第三十楽章 FIRE AFTER FIRE
部室の中では、旧式のクーラーがガタガタと音を立てながら、全力で室内を冷やしていた。
波多津薫は、ぼくには目もくれずに、無言のまま帰り支度をしている。彼女の周りに、ほのかな制汗剤の香りが漂っている。
空気が、鉛のように重い。
波多津薫の怒気に気圧され、ぼくは、入り口を潜ったきり、無言で立ち竦む事しか出来なかった。
やがて帰り支度を終えた彼女はすっくと立ち上がり、ギターケースを背負い、バッグを手に下げて、ぼくの方に振り返った。
怖いくらいに、冷たい目だった。
そのまま彼女は四歩すすんで、ぼくの目の前に立ち止まった。
……昨日は、ごめん。
たったそれだけの言葉が、舌が震えてうまく口に出せない。
ただ立ち尽くすぼくに、波多津薫は、
「帰りたいんだけど、どいてくれない?」
と、冷たく言い放った。
その言い草に、今度は、ぼくも腹が立った。
「あ、あやまりに来たのに、そんな言い方ないだろ」
真正面から彼女の目を見て、そう言った。
「別に謝ってもらわなくていいし。高田君には、わたしの教えた事は無駄だったってだけでしょ」
波多津薫も、負けずに言い返して来る。
「そんな事、言ってないだろ」
「一緒でしょ。必要ないっていうのは無駄だって事じゃん」
ぼくと波多津薫は、真正面から睨みあった。
「……そもそも、ギターもバンドも、君が強引に押し付けてきたんだろ」
もうひとりの自分が止める間もなく、言ってはいけない一言が、口から出てしまった。
「……なによそれ。嫌なら嫌だって言えば済む事でしょ? ちっとも男らしくないね!」
波多津薫も、怯まず言い返してくる。
「男らしくとか関係ないだろ。だいたい、君はいつも自分勝手なんだよ!」
しまいには、ぼくまで大きな声を出してしまった。
他人に対して大声を出すなんて、小学生以来初めての事だった。
いつのまにか、昨日と同じように、波多津薫の瞳に大粒の涙が浮かんでいた。
ぼくの目も、なぜか、涙で滲んだ。
「……ればいいじゃん……」
波多津薫が、下を向いてつぶやいた。
ぼくは、
「聞こえない」
と、冷たく言い放った。
「嫌なら、やめればいいじゃん!」
波多津薫が、初めて聞くような大声で怒鳴った。
そして、その場にしゃがみ込み、子どものように肩を震わせ、泣き出した。
ぼくは、何も出来ずに、その様を見下ろしていた。ぼくの身体も、ぶるぶると震えていた。
「……もう、やめるよ」
と、ぼくは、感情を振り絞るように、そう言った。
そして踵を返し、ドアを開けて廊下に飛び出した。
「どうした!?」
表で待っていた古賀と二里のふたりに、そう訊かれた。
「なんでも」とだけ言うと、逃げるように、ぼくはその場を離れた。




