そのお伽話は誰かを殺す
流血表現というか、目が溶けます
備品の整理を済ませた2人は数時間寝たあと、いきなりやって来たコミに出発を知らされた。
「マルール隊と一緒だからミーティングしてからって聞いてたけどなあ」
「現状手掛かりもないし、他に行くところがないんでしょ。
……ねえ、レッド。まさか一緒に寝てるの……?」
「ああ? そうだけど?」
「破廉恥な!!」
コミは憤ったように拳を握る。
やはり破廉恥なのか、とカノンは恥ずかしくなった。今後は1人で寝よう……。
「良いんだよ、目が届く範囲に居てくれた方が」
「あなたはそうかもしれないけど……。
ハア。昔っからそういうところあるわよね……」
「どういうところ?」
「距離が近いのよ」
何度もため息を吐いていたコミだが当初の目的を思い出したようで「まあいいわ。行きましょう」とレッドの背中を押した。
「どうやって移動するの?」
「基本馬。ただピンショー様たちは道具を運ぶための馬車に一緒に乗り込んでるわね。
あなたはどうする?」
「馬に乗れる自信がないから、私も馬車に乗っても良いかな」
「良いと思うよ。
人間がいるとわかると魔王軍が襲ってくるかもしれないし……隠れてた方がいいかも」
なんとも丁度いい。
ピンショーに半獣たちのことを聞くチャンスだ。
馬車は、カノンの想像と少し違っていた。
西部劇などで良く出てくる幌馬車なのだが、随分としっかりしている。
形自体はシンプルだが幌が分厚く、またキャビンの部分が大きいため人が何人も乗れそうだった。
既にピンショーは乗り込んでいてレッドとカノンを待っている。
「なんかあったら……ビアロウィーザはあんまり頼れないかもしれない。
カルパティアの名前呼べばすぐに気が付くし、俺たちもすぐ行くから」
「……わかった」
レッドはよしよしとカノンの頭を撫でた。それにコミは怒るが、カノンはちょっと安心した。
馬車に乗り込むと、多くの荷物の中でピンショーが胡座をかいて何かを書き付けていた。
羽ペンがユラユラと揺れる。横でビアロウィーザが膝を抱えてボンヤリと虚空を見ている。
日誌か何かだろう。チラリと覗くがその文字は読めない。
こちらの世界で言葉をかわすことが出来ても文字を読むことはできないようだ。
「お、お邪魔します」
「ああ、どうも。
すみませんね、少し荷物が多くて……」
「いえ。
今回はマルール隊って人たちと合同なんですよね。それでですか?」
「一応隊ごとで荷物は分けています。
マルール隊は後ろに」
ピンショーは幌の中央にある長細い切れ目を捲って外を見せた。
そこから覗くと同じような馬車が少し後ろにあるのが見える。
「先頭はカルパティア、レッド、後方はマルール隊の隊員が居ます。中間にコミが。
魔王軍は人が動いたときや声を出すと反応する程度の知能しかありませんから大丈夫だとは思いますが、何かあったらすぐに隠れてジッと、動かないでください」
「分かりました」
周りの荷物を見る。この大量の荷物の中に隠れればなんとかなる……だろうか。
ピンショーは再び、黙々と日誌のようなものを付けている。彼は魔法が使えるからピンチに陥ってもなんとかなるだろう。
それでもこの馬車に乗り込んでいるのは単にこうして仕事をしたいからかもしれない。
忙しそうにしている彼に話しかけるのは気が引けたがカノンは思い切って話しかけた。
「あの、半獣ってなんなのですか」
ピンショーのペンを持つ手がピタリと止まる。
彼の顔は見えないが動揺しているのが分かった。
「何故、そんなことを聞くのです」
「私の世界には人間しかいませんでした。半獣、という存在は……」
「ああ……。
……そうですよね」
彼はペンを下ろし、カノンを見た。
「彼等は人間と獣と交わった時に出来た子供です」
人と、獣が。カノンは絶句した。
その行為自体も寒気が走ったがそもそも妊娠できるのだろうか。
ああ、でも、きっとこの世界でもカノンのように嫌悪感を抱く者が多いに違いない。
だから半獣を飼い殺すような真似をするのだ。
「この世界にはね、こういうお伽話があるんです。
昔、人食いの狼がいた。彼は近くにある村を手当たり次第に破壊して人々から恐れられていた。
そして村人は狼に気を鎮めてもらおうと娘を差し出すようになった」
ピンショーは言葉を止めた。カノンは先を促す。
「……それで」
「その時に生まれた子供たちが半獣です。
彼等は醜く生まれたその姿を呪い、ある者は隠れ、ある者は人を襲った。
……この物語はその半獣たちを殺す英雄の話なのですよ」
「じゃあ、英雄は半獣を殺した」
「そうです。
金の髪に青い瞳を持つ英雄……マルールです」
「マルール?」
後ろの馬車にいる。
言いたいことが伝わったのだろう、ピンショーはゆっくり首を振った。
「多くの人が子供にマルールと名付けますから」
「ああ、なるほど」
カノンは重々しく息を吐いた。
お伽話の続き。それがこの世界だというのか。
だが半獣たちは、レッドたちは、とてもお伽話の敵役とは思えなかった。
「酷い話ですね……」
「……現実はもっと酷いですよ」
ピンショーは長い睫毛を伏せ呟いた。彼の声は掠れていた。
まだ何かあると言うのだろうか。
カノンはピンショーを見つめたが、彼は何も言わないでまたペンを動かし始めた。
*
馬車がガタガタと揺れる。
現代人のカノンにとって馬車は乗り心地の良いものではない。硬い床はカノンの体を痛めるし、揺れは激しい。それでも彼女は今の状況を少し楽しんでいた。
馬車など滅多に乗れるものじゃない。
カノンはピンショーの邪魔にならないよう小さく歌を歌った。
突然、ビアロウィーザが立ち上がった。
何事かとピンショーもカノンも顔を上げる。
「どうしたんだ?」
「……ア……ウ……」
「ビアロウィーザ?」
ビアロウィーザは呻き声を上げながら御者台へと走る。
前の馬が、カルパティアの馬がいなないた。
「ま、ずい。奴等が来たんだ」
「ど、どうしましょう」
「とにかく隠れててください。大丈夫、声を出さなければ」
声を出さなければ。姿が見えなければ。化け物には襲われない。
それは確かにその通りだったのだろう。
だけどそれは今までのことだった。
馬車が大きく横転する。
カノンは馬車から身を投げ出された。悲鳴を上げる間も無かった。
「ミクマリカノンさん!」
ピンショーの声が聞こえるがカノンは周りがよく見えない。
体が地面に強く叩きつけられたせいで息が上手く出来なかった。何度も喘ぎ大きく息を吸い呼吸を整えようとする。
フッとカノンの周りが暗くなる。
何事だと顔を上げると、そこには巨大な、巨大な緑の蛇がいた。
円らな赤い瞳でカノンを見下ろしている。
「カノンッ!」
震える身体を抑えながら声のした方を見ると、レッドもまた別の大蛇に襲われていた。
何故、蛇。
今までの魔王軍は形容し難い不気味な、地獄の絵画に出てくる悪魔のようだったのに。
目の前の蛇がシューッと威嚇する。
よく見るとそれには王冠と、ツノが生えていた。
カノンはその王冠に目が釘付けになった。この王冠は?
蛇の口がガバッと開く。巨大な牙とそこから流れる毒液が見えた。
あ、カノンは声を出した。
危ない。
だがカノンは動けなかった。大蛇がシャアッと叫び、毒液を飛ばした。
毒液を避けるなど器用なことは彼女には出来なかった。見開いたままの目に入る。
瞬間、左目が燃え上がるように熱くなった。
悲鳴にならない悲鳴を上げる。カノンの知っている痛みなどとうに超えた痛みがあった。
目の前の大蛇がカノン目掛けて頭をもたげたが、それよりも前に吹っ飛んだ。
だがカノンはそんなこと気にしていられなかった。目が痛い!痛い!
左目を抑え涎を垂らしながら苦悶していると、ふと、手に何かどろっとしたものが付いていることに気がつく。
最初は血かと思った。だが右目でそれを見たときカノンは喉を震わせ絶叫した。
目だ。目が溶けている。
大蛇の毒液はカノンの目玉を溶かしたのだ。
「ウ、ア、アア! 助けて……! 目が、溶け」
右目から涙が溢れる。
ドロドロとした目玉だったものの体温、感触を感じカノンは吐いた。胃酸の酸っぱい味が口に広がる。
気持ち悪い、痛い、怖い。
不意に肩を叩かれた。
恐怖の中にいたカノンは驚き、悲鳴をあげながらズリズリと身体を後退させる。
肩を叩いたのが何か、カノンはそれを見るとそこにいたのは見たこともないほど美しい男だった。
神々しさすらあるその男は悲しそうに眉を顰めている。
ついにお迎えがきたのか。カノンは息を吐いた。
だがよく見ると男の耳が獣の耳であることに気がついた。
レッドの比じゃないほどピアスが付けられている。
濡れた右目と穴の空いた左目で男を凝視する。半獣?
「誰……」
カノンの言葉に男は優しく微笑むと、懐から古めかしい注射器を取り出した。
そしてカノンの首にそれを突き刺した。




