第十七楽章 焼き鳥処・夢竜
波多津薫に先導されて、夜の市街地を自転車を押してほてほてと歩く。
角の鰻屋の軒先から漂ってくる、焼けたタレの美味しそうな香り。こども園の講堂から聞こえてくる、剣道クラブのかけ声。竹刀と竹刀がぶつかり合う音。
昔から見知ってる、いつもの街並み。だけど、この子と歩くとなんだかちょっとだけ違って見える。
交番の前の横断歩道を渡り、イタリアンレストランの脇を、NTTのビルの方に歩く。
不意に、波多津薫が足を止めた。
そこは、焼き鳥屋の前だった。軒先の煤けた提灯には「夢竜」と、書いてある。
暖簾は仕舞ってあり、どうも店休日の様子だった。ガラス越しに見える店内は、薄暗い。
波多津薫が無造作にガラス戸に手を掛けた。
なんの抵抗も感じさせずに、ガラス戸が開く。
波多津薫は遠慮のない様子で入り口をくぐる。ぼくも、慌ててその後を追う。
店内の電灯はついておらず、非常灯の薄明かりだけが、ぼんやりと店内を照らしている。
はいって左側に逆L字形のカウンターがあり、右側には、四人ほどが座って飲食が出来そうな小上がりがあった。突き当たりには、縄暖簾が掛かったくぐり戸があり、奥にも部屋がある事が窺えた。
右手の「小上がり」の後ろには、衝立で隠されるように細長い上り階段があった。波多津薫は、ずんずんと奥に進み、階段の上に向かって、
「鶴さーーーん! いるんでしょーーー!」
と、大声で呼び掛けた。
その時、一階の奥。縄暖簾の向こうからから、いきなり「ギィ」と、ドアが軋む音が響いた。ぼくと波多津薫は、同時に「ビクっ」と、肩をすくめた。
「でっかい声出すなよな〜」
縄暖簾の向こうからなんとものんきな声が聞こえ、続いて、蛇口から勢いよく水が放たれる音が響いた。
しばらくすると、ガサゴソとペーパータオルで手を拭きながら、長身の男の人が縄暖簾を割って出てきた。
「あ!」
ぼくは、そんの顔を見て思わず声をあげた。
男の人……「鶴さん」は、訝しげにこちらを見た。
長身、細身、ゆるくパーマのかかった長い茶髪。
それは、佐世保のライブで波多津薫とステージに上がった、あの「鶴飼」だった。
「なんだ、休みに珍しい」
鶴さんが、波多津薫に言う。
「鶴さん、今日どっか行く?」
波多津薫が、鶴さんに訊ねる。
「駅前か、佐世保に行こうかと思ってるけど」
「休んで」
「は?」
鶴さんは、思わず間の抜けた声をあげる。
「いいから休んで。高田君、こっち」
波多津薫は、そう言うと、勝手に二階に上がってしまった。ぼくと鶴さんは一瞬だけ目を合わせると、それから無言で彼女を追った。