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その情報は指し示す

二人がまったり、他愛もない話をしているといつの間にか1時間が過ぎていたらしく、ピンショーが戻って来た。

レッドはドア越しに服を受け取るとカノンに手渡した。

着せるのを手伝うと言っていたがカノンは丁重に断る。

ピンショーが渡してくれたのはいかにも軍人らしい硬いズボンとガサガサしたシャツだ。

前のものと変わらない。尻尾の部分のスリットが無いだけだろう。


「すみません、色々と忙しくて」


ピンショーはハアっと息を吐き椅子にもたれた。

カノンが動けるようになったので、カノンとレッド、ピンショーとビアロウィーザは向かい合って座っていた。


「それで……どこまで話しましたか。こちらのことは大体お話ししましたよね」


「ええ」


「そうですね。まず、あなたがこの世界に来たときのことを教えて下さい」


「えーっと……友人が心霊写真を撮りたいと、勝手に建物に入ったんです。

廃墟同然の建物で……元が何に使われていたかは分かりませんけど生活感は無かったです。

部屋の天井や壁に大きく白い線でつかまえた、と書いてあって私はそれに動揺して出ようとしました。

でも友達はカメラで部屋を撮ったんです」


「カメラとは?」


この世界にはカメラは無いらしい。

どう説明するべきか悩みながらもカノンは話す。


「物を綺麗に、そのままの状態で紙に写せる機械です。

仕組みまでは私も詳しくは……レンズと鏡と光を使って……」


「絵画とは違うのですね」


「物を写すということでは同じですが……カメラは基本的にはその物を歪んで写したりはしませんね。あるがまま正確に写します」


一概には言えないが説明としてややこしいのでカノンは省いておいた。

ピンショーは納得したように頷いている。


「そのカメラを使って、魔王が写し出されたと」


「そうです。その場で撮ったものを確認できるんですが、その中に現実にはいないローブの人物が写っていて、そのあと私たちは何も無いはずの空間に引きずり込まれました」


「……姿を消す魔法というのがあります。その中の一種に鏡に映し出されるとその姿が見えてしまうというものがあり……魔王はその魔法を使った。

だからカメラには写っていたのでしょう……。

しかし何故そこまでして人を捕まえたかったのか……」


ピンショーは黙って虚空を睨んでいた。魔王の目的を考えているのだろう。だが結局分からなかったのか「その後あなたはどうしたのですか?」とカノンに聞いた。


「私は穴に引きずり込まれて、魔王に蹴落とされました」


「うーん。殺さなかったのは穢れないためか……」


「あの、穢れって?」


レッドも出会った当初同じことを言っていた。カノンの質問にピンショーはああと頷いた。


「魔法で人を殺すと穢れというものが枷のように出てきます。

呪いの一種ですね……それがあると魔法がどんどん使えなくなります」


「そんなものが……」


魔王が直接世界に攻撃を仕掛けず魔王軍と呼ばれる化け物を使うのはそれが理由のようだ。


「きっと魔王はそれを避けたのでしょう。

……そして、穴から落ちたあなたはレッドに助けられたと……。

こちらの言葉が分かったのは魔王の隠れ家を通ったからでしょうね」


「どういう意味です?」


「我々の今いる世界とあなたの元いた世界を繋ぐトンネルのようなもの、それが魔王の隠れ家です。

元々は恐らく"門"と呼ばれるものだったのでしょう……大昔は異世界進出というものを国を挙げて行っていたようですから。

最もハイリスク・ローリターンだった為に廃れていったようです。


それを魔王は隠れ家として改造したのでしょうね。

門を通ると相手の言葉が理解できるようになる仕組みがあったらしいですが、それもそのまま隠れ家に残されていて、その魔法があなたにも掛かった」


カノンはピンショーのカーゴパンツや勲章バッジを見た。

あれはカノンの世界から来た文化が同じように発展した結果かもしれない。

ピンショーは一息ついて、それから頬を緩ませた。


「ミクマリカノンさんのお陰で色々なことが分かってきました。

異世界に隠れ家を作っていることは分かっていたのですが、まさか門を使っていたとは……。

まだ分からないことは多いですが……それでも何も分からなかった魔王の正体を知る手掛かりになります」


カノンの情報はピンショーにとって有益なものであったらしい。

彼女も自然頬が緩む。最初はピンショーに対して悪感情を抱いていたが、今はそれは無く、むしろこの人を手伝って早急に魔王を倒すべきだろうと思っていた。


「お役に立てたなら良かった」


「本当にありがとうございます。

何か他にありますか?」


「いえ……。落ちた後はレッドが側にいましたし、これは! という情報は無いと思います……。

あ、あの化け物が私のあだ名を呼んでいたことは……」


「知っています。それも調査しなくては。

他にも何か思い出したら言ってください。

あなたにとって大したことじゃなくてもこちらにとっては重要な情報だったりしますから」


「分かりました」


ピンショーは「では」と立ち上がる。

もう帰ることにしたようだ。


「今後はあなたから貰った情報を元に魔王の居場所を探って行こうと思います。ここでの排斥活動は終わりです」


「どっち方向に行きます?」


レッドは耳をピンと立ててピンショーを見た。彼は言い辛そうに口を歪め答える。


「……恐らくマルール隊と合同になるからミーティングをして決めることになる」


「なるほど……」


「今日か明日には決める。

支度をしておくように」


「了解です」


ピンショーは少し疲れた面持ちでカノンに目礼し部屋を出た。ふらふらとビアロウィーザがその後を追う。


2人が出て行ったのを見送った後カノンは大きく息を吐いた。

とにかく、この世界でのカノンの居場所は確保できた。

あとは足を引っ張らないようにしなくては。

カノンはレッドの方に向き直る。


「支度って何するの? 手伝う?」


「いやあ、ただ次ここに来る奴らの為に荷物を片付けるだけだ。あと備品のチェックか」


「ここに……?」


「まだ化け物がいるからな。別の隊がここに来て町に入らせないようにするんだ。

そいつらは防衛隊。俺たちと違って一箇所に留まってバケモンを退治する」


ドアの向こうにまだあの化け物たちはいるのだ。カノンはギュッと手を握る。ついレッドがいるから安心してしまうが、この世界は危険と隣り合わせである。

そんなカノンを慰めるかのようにレッドが肩を叩いた。


「……レッドは……大変だね。あちこちに行って化け物を退治しなきゃいけないんでしょ」


「まあなあ。けど慣れればどうってことない」


「でも家が恋しくなったりしない?

あ、そういえばどうしてレッドは兵隊になったの?」


レッドの手が不意に離れる。顔を上げると彼の顔は強張っていた。

聞いてはいけないことを聞いてしまったのだ。カノンはハッとしてレッドの手を掴む。


「レッド、ごめん」


彼はカノンの手を見ると僅かに泣きそうな顔になった。


「……家が大事だから、守りたかったから兵隊になったんだ」


そう言ってレッドは笑う。その悲しげな、苦しげな顔にカノンは何も言えなかった。



*


なんとなくギクシャクした雰囲気の中2人は支度を始めた。

カノンは備品の数を数えてリストに記入していく。


2人とも、ひとことふたこと言葉を交わすがうまく続かない。

カノンはレッドを不用意に傷付けたことを、レッドは傷を晒してしまったことを、どう対処すべきか考えあぐねていた。


「レッド……あの、食料品の方は数え終わったから……」


「あ、ああ。ありがとう」


「ううん……」


沈黙が流れる。嫌な空気だ。

思えばカノンはレッドのことを何も知らない。レッドもカノンのことを知らない。

2人は短期間に急速に親しくなった。


「レッド」


「うん?」


「私は、大学生……学生で、19歳で、絵を描くのとか、カメラで写真を撮るのが趣味。

得意なのは似顔絵を描くことで、苦手なのは運動すること。足は遅くないと思うけど球技が下手くそで……。

好きな食べ物はカレー。嫌いな食べ物はスイカとメロン。瓜なのに甘いのがちょっと嫌」


「お、おう? どうした?」


「自己紹介。ちゃんとしてなかったから……。

私のこともっと知って欲しいし、レッドのことも知りたいと思ってる。

だから言われて嫌なこととかあるなら教えて……原因は聞かない。

ただ嫌な気持ちにさせたくないから」


レッドはカノンをジッと見た。それから不意に吹き出すと「そうだな」と言ってケラケラと笑い出す。


「よく考えたら俺はオマエのこと何も知らない。

オマエもそうだもんな」


「そうだよ」


「うーん……と。

俺はレッド。21歳。兵隊として8年ここにいる。

ここに来る前のことは……誰も話したがらないだろうな。コミもカルパティアも、誰も。

趣味ってものは無いな。好きなのは隊員たちと話してること。

苦手なのものはたくさんあるけど……まあ、魔法だな。教わったけど全然使えねえ。

得意なのは体を動かすこと、か?

好きな食べ物は魚、嫌いな食べ物はキノコ」


レッドはカノンの頭をクシャクシャと撫でた。


「こんな感じか?」


「魚好きなの?」


「そうだな。特に白身が好きだ」


「分かった」


クシャクシャと撫でるレッドの腕をカノンは掴んで握手させた。


「これからもよろしくね」


彼はよろしくと呟いて優しく微笑んだ。


「……オマエは真っ直ぐ俺を見る」


「そう?」


「新鮮だよ。

ありがとう」


新鮮だよ、という言葉には嬉しそうな響きがあった。

カノンは、レッドが喜んでいるならそれで良かった。自分はこの世界に来て何もできないが、それでもレッドを喜ばすことはできる。


*


「そういえば気になってたんだけど」


「なんだ?」


「この世界の人たちって家名は無いの?

ピンショー様ってば私のことずっとミクマリカノンってフルネームで呼んでて気になるんだよね……訂正する機会を失ってしまったし……」


あー、とレッドは床を拭く手を止めてカノンを見上げた。


「家名はあるけど殆ど使わないな。それだったら村の名前を使うことが多いが、普通名前で呼ぶ。

ピンショー様はギフォード・ピンショーって名乗っただろ? ピンショー村のギフォードさんってことだ。

ただギフォードさんが5人いて、区別するためにあの人はピンショーの方で呼ばれてるんだ」


「そういうことかあ」


カノンはなるほどなるほどと頷いた。高校の時はクラスに佐藤が3人もいたので、それぞれを下の名前で呼んでいた。それに近いものがあるだろう。

それから彼女はレッドの村の名前を聞こうとしてやめた。

兵隊になる前のことをきっと聞いて欲しくないのだ。それはコミとカルパティアも。

カノンが何も言わないのを見たレッドは「オマエは察しが良いよな」と眉を下げる。


「この世はバカな方が幸せになれるぞ」


「ウーン。賢いって褒められてると思えば良いのかな」


「そういうこと」


フッとレッドは薄い唇を歪め笑う。そうすると彼の長い牙が見えた。

人間には無いその牙にカノンは興味をそそられる。だがきっとレッドは聞いて欲しくないだろう。

半獣に関して何か聞くとしたらピンショーが適任だ。



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★★個人サイトでも小説投稿しています★★ 小説家になろうには掲載していないものもあるので是非〜
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