第二十三楽章 めっしぼうこう
二時間後。
ぼくは、ギターネックではなく両手にビールジョッキを握りしめていた。
「お、お待たせしました!」
カウンターに、注意深くふたつのジョッキを置く。
タバコを吸いながら「松坂の去就」について熱く語り合っている揃いのベースボールキャップのお客のひとりが、
「あれ? ハイボールじゃなかったっけ」
と、アルコールで澱んだ目をしてぼくに言った。
ぼくは、慌てて伝票を確認する。
確かに「ビール✖️2」と、書いてある。
「えっと、ビールを頼まれたと思いま……」
ぼくがおそるおそるとそう言いかけたその時、後ろで小上がりの接客をしていた波多津薫が、
「ごめんなさい! すぐに、ハイボール持ってきますね」
と、横からそのお客に声を掛けた。
ベースボールキャップのお客は途端に相好を崩し、
「あ。いやいや、これでいいよ薫ちゃん!」
と、取手を握ってジョッキを口に運ぶと、ぐびぐびと喉を鳴らした。
「あ、ありがとう」
ぼくは、厨房に戻って、波多津薫に礼を言った。
「酔っ払ってると、あんなになる人多いから。まぁ、言う事さえ聞いときゃ納得してくれるよ」
波多津薫は、下げてきた大皿をシンクに置きながら、笑って言う。
「おおい。唐揚げ頼む! ふたつな」
焼き鳥を作りながら、鶴さんがこちらに声をかけた。波多津薫は「はぁい!」と返事をすると、
「高田君。冷蔵庫の唐揚げ、十個、フライヤーに入れて!」
と、ぼくに言った。
ぼくは、言われた通りに下ごしらえ済みの鶏肉が入ったトレイを取り、両手をアルコール消毒して、トングを使って、慎重に十切れの肉をフライヤーに入れた。
「タイマー五分。油切り一分ね」
波多津薫はそう言うと、手早く“焼酎の水割りセット”を作って、また、店内に飛び出して行った。
ぼくは、なにをしてるんだろう。
細かい気泡を出しながら「のたうちまわっている」唐揚げをぼーっと見つめて、ぼくは、小さくため息をついた。
その時、勝手口のドアがゆっくりと引き開けられ、女の人が入って来た。
長い茶髪、細身で長身。歳は三十歳くらいの、綺麗な人だ。
「あら、新しいお弟子さん? ご苦労様」
女の人は、長い茶髪を後ろ手でひとつに結びながら言った。ふわりとシャンプーの甘い香りが漂い、ノースリーブのシャツの袖口から、すべすべした脇が見えた。
「よ、よろしくお願いしま……」
大人の色気に圧倒され、ぼくが吃りながら返事をした時、
「あ、佐知子さん! お疲れ様です!」
と、厨房に戻って来た波多津薫が、女の人に挨拶した。
「いつもごめんね、薫ちゃん。さ、後は私がやるから、二階にお上がりなさい」
“佐知子さん”は、そう言うとおどけてウィンクをして見せ、店内に入って行った。……美人なのに、茶目っ気のある人だ。
その様を口を半開きにして見ていたら、いきなり、波多津薫に向こう脛を爪先で蹴りつけられた。
「痛っ!?」
思わずぼくが声を上げると、波多津薫はエプロンを外しながら、
「タイマー、さっきから鳴ってるよ」
と言い残して、さっさと二階に上がってしまった。
ぼくは慌てて、傍らのトングで唐揚げを掴み上げた。




