第三十三楽章 事情聴取
部長に連れられてしばらく歩いて辿り着いたのは、伊万里駅のすぐ裏にある、十三階建てのマンションだった。
エントランスを潜り抜け、部長はインターホンを操作し「ただいま」と言った。しばらくしてロックが解除され、ドアが開いた。
「来いよ」
そう言うと、部長はスタスタとエレベーターに向かった。ぼくは、慌ててその後を追う。
エレベーターは、九階で止まった。
部長は、何も言わずに右奥に向かって突き進む。
九階の一番奥の部屋のインターホンを、部長が押す。ドアが、内側から開かれた。
扉を開けた中年女性の顔に、ぼくは、見覚えがあった。
その人もぼくの顔を見て、記憶を辿っている様子だった。
思い出した。
「大久保先生……」
ぼくが呟くと、
「……高田君かしら」
と、女性が笑った。
ぼくが中学生だった頃の、音楽教師だった人だ。
担任教師ではないのでそれほど交流があったわけではなかったけど、それでもなんとか覚えていた。
「なんだ、お袋の生徒か」
部長が、事もなげに言った。
そうか、部長は、大久保先生の息子さんだったのか。
「あら、怪我をしてるわね」
大久保先生が、ぼくの頬の痕に気付いて、声をあげた。
「手当してやろうと思って。ちょっと練習部屋を使うよ」
部長は大久保先生にそう言うと、ぼくに「上がれ」と促した。
小さく「おじゃまします」と言って、ぼくは、部長の家に上り込んだ。
L字形の廊下の突き当たりがリビングになっていて……その空間に、なにやら、見慣れない巨大な物があった。
クリーム色をした、四角いプレハブ小屋の様な物が、リビングの大半を占めて設置してある。
部長がそれのドアを開き、中に入る。ぼくが戸惑っていると、ひょいと顔を覗かせ「来いよ」と言った。
ぼくは、おっかなびっくり入り口を潜った。
その中は、楽器でいっぱいだった。
端にピアノがあり、その横に、見た事がない巨大な菅楽器が置いてあった。
もう片隅には、ギター用のアンプが置いてあり、その横に、以前も見た部長のフェンダーテレキャスターが立ててある。
重ねて置いてある数個の丸椅子からふたつを取って、部長は、ひとつをぼくに渡して来た。ぼくは、会釈してそれを受け取り、座った。
なんだか落ち着かないでキョロキョロしているぼくを置いて、部長が部屋から出て行った。しばらくすると、救急箱を手に戻ってきた。
「使えよ」
無造作に渡されたそれを、また会釈して受け取る。
消毒液を楠久に殴られたあたりに吹き付け、軟膏を塗りこむ。
手当てが終わった頃に、大久保先生がグラスをふたつ持って入って来た。オレンジジュースが、口内の傷に沁みた。
「その傷はどうしたの?」
大久保先生が訊いた。
「えっと。……ちょっと、同級生とケンカしちゃって」
と、ぼくが言うと、大久保先生は目を丸くして「高田君も、ケンカなんかするのね」と、笑った。
先生が部屋を出る。その途端、
「お前、薫となにかあったのか?」
と、部長が訊いてきた。
「え、どうしてですか」
ぼくが狼狽えると、部長は、ポケットからスマホを取り出した。なにやら操作してから、ぼくに手渡す。
『古賀「緊急事態! 薫がふられた模様」
波多津「ふられてないし」
古賀「訂正! 薫がふった模様」
波多津「ふってないし」
川西「なんだ詳しく」
金武「気になる」
波多津「なんもないです」
二里「ウチらはいつも味方だよワラ」
金武「ワラで草」
曲川「例の世紀末の仲間か」
「お前らうるさい」大久保
古賀「部長も参戦www」
「しねぇよ」大久保
二里「気になってるじゃないすかワラ」
波多津「マジほっといて(怒)」』
……なんだこれ。
「こんな感じで、軽音部のLINEグループは大荒れだよ」
部長が苦笑いした。
えっと、それはつまり、軽音部員は、みんなが、ぼくらのケンカを知っているという事に……?
ぼくは、思わず真っ青になった。
「……で、薫となにがあった?」
部長は“興味津々”といった顔で、ずいっと、身を乗り出した。




