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第二十六楽章 完璧だぜ、夏休みは特訓だぜ。

 夏休みに入ってから、日々はさらにハードになった。


 日差しが少し和らいだ夕方になると、ぼくは、ギターケースを背負って、ヒグラシの声を聴きながら「夢竜」に向かう。


 着いたら、店周りと、店内の掃除。


 六時前くらいにはぽつぽつとお客さんがやって来始め、六時半から八時過ぎには、もう、空席がほとんど無い状態が続く。


 鶴さんは焼き物を捌くので手一杯なので、オーダーを受け、飲み物や軽食類を作るのは、ぼくと波多津薫の仕事になる。


 次から次と来店するお客さんの対応に追われているうちに「あっ」という間に二時間ほどが過ぎて、ぼくたちふたりは、鶴さんの奥さんである佐知子さんと交代する。


 それから一時間、波多津薫講師による「音楽基礎理論」の座学。


 頭の中が専門用語と音符でぐちゃぐちゃになった頃に、鶴さんから「まかない飯」が振る舞われ、それを、ふたりでむさぼり食らう。


 その後、店のお客の波が引くと、鶴さんが二階に上がってきて、実践的なギターの稽古を一時間。


 その後は、波多津薫とふたりで伊万里駅までを歩き、別れた後、さらに自転車を十五分ほど漕いで、十一時過ぎに自宅に戻る。


 この生活が、木曜と日曜の定休日以外は繰り返される。


 家族には「アルバイト」と言ってある。


 お母さんは「こんなに毎日おそくまで」と、良い顔をしなかった。

「男の子なんてこういうものだ」と、普段は無口なお父さんが助け船を出してくれ、事なきを得た。


 練習がない日も、家や、近所のひと気のない河原やらで、ギターを爪弾く事が増えた。


 ギターがなくても、手持ち無沙汰な時に、右手がピッキングの動きをしている事もある。


 ある晩など、リビングのソファに座って「オルタネイトピッキング」の真似事をしていたら、その様子を後ろから目撃した姉ちゃんに“あらぬ誤解”を受けたうえ「部屋でやれよこのエロガキ!」と、理不尽に蹴り飛ばされた。


 ぼくはまだ夕方だけの活動だけど、波多津薫は、学校での部活動もある。


 夏休み明けの「実業祭」恒例の、軽音部ライブの練習も、追い込みの時期に入っている。


 最近の波多津薫は、ぼくから見ても明らかに疲れが溜まっていた。


 厨房の椅子で休む事が増え、ちょっとした事で、感情の起伏を見せる事もあった。


 ぼくはぼくで、


「無目的に過ごす夏休み」


 しかおくった事がなかったので、やはり、心も身体もお疲れ気味だった。


 相変わらず、波多津薫の講義はちんぷんかんぷんで、正直、苦痛にしか思えなかった。適当に聞き流し、時間が過ぎるのを待つだけの日が増えた。


 反面、鶴さんとの練習は面白く、一回おそわって帰る毎に、上達した実感をひしひしと感じた。締めの筋トレもなんとか、着いて行けるようになって来た。身体付きが目に見えて変化していき、家で脱衣所の鏡の前に立つのが、ぼくは少し好きになった。


 そんなこんなで忙しく日々は過ぎ、お盆休みを明けて「夢竜」の営業が再開したその日の夜、事件は起こった。


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