第一楽章 いつもと同じ昼休み。
このお話を、聖飢魔Ⅱを愛するすべての方々に捧げます。
また、あの曲が聴こえてきた。
ぼくが昼休みにここに座り込んでいると、毎日かならず聴こえてくる曲。曲名はわからないけど、かなり硬派な、ゴリゴリのハードロック。
ギターを弾いている人間は、わかっている。
「波多津薫」という、ぼくと同じクラスの女子だ。
背中の中ほどまで伸ばされた、いつも青いシュシュで束ねられている、艶やかで癖のない黒髪。
女子にしてはやや高めの長身に、すらりと伸びた細い手足。
シャム猫を思わせる大きな二重まぶたの瞳と、通った鼻筋。ぷっくりとした、柔らかそうな桃色の唇。……どこか中性的な顔立ちをした、ちょっと、この辺りでは見ないレベルの美人だ。
そして、彼女はものすごくギターが上手い。
軽音部に所属していて、去年の秋の「実業祭」のステージで見せた圧巻のギタープレイは、大勢の観客を魅了した。
その演奏は高校の内外を問わずに大変な話題になり、次の日から、職員室には軽音部へのイベント出演依頼の電話がひっきりなしに掛かってきたとか。……ちなみに、ぼくもその魅了された大勢のなかのひとりだったりする。
男女を問わない人気者で、休み時間になれば、いつも周りに誰かしらが群がっている。……まぁ、昼休みにこんなところで毎日ボッチを決め込んでいるぼくとはスクールカーストが全然ちがう、いわゆる「天上人」だ。
ここ最近、波多津薫の弾くギターが、何故かぼくには気になってしょうがない。
知らないはずなのに、妙に耳に馴染む曲。……どこかで聴いた事があるような、そんな、不思議なメロディー。
考えてもよくわからない。
ぼくは波多津薫の今日の演奏を聴き終えると、ポケットから出したスマホのイヤフォンを両耳にはめた。ミュージックのアプリを開き、ランダム再生キーをタップする。
のんびりした雰囲気のアコースティックギターの音色が、ぼくの耳の中から始まって手足の隅々にまで、ゆっくりと静かに染み渡っていくのを感じた。
大教典「PONK!」の収録曲。のんびりとした、牧歌的なバラードナンバー「ロマンス」だ。
今日みたいなぽかぽかとしたいい天気の昼下がりには、なんともピッタリの一曲だった。
「なかなかいいチョイスだな。褒めてつかわそう」
ぼくはスマホにむかって「ダミアン浜田陛下」風にそう言うと、そのまま、芝生にごろりと寝転んで目をつむった。
涼しくて心地よい風が、どこからともなく吹いて来た。
***
「……くん」
耳の中の聴き慣れた聖飢魔IIの曲に、なにやら、憶えのない音が混ざっている。
ん? こんなコーラスあったっけか。
「高田くん。……高田くん」
誰かの声に、ぼくは慌てて飛び起きた。
やばい。
いつのまにか、ぐっすりと眠り込んでいたようだ。
……そこには、波多津薫が立っていた。
スカートの裾を軽く手で押さえて、彼女はぼくを見下ろしていた。
「もう、午後の授業はじまるよ」
ぼくが起きたのを確認すると、波多津薫はちいさく笑ってそう言った。
「あ、ありがとう」
ぼくはそう言葉を返すと、立ち上がって、制服に着いた芝の切れ端をパタパタとはたき落とした。
その時、部室棟と体育館を結ぶ通路の方から「薫ー! 早くしないと遅れっぞー!」という声が響いた。
いつも波多津薫と一緒にいる、軽音部の二人組だ。
「いま行く!」
波多津薫は同じく大きな声でそう答えると、くるりと踵を返した。スカートの裾が、ふわりと舞った。
やがて、三人の姿が体育館の向こうに消えた。
ぼくはさっきの波多津薫の笑顔を思い出して、ちょっとだけ赤くなった。
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※1 1994年7月1日に発布(発売)された、聖飢魔Ⅱの第十一大経典。
※2 大経典「PONK!」に収録。とてものんびりとした、お耳に優しい一曲。
※3 早稲田大学在学時に聖飢魔Ⅱを結成。第四十五代大魔王。とっても偉い。