第十八楽章 鬼(ワスレナイゼ、オボエテルゼ)
波多津薫が、一心不乱にギターを弾いている。
おどろおどろしい旋律が、かれこれ五分間以上は、ヤマハ製のアンプから流れ続けている。
「“鬼”だ……」
そのメロディーを聴きながらぼくが呟くと、隣に胡座をかいていた“鶴さん”が「あぁ」と、声をあげた。
「お前、あれだ。この間、佐世保のライブに来てたやつだ。そうだろ?」
鶴さんは、ぼくの顔を無遠慮に覗き込みながら、そう言った。
「えっ!?」
ぼくは、思わず上ずった声をあげた。
「は、はい。行きましたけど」
動揺したぼくを見て、鶴さんはニヤリと笑う。
「お前、めちゃくちゃ目立ってたからな」
「え?」
ぼくは、自分の顔が真っ赤になったのを感じた。
「スタッフの連中も“今日は、めっちゃノってくれてる子がいる”って、楽屋で言ってたからな」
「そ……そうだったんですか」
確かに、ぼくはあの時、自分でもびっくりするぐらいにはしゃいでいた。……それでも、周りに“合わせて”やってるいつもりだったんだけど。
「と、ところで……」
ぼくは、話題を変えるべく、鶴さんに話しかける。
「波多津さん、どうしちゃったんですかね」
ぼくが小声で訊くと、鶴さんは「あぁ……」と言い、頭をぽりぽりと掻いた。
「こいつな、なんか“腹立つ”事があると、こうなっちゃうんだよ」
*****
五分前。
ずんずんと二階に上がった波多津薫は、さらにずんずんと、ふたつあるうちの奥の方の部屋に入っていった。
おそるおそる後を追い、ぼくは部屋に顔だけを入れて、中の様子をうかがった。
そして、ぼくは思わず「うわぁ!」と声をあげてしまった。
十畳敷きぐらいの部屋の中に、十本以上はあるギター。四個のヤマハ製アンプ。様々なエフェクターが、雑然と並んでいた。
壁の二面をL字形に占拠した巨大な本棚には、無数の音楽雑誌やCD、DVDがひしめいていた。
反対側の壁には、リッチーブラックモアやらイングヴェイマルムスティーン、カートコバーン。さらには「X JAPAN」のHIDEや「筋肉少女帯」の橘高文彦(知らなかったので、あとでふたりに教えてもらった)、当然、聖飢魔Ⅱのエース清水、ルーク篁、ジェイル大橋の三人……。様々なギタリストのポスターが張られている。
僕が部屋の様子に圧倒されている横で、波多津薫は、乱立するギターの中から“ひょい”と、一本を手に取ると、それをアンプに繋げて、調整を始めた。
なにやら角じみたデザインの、青いギター。
鶴さんが最後に入ってきて、床にどかっと胡座をかいた。ぼくは、その横にきちりと正座をした。
それが合図だったかの様に、波多津薫が、ギターをかき鳴らした。
聖飢魔Ⅱの「鬼」。
ひたすらにおどろおどろしいメロディーと、世の中への恨みつらみを綴った歌詞。まぁ、世間の持つ聖飢魔Ⅱのイメージにぴったりの曲だ。
曲の全部は弾かず“Aメロ”だけを、彼女は延々と奏で続けた。
*****
で、五分間。
「……私、悔しい!」
突然、演奏を止めて、波多津薫が叫んだ。ぼくと鶴さんは、その剣幕に思わず背筋を伸ばした。
「高田君は悔しくないの!? 部長に好き勝手に言われてさ!」
あ。
今日の昼休みの事を、この子は怒っているのか。
ぼくは、やっと状況を理解した。
「……組もう、鶴さん」
波多津薫が、ぼそりと呟いた。
「は? なにをだよ」
鶴さんが、傍らのヤングギターのバックナンバーをパラパラとめくりながら訊いた。
波多津薫は、いきなり、ぼくを“びしっ”と指差した。
「私たちのバンドに、高田君を入れるのよ!」
波多津薫は、高らかにそう言った。