その英雄は囚われる
暴力表現があります
ゴーレムは倒せた。マルールはホッと息を吐く。
半獣たちに辺りを捜索させ彼女は一休みすることにした。
あんなのがこの先何体も出たら困る。
マルールが魔王を倒せばきっと父は喜ぶだろう。まさに英雄の名前通りの働きだと。
そして義母も。もしかしたら名前を呼んでくれるかもしれない。褒めてくれるかもしれない。抱きしめては、くれるだろうか。でももしかしたら。
そのためにもここは慎重にならなくては。
半獣たちは体力があるから大丈夫だがここで少し休んでおかないと人間のマルールには厳しかった。
半獣。
マルールの父が作り出した存在だ。
そしてそれに彼女も加担している。
彼女は手のひらを見つめた。
マルールは9年前にヨガイラと出会った時から彼のことが好きだった。
偶々父の仕事の関係で村の近くに寄った時、馬車の車輪が壊れ立ち行かなくなりベーマー村に泊まったのだ。
あんなに美しい人を彼女は見たことがなかった。
その当時彼女は9歳。幼過ぎた。そのせいで彼の心には残らないどころか、見ることすらされなかった。
だがどうしても欲しかった。何も持っていない彼女が唯一欲しいと願った。
あの美しい男を何が何でも自分の物にしたかった。
彼女の心臓が大きく跳ねる。
ヨガイラのことを想うと心臓が震える。そして抑えきれない感情が湧き上がるのだ。
それがどうしても制御できない。
カノンにも酷いことをしてしまった。
女の子が近付くと奪われるという不安からパニックになってしまうのだ。
カノンはそんな子ではないことは分かっていたのに。
コミにも、ビアロウィーザにも怒ってしまっている。ビアロウィーザなど意識はない同然にも関わらずだ。
マルールはコントロール出来ないこの感情が嫌いだった。
それでも、それでもどうしてもヨガイラが好きだ。
彼が自分を見て、触れてくれたらどんなに良いだろう。
自然と涙が浮かぶ。
ヨガイラが好きだ。
だから半獣にした。
そうすればマルールを見てくれると思ったのに。
そろそろ行かなくては。
彼女は立ち上がる。
半獣たちはどこまで行ってしまっただろう?
父に倣い軍人になったは良いがまだ彼女は未熟だ。
この立場だって父の七光りのおかげ。
それでも従ってくれる隊員には少なからず感謝していた。
ピアスのせいであるとは分かっていたが、感情が暴発しやすく友人がいないマルールにとっては彼等しか話し相手がいない。
「……コミ……?」
ヨガイラと同じ村で、半獣になる前から何度か話したことのある彼女の名前を呼んだ。
コミはこんなマルールに対しても優しくしてくれていた。
だが名前を呼んでも現れない。どうしたのだろう。
上の階に行ったのだろうか?
マルールが階段に近付いたその時、何者かに体を押された。
土まみれの床に倒れこむ。
咳をしながら見上げると、ヨガイラがマルールを見下ろしていた。
金の鋭い瞳。
元々は緑だった。あの緑の瞳も、今の金の瞳も好きだ。
「……ヨガ、イラ……」
マルールは青い目を見開いた。
何故彼が自分に危害を加えているのだろう。
ピアスがあったら絶対できないはずなのに。そう思ったが、彼の耳からピアスが消えていることに気が付き嗚呼と声が漏れ出た。
理由は分からないが、もう半獣は軍がコントロール出来る存在じゃなくなったのだ。
「マルール……! よくも、よくもやってくれたな……」
ヨガイラの嗄れた声が響く。久し振りに聞いたその声に一瞬聞き惚れるが、だが何故喋れるのかと疑問が湧く。
「なんで、喋ってるの……」
マルールが他の女と話さないように魔法をかけたのに。
その質問にヨガイラは侮蔑するように笑った。
「馬鹿だなテメェは。んなのとっくに解けてるよ。
コミに治させた」
「……え……」
「だがまた魔法をかけられたら厄介だから黙ってたんだよ。
ンなことはどうでもいい。
ずっとこの時を待っていた。制御装置が取れる時をな」
ヨガイラの長い腕がマルールの前髪を掴む。
「よくも滅茶苦茶にしてくれたなあ!?
絶対に許さねえからな」
彼はそのままマルールを床に叩きつけた。
後頭部を強かに打ち付け彼女は目の前が真っ白になった。
「や、め……て……!」
「なんで俺だけじゃなかった!? なんであいつらまで半獣にした!!」
「お父様、は……最初からたくさんの人を、半獣にするつもりで」
「お前が欲しいのは俺だけだろ!? 俺だけで良かっただろ!?」
彼は怒りの形相でマルールを責め立てる。
彼女の青い瞳には自然涙が浮かんでいた。
「オレは、ただヨガイラが欲しかっただけ……他の人たちのことは、オレじゃ何もできない」
マルールの言葉に納得がいかないのだろう。ヨガイラはまた彼女の前髪を掴んで顔を上げさせた。
「お前は俺を裏切ったんだ。許されると思うな」
「ごめんなさい……。あんたが欲しかった。
あんたを、オレの物にしたかった……」
「いいか、一つ言っておくがお前は俺の物だが俺はお前の物じゃない」
彼はそう言って懐から注射器を取り出した。
「同じ目に合わせてやるよ。
お前は俺以外の奴も自分の物にしようとしたんだ。
許されることじゃない」
「ごめんなさい……! あんたが、好きで、どうしたらいいのか分からなかった……!
ごめんなさい、だから、やめて……!」
マルールは必死に抵抗するが注射器は無情にも彼女の首筋に突き刺さった。
冷たい液体が入ってくる感覚がして彼女は硬直した。
助けを求めるようにヨガイラを見るとその背後にコミがいるのが分かった。
なぜ彼女は笑っているのだろう。涙で歪む視界の中マルールは思う。
「俺が好き? そんなのは9年前から百も承知だよ。
俺だけを選んでいればこんなことにならなかった」
マルールの意識が遠のいていく。
海のようなその瞳に美しい男が反射している。
彼女はヨガイラに手を伸ばす。彼はその手を握った。
「お前は俺の物だ。この先もずっと」




