第十四楽章 気まずい空間。
「誰? そいつ」
部長さんが、座っているぼくを見下ろしながら、冷たい目をして波多津薫に訊いた。
その値踏みするような視線に、ぼくは思わず萎縮してしまう。
「わたしの友達」
波多津薫は、ちょっと怒ったような調子でそう答えた。
「ふぅん」
部長さんが、さほど興味なさげに頷く。ゆっくりと部室に入り、ポケットに手を突っ込んだまま、壁に寄りかかった。
「……で? 何しに来たんですか」
波多津薫は、部長の顔を見ずに、ギターをいじりながら言った。
「いや……。ヒマなんだったら、一回くらいふたりで“合わせて”おくかなって」
そう言うと、部長は、背負っていたギターケースを下ろした。
ジッパーを開け、取り出したのは白いギターだった。たしか「フェンダーテレキャスター」だ。
「別に、いまじゃなくてもいいじゃないですか」
波多津薫は、部長さんと目線を合わせずに、冷たく言い放った。
「……嫌なんだよね。ふたりで話して、部長の取り巻きのお姉さん達に睨まれるの」
「つまんない事言ってんなよ」
部長さんは波多津薫の言葉を軽くいなして、テキパキとギターのセッティングを始める。
……なんだ?
波多津薫が、露骨に冷たい態度を部長さんにとっている。このふたり、ケンカでもしているのだろうか。
「……あの。ぼく、帰ろ……」
そう言いながら立ち上がり掛けたぼくの制服の裾を波多津薫が「ぐっ」っと引っ張り、ぼくは、再び森永牛乳ベンチに腰掛けさせられた。
「聴いていって」
波多津薫が、にこりと微笑んだ。その目は、あまり、笑っていなかった。
「で、どれをやるんですか」
波多津薫が、弦を軽く爪弾きながら訊いた。
「できるやつから」
そう言いながら、部長も、波多津薫と同じようにもうひとつのアンプとテレキャスターを接続する。
「もう全部できますよ。いつも女の子に囲まれて遊んでる誰かさんと違って、お昼までちゃーんと練習してますから」
波多津薫は、ギターを鳴らしながらアンプのつまみをくりくりと回して調整する。
「なら“RAD”いこう」
皮肉を軽く聞き流しつつ、部長さんは自分のアンプの調整を続ける。
その間に、波多津薫は、スマホの「メトロノーム」を起動させ、今度はBPMを「190」に設定した。たちまち、小気味よいリズムが狭い部室を満たしていく。
その時、部長のギターセッティングが終わった。いつの間にか、ギターネックがなにやらクリップ様の物で挟んであった。
「……カウント、どうぞ」
波多津薫が、手元を見つめながら呟いた。
ここまで、彼女はただの一度も部長さんと目を合わせていなかった。
このふたりに、なにがあったのだろう。
そんな事を考えている時、
「ワンツースリーフォー」
部長の、鋭いカウントに合わせ、ふたりが、同時に演奏を開始した。
聴き覚えのあるメロディ。
有名な、RADWIMPSの「前前前世」のイントロだった。