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第十六楽章 はじめての待ち合わせ。

 リビングの壁に掛けてある時計を見ると、夜の八時を、すこしまわったところだった。

 ぼくは夕飯のカレーをかきこむようにして食べ終えると「ちょっと、本屋とコンビニに行って来る」とお母さんに言い残して、やや慌てて自転車に飛び乗った。


 目的地は、伊万里駅。


 ……今日の昼休みの事だ。


 部長さんと一悶着あった後だ。


 部室から教室へ帰る途中、波多津薫は、怒りに頰を膨らませてぼくの前を歩いていた。


「……高田君、今日の夜って、二時間くらい時間とれる?」

 唐突に振り向くと、彼女はそう切り出してきた。


「だ、大丈夫だけど」


 ぼくがそう答えると、


「ホント? ……なら、八時半に伊万里駅の前に集合ね」


 波多津薫は、なにやら真剣な表情で、そう言った。


 ……女の子と、夜の駅で待ち合わせ。


 まるでリア充の様なイベントだ。


 ぼくは、いつもより念入りに顔を洗い、さらに、洗面台の棚から姉ちゃんの化粧水を失敬してニキビ面に塗りたくった。


 そして家を出る前に、ヤフオクで買った聖飢魔Ⅱの1997年のツアーポスターに、柏手を叩いてお祈りをした。


 しばらくの後。


 せっかくの化粧水を汗とともに垂れ流しながら、ぼくの自転車は、なんとか駅前の広場に着いた。約束の時間の、十分前だった。


 まだ、波多津薫の姿はないようだった。


 自販機でジュースを買おうと思い立ち、ぼくは、駅舎に入った。


 硬貨を入れ、ゼロコーラのボタンを押す。大げさな音を立てて落ちて来たその缶を、取り出し口から掴み取り、プルタブを引いて口に運んだ。よく冷えたゼロコーラが、ぼくの汗ばんで火照った身体を、内側からゆっくりと冷やした。


「おいしそうだね」


 いきなり、すぐ後ろから声を掛けられ、ぼくは思わず「ぶほっっっ」と咽せ返った。そして、口の中の黒い液体を吹き出してしまった。


 声の主は、波多津薫だった。


「ごめん! 大丈夫?」


 波多津薫が慌ててハンカチを取り出し、ぼくの、汗とコーラで濡れたTシャツを拭こうとする。


「い、いいよ! ハンカチが汚れるから」


 ぼくは、そう言いながら一歩さがって、波多津薫を見た。


 ふわりとした膝丈の長さの、黒地に花柄があしらわれたスカートを腰に巻き、デニム生地の薄いジャケットを羽織っていた。


 学校で見せる凛々しい美しさとは違って、年相応の、可愛らしい格好だった。


 そう。思わず見惚れてしまうほど、今夜の彼女は可愛かった。

 現にさっきから、駅を利用する他校生やらサラリーマン風やらの誰もが、チラチラと視線の端に波多津薫を収めている。


 それに比べて、ぼくの格好の見すぼらしさはどうだろう。


 去年に買ってから、休みの日にはほぼ毎日かわらず履いている、ユニクロの黒いデニムパンツ。


 通学にも使う、履き古したダンロップ製のスニーカー。


 母親がワゴンセールで買ってきた「三枚で千円」のTシャツには、どこかのサイトから勝手に流用したようなワイキキのビーチの写真。“SURFING SUMMER”などと、どうでもいいようなプリント文字。しかも、汗とコーラまみれだ。


 波多津薫と一緒に歩くには、ぼくは、あまりにも不釣り合いに思えた。


「……あの、ちょっと、トイレに」


 ぼくはそう言うと、逃げるように男子トイレに駆け込んだ。


 個室に入り、大きくため息をついた。


 来るんじゃなかった。


 さっきまで浮ついていた気持ちが、いきなり、地べたに這いつくばっていた。


 “あの部長さんなら、オシャレな格好でやってきて、まったく、波多津薫にも見劣りしないんだろうな”


 なんて事を考え、さらにその光景を想像して、ひとりで果てしなく落ち込んだ。……その時、スマホの着信音がなった。


 波多津薫からの「大丈夫?」というLINEだった。


 ……いつまでも待たせていられない。


 ぼくは覚悟を決めると、ひとつ深呼吸をして、個室のドアを開けた。


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