギターの猛練習をしたよ」
部長は、話しながらフェンダーテレキャスターを手に取り、軽く爪弾いた。
「いざ軽音楽を始めてみると、ロックギタリストってのは、ほとんどがロックしか知らないやつらだってわかった。だから、おれは専門的な音楽理論をロックギターに落とし込んで、自分なりに演奏した」
「……」
「ロックではあまり使わないメロディー、ロックではあまり使わないコード進行……。それを見て、薫は焦ったのさ」
「……そうですか」
部長は、ぽろぽろとアルペジオを爪弾きながら、続けた。
「幼馴染のおれが、たかだか一年ちょいで“物凄く上手くなった”ように見えたんだろうな。……あいつ、単純だから」
部長が、クスリと笑う。
……幼馴染?
「あの……“幼馴染”って」
ぼくが訊くと、部長は目を丸くして「薫に聞いてないのか」と、言った。
ぼくが頷くと、部長は笑って、
「兄弟同然に育ったよ。あいつが三歳くらいの時からの付き合いだ」
と、言った。
知らなかった……。
ぼくは、なんだか安心したような、ちょっと淋しいような、なにやら複雑な気持ちになった。
「……薫と、仲直りしたいか?」
部長が、不意に言った。
「はい」
ぼくは、まっすぐ部長の目を見てそう答えた。
「そうか……」
そう言うと、部長はスマホを手にとって、なにやら操作した。
少し経って、部長のスマホが、着信音を鳴らした。
部長が、それを見る。
「……あいつ、家にいるってよ」
部長が、ぼくの目を覗きこんだ。
「行ってみるか?」
ぼくは、なにやら緊張して、思わず唾を飲み込んだ。
「……行きます」
思い切って、そう言った。
部長はニヤリと笑うと「よし。じゃ、ついてこい」と言い、部屋を出た。ぼくは、慌ててその後を追う。
リビングを出て、廊下を通り、玄関を出る。強い風が、ぼくらに吹き付ける。
部長は、自宅を出るとものの数歩で立ち止まり、いきなり、隣の部屋のインターホンを押した。
「はい」
先方が出る。
「こんばんは。流星だけど」
極めて軽いノリで、インターホンに向かって、部長は言った。
「あら、りゅう君」
先方はそう言うと、インターホンを切り、直接、ドアを開けた。
綺麗な女の人が、笑顔で出てきた。
「おばさん、薫、借りてっていいかな」
部長が、笑顔で言う。
え?
「薫ー! りゅう君きてるよー!」
綺麗な女の人が、奥に向かって声をかける。
とたとたと足音をさせて廊下の奥から出てきた髪の毛ボサボサの少女が、ぼくの顔を見て、目を丸くした。
波多津薫だった。
部長の家の隣。そこが、波多津薫の家だったのだ。




