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2/22

その男は獣に見えた

流血表現あり

全身に酷い衝撃が走った。

頭と、足と、胸と、腕と。全てが痛かった。

カノンは呻き声をあげる。

ここはどこだ。一体何が起こった。

霞む目で辺りを見渡す。芝生が生えている、水辺のようだ。土と亀の水槽のような匂いがした。それから自分から立ち昇る血の匂い。

穏やかな景色はカノンの状態に余りにそぐわない。


とにかく助けを求めなくては。

カノンは立ち上がろうとする。だが足はビクともせず力を入れるだけで痛んだ。

匍匐前進でなんとか進もうとするが、腕も痛い。

左肩を上げ、大地をつかもうと振り降ろすと肘がぶらんと揺れた。

折れている。カノンは痛みとその光景に衝撃を受け吐き気がした。

だがここで立ち止まってはいけない。辺りは穏やかだが人の気配が全くしない。

ここで止まっていては衰弱して死んでしまう。


彼女は右腕だけで這うように動き出した。ズリズリと動くたび芝や土が纏わり付いて不快だ。

膝から下は動けそうにないが腿はまだ無事だと分かってきたカノンは両腿と右腕でぎこちなく進む。

ヤケクソに動いてはいけない。一先ず100メートルほど先に見える木の下まで行こう。

木の下に行けば雨が降っても安心だしもし何かあっても影に隠れられる。


だが、壊れかけの体では遅々として進まず、痛みだけがジリジリとカノンの全身を支配し始めていた。

何が起こったのだろうか。

カノンは呻き声を漏らしながら考える。

あの建物に入ろうとしたのも、写真を撮ったのも賀仁の発案だ。だが彼は何が起こっているの本気で分かっていなかったようだ。魔王と名乗ったあの女に抱き締められていた時本気で戸惑っていた。

となると、賀仁は被害者だ。

そもそも彼がこんな状況を生み出す訳がない。

問題はあの魔王である。賀仁を求めていたと言っていた。明らかに異質な存在である者が何故賀仁を求めていたのだろう。

そして賀仁の命は無事なのだろうか。


思考はグルグルと巡る。だが堂々巡りだ。

余りにも分かっていることが少な過ぎる。


30分かけてやっとカノンは10メートルほど進んだ。

彼女はそっと息を吐く。体を起こそうにも膝下は折れているらしくとても立ち上がれそうにない。

ずっと匍匐前進をしていたので腰が痛かった。

なんで自分がこんな目に。カノンは泣き出した。

カメラなんて放っておいて帰れば良かった。


不意にすぐ側から物音がした。

カノンは涙を拭いて息を潜める。

なんの音だ?


それは、獣の足音だった。

足音だけではない。唸り声もする。

そっと顔を上げ獣を見る。

黒々とした毛皮に覆われたソレはライオンのように見えた。だが頭がない。頭の部分は風船の尻尾のように窄まっている。じゃあどこから唸り声が、と思うと背中に何かが乗っているのが分かった。

猿のようだが牙が鋭く、長い手足を4本足の黒い毛皮の生き物に巻き付けていた。

明らかな化け物。カノンの喉から悲鳴が漏れた。

それがいけなかった。

猿はカノンの悲鳴にいち早く気付くと金切り声をあげながら器用に4本足の生き物を操り、彼女の方へと襲い掛かってきた。

カノンは痛む体をなんとか動かしその化け物から距離を取ろうとする。

だが化け物の動きは早かった。否、カノンの動きが遅かったのだ。


化け物は素早くカノンを4本足で囲うと、猿の化け物が巻き付けていた腕を解いてカノンの首を掴んだ。口がガバリと開き鋭い牙がいくつも見える。

殺される!

カノンは悲鳴を上げた。


その時だった。

猿の化け物がけたたましい叫び声をあげ吹っ飛んでいく。

その後、4本足の化け物も頭上へと舞い上がりそのまま地面にめり込んだ。グチャッという嫌な音と黄色の体液が舞う。膿のような匂いと共に広がる。

一体何が。

動かない体をなんとか動かしカノンは頭を上げた。


そこに立っていたのは男だった。

だが、ただの男ではない。その姿は異様だ。

銀色の髪と、同じ色の大きな獣の耳が生え、更には長い犬の形に似た尻尾まで見える。

腕は毛で覆われ、手のひらのみ黒い素肌だ。

鋭く厚い爪は黄色い液体が滴っていた。

衣服は軍人のような、黒のシャツの袖を捲り、黒いカーゴパンツとゴツゴツとしたブーツを履いている。

なんだ、この男は。

カノンが戸惑っていると、男は美しい顔をこちらに向け困ったように笑った。金色の瞳が細められる。


「なんだ、オマエ。助けてやったのに死にそうじゃねえか」


低い、金属の擦れる音のような声だった。落ち着く声音だ。


「ハ……あなた、は……。ここは、なに……」


「どうやってここに来たのかしんねえけど、さっきの通りここも侵略されてるトコだ。

だから俺みたいなのがいるんだが……おい、聞いてんのか?」


カノンは頷こうとした。だが、もう意識は飛びそうだ。

さっきまで張り詰めていた緊張の糸が、こちらを助けてくれ、同じ言葉を喋る男の登場により切れてしまった。


「ズタボロだな。

化け物どもにやられたのか? にしては噛み跡が無えな……」


「……落ちてきたんです。上から……」


「ハ……? 転移魔法に失敗したのか?」


「分からない……でも、もう、痛くて、苦しいんです。助けて……」


「あ、おい!」


男の焦った声を聞きながら、カノンは目を閉じた。


*


全身が揺れている感覚に違和感を覚えカノンは目を覚ました。

彼女は例の獣じみた姿の男に横抱きにされていた。


「気が付いたのか? いっそまだ気絶してた方が良かったかもな。

これから治療すんだからよ」


そう言うと彼はカノンを柔らかなベッドに寝かしつけた。彼女はそっと息を吐く。

痛みは耐えられないほど強いが、それでも落ち着ける場所に来れた。

視線を巡らせるとここが家であることが分かった。ロッジのような、木で出来た温かみのある部屋。


「ハア……。手も足も折れてるし、血塗れだし。よく生きてんなあ。

悪いけどな、俺はセンス無いから魔法なんてちょびっとしか使えねえ。

血止めるのは出来たけど骨くっ付けるのとか無理だから」


男の大きな耳が垂れる。よく見ると銀色のピアスがいくつも付いているのが分かった。


「……まほう……」


「自分で使えるって感じでも無いよなオマエ。

何者なんだ」


男は探るように、獣の瞳でカノンを見下ろす。


「みく、まり……かのん……」


「ミク……?」


「水分火音……私の名前。日本の、千葉から、来た。友達と……変な建物に入って、写真撮ったら、魔王って人が、友達を、引き摺って行って……攫われたの……」


「魔王!? 魔王に会ったのか!?」


「女の人、ローブ着て……怖かった……」


「そうか。魔王……アイツ」


男は虚空を睨んで何か思案していたがフッと息を吐くとカノンのシャツのボタンを外し始めた。


「俺はレッド。見りゃ分かるだろうけど、殲滅部隊の前衛で」


「待って……、なんで、服、脱がすの……やめて」


「あ? いや手当すんだから当たり前だろ。泥が入ったまま包帯巻いて意味あるかよ」


そんなこと言われても。カノンは痛みが無い方の手で必死にシャツの前を押さえる。

男の人に平気で素肌を見せられるほど彼女は大胆な性格をしていなかった。


「何照れてんだオマエ。人間だろ?」


「……人間は、照れないの?」


「そうじゃなくて……もしかして目が見えて無えのか?

……俺、半獣だから。我慢しろよ」


「半獣……? だから耳が」


「見えてんのか?

怖いかもしんねえけど……手当てするだけだから」


何が怖いのだろう。カノンはシャツを押さえようともがきながらレッドを見る。

大きな耳はファンタジックで、カノンの大好きな小説たちを思い起こさせる。


「怖く……ないよ……。

いいなって思う……」


そう答えるとレッドの動きが僅かに止まった。

カノンはその隙にシャツを掻き寄せ前側をなんとか隠す。

だがレッドはその手を掴んで引き剥がした。


「変な風に意識されるとやり難い。何も恥ずかしがることはねえんだ。

それよりそうやって隠されるとちゃんと手当できないからやめろよ」


真面目な顔でレッドに言われてしまいカノンはより一層恥ずかしくなる。

意識しているのは自分だけのようだ。

カノンはおずおずと力を抜いてレッドに身を任せる。抵抗したところで殆ど動けないのだから。


「ウワ、こりゃ酷えな……。

足もこれ……。取り敢えず靴下脱がせるけどちょっと我慢してな」


「う、あー……!」


靴下を脱がされるだけで激痛が走る。レッドは慎重に爪先から引っ張っていくが、カノンは首を振って悲鳴を上げた。


「これ切っていいか?」


「いい、大丈夫、だから」


レッドはどこからかハサミを取り出すとカノンの3足千円の靴下を器用に縦に切っていく。


「どの位の高さから落ちたんだ? 頭と胴が無事で良かったよホント」


「分からないです……気が付いたら落ちてて」


「泥まみれなのはあのバケモンから逃げてたからか。

……服どうすっかなあ……」


そう言って彼はカノンのスカートを降ろそうとする。

だがどこにボタンがあるのか分からないようで、ハサミを徐に取り出した。


「やめて、スカートは、切らないで」


もうボロボロで二度と履けそうにないがそれでもカノンにとってはお気に入りのスカートだ。切ってしまうのは忍びない。

彼女は腰のボタンをやっとの思いで外す。

だがスカートを下ろすのは心理的に抵抗があった。


「恥ずかしがるなって言っただろ。

オマエが全裸で生活しててもコッチは手出ししないよう躾けられてんだ。大丈夫だよ」


「……しつけ……?」


「そうだ。それにいくらなんでも傷だらけの女に欲情するような奴そうそういねえだろ……」


レッドは遠慮のない手つきでスカートをずり下ろした。そして顔を顰める。

足の怪我は彼の想像よりも酷いものだったようだ。


「紫色になってるな……。

足から落ちたのか……? いや……魔王がやったのか」


「え……でも、私、あの人に蹴られたけど、足は何も……」


「魔法だろ。オマエがすぐに動けないようにしたんだ。

殺されなくて良かったな……流石に穢れるようなことは避けたのか」


レッドの言っていることはよく分からない。

だが今彼女自身に取り巻いている状況すらよく分からないのだ。

カノンは黙っていることにした。


「魔法でやられたとなるとまた面倒だな……。

まあいいか、泥洗い流すぞ」


レッドはカノンの体をヒョイと持ち上げるとどこかへと歩き始めた。

振動が伝わって痛む。カノンは小さく呻いた。


木の扉から外に出る。玄関の脇に水道があった。

そこで体を洗うらしい。

カノンを地面に下ろしたレッドはそのまま彼女の下着に触れる。彼女はまたも抵抗しようとしたが、先ほどの躾けという言葉を思い出してじっと耐える。

何より彼は純粋に治療しようとしてくれているのだ。恥ずかしがる方が失礼なのかもしれない……。


ホースから流れる水がカノンの体に付いた水や、血や、先ほどの化け物の体液を洗い流す。

痛みは変わらず強くあるが、それでも少しサッパリとした気分になった。


「そんな赤くなるなよ。いかがわしいことしてる気分になるだろ。

ほら、泥も落ちたし血も落ちた。まー酷い有様なのがよく分かるわな」


レッドは柔らかいタオルをカノンに当てて水気を吸い取った。


「オマエこんな状態なのによく恥ずかしがってられるよな。

まあ、取り敢えず……諸々の話しようか」


「はい……」


室内に戻り再びカノンはベッドに寝かされた。

レッドはカノンに下着を着けさせると添え木や包帯、消毒液などをローテーブルに広げた。


「それで……ミクマリカノン。

ニホンノチバから来たって言ってたよな……。そんな地域聞いたことねえけど」


「……私の世界には魔王も、あんな化け物もいない。魔法も無い所なんです」


レッドは「沁みるぞ」と言って消毒液を傷口にかけた。

喉をグッと鳴らしカノンは耐える。


「魔法が無い……異世界か……。

魔王の隠れ家は異世界にあったのか」


「あの、魔王ってなんですか。というかここ、何」


「何って言われても。そうだな、ここは今魔王に襲われてる国の一つだ。

魔王ってのはよく分からないんだがいきなり現れてな。あのバケモンを生み出しては至る所にばら撒いて、国民を殺してる……まさに魔の王だな」


レッドは話しながら無骨な手で、手早く包帯を巻いていく。

処置は慣れているようだった。


「だがいくら魔王を自称していても力が弱まる時もある。そんな時アイツはどうも異世界に隠れ家を作ってそこにいたらしいんだが……それがミクマリカノン、オマエが入った建物だったんだろう」


「友達が、魔王に攫われたんです……どうしよう、殺される?」


「攫う……魔王がそんなことするなんて聞いたことねえな……」


「友達に、ずっと求めてたって言ってました……」


「その友人は何者だ?」


「私と同じ一般人……魔法なんか何も」


賀仁のことが堪らなく心配になってくる。

攫われる直前まで余裕ぶっこいていたが大丈夫だろうか。殺されてはいないだろうか。


「……友達を探さないと……」


だがどうやって。

カノンはレッドを見た。

この人は殲滅部隊の前衛で、半獣だ。

恐らくあの化け物を殲滅する部隊にいるのだろう。

となるとここはその部隊の宿舎だろうか。

処置に慣れているのも恐らく戦い、傷付くことが多いからだ。


「……ありがとうございます、レッドさん」


「何が」


「手当してくれて……」


「人間を見殺しにしたり出来ねえからな」


「……それも躾け?」


「ああ」


「躾けって、なんなんですか」


レッドは包帯を巻く手を少し止めた。それからまた手を動かし話し始める。


「俺たち半獣は……ケモノの血が入ってるんだよ。思考する兵器。それが俺ら半獣。

人間の奴隷」


「え……」


「人間に害が無いよう躾けられる。

だから女の裸を見ても襲い掛からないし、傷付いた人間がいれば自分の命よりも優先して助ける」


カノンは絶句した。

なんて野蛮な……。


「オマエ良かったな。見つかったのが俺で。

半獣以外だったらどんな目に遭わされてたか分かんねえぞ」


レッドはカノンを慰めるようにフッと笑った。牙がチラリと見える。

それから化け物に関して話し始めた。


「俺たちは殲滅部隊っていう、あのバケモンを倒すための部隊にいるんだ。

バケモンのことは、上は魔王軍って呼んでるけど意思疎通が図れるようなものじゃない。

見つけたら殺す。じゃないと殺される。

いつもは単独で行動して、人がいるところを見つけたら大群で押し寄せてくる。

俺たちの役目はその単独で行動してるバケモンが人を見つける前に殺すこと。

だからこの辺り人居ねえんだよ」


「……部隊の、他の人たちは……」


「この地域は広いが目撃情報もそんなに無かった。

だから大きくは人員が割けなくて、広い地域を極少人数で調査してる。

……だがオマエの存在は他の奴らにも伝えないと。

魔王と接触した人間だ。色々聞きたいことがあるだろうし……あと怪我も思ってたよりも酷い。

魔法が得意な奴呼ぶよ」


「はい……」


「一通り処置はしたから後は休んでろ」


カノンの手足は添え木と共に包帯が巻かれている。

普通なら何週間かはこの状態だろう。

だがこの世界には魔法がある。お伽話のように。

彼女は息を吐いた。

少なくともレッドは信頼できそうだ。そして彼の話を聞くにほかの半獣達も、人間であるカノンに表立って危害を加えることはないだろう。

だが他の人間はどうか……彼等半獣を奴隷として扱うような奴等だ。危険な気がした。


「ほら、服」


レッドはカノンにシャツを見せた。

血と泥にまみれたカノンの服の代わりにこれを着ろということだろう。


「俺のだからデカイけど……。

上に連絡するまでこっちも身動き取れないから我慢しろよ」


「え、上の人に報告するんですか」


「なんだよ」


「だって……怖い人たちなんじゃ……」


「……俺らの部隊の直属の上司は、怖くはない……けど、まー……うーん……」


「なんですか」


「悪い人じゃないよ」


それはどういう意味だろうか。カノンは問い質したかったが、レッドはカノンにシャツを着せるとさっさと出て行ってしまった。


仕方がない。果報は寝て待て、だ。

カノンは目を閉じた。

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★★個人サイトでも小説投稿しています★★ 小説家になろうには掲載していないものもあるので是非〜
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