その魔法で解放してしまった
建物内部はゴーレムのせいか、それとも元々か、ボロボロに朽ちていた。
「おい、こっちじゃねえだろ」
レッドの耳が動く。
どうやら反対方向にゴーレムはいるらしい。
「うん。そうなんだけどね。
でも別のやつが起動したらそっちの方がまずいでしょ? そっちから止めよう」
「なら俺はカルパティアたちを手伝う」
「聞こえてると思うけど、1体なら平気そうだよ」
賀仁は早く来てと言ってまた走り出した。
レッドは耳をピンと立てたまま、渋々賀仁に続く。
「……やりにくいな」
「知り合いだったんだもんね」
「ああ。シラカミも俺たちの村の人、だった。
でも5年前に突然軍から居なくなって……死んだと思ってた」
だが、それが魔王の正体だったのだ。
知り合いが魔王になっていた……そのショックはカノンには計り知れない。
「アイツは、捨て子で……最初に見つけた時崖から落ちたみたいで全身ボロボロになってた。
それを村の一人が見つけて連れ帰ったんだ。
大人しくて話しかけてもあんまり反応しないようなやつだったけど、そのうち俺たちにも慣れて、よく遊んだ……。
良いやつだった。人を傷付けるようなやつじゃなかったんだ」
言葉尻が震えていた。レッドは真っ直ぐ前を見たままだ。
「半獣になってから色んなやつが変わったんだ」
カノンはレッドの視線の先にヨガイラがいることに気が付いた。
彼も何かあったのだろう。
カノンは何も聞かないで走った。
反応が欲しいのではなくただ聞いて欲しいだけだろうから。
建物内の階段を何段も降りて地下に来た。
ゴーレムの操作をしていると言われたら納得する、鬱々とした場所だ。
石造りの長い廊下には錆びた鉄の扉が数メートルおきにある。
部屋の一室から声がした。
カノンにはよく聞こえなかったが彼等には話し声まで聞こえたらしい。
レッドの顔色が変わる。
ヨガイラが警戒するように、先に進んでいるビアロウィーザの腕を引いていた。
「……どういうことだ」
レッドが賀仁を睨むが彼は無視して声のした扉を開ける。
狭い部屋だった。
石造りの壁に床、豆電球が天井からぶら下がっているだけだ。
中央には鉄の台があり、そこには犬と少年が鎖で繋がれていた。
ビアロウィーザが甲高い悲鳴をあげる。
「なんだ!?」
部屋の隅から男が現れた。
2メートル近くある背丈に余すことなく筋肉が付いた男だ。胸の勲章は数え切れないくらいある。
「大佐……」
大佐ということはこの男はマルールの父親のようだ。
濃い茶色の髪に暗い瞳。あまり似ていないので彼女は母親似なのだろう。
彼は鋭い目つきでピンショーを見下ろし部屋中震えるほどの声で怒鳴った。
「何故ここにいる!?」
ピンショーが賀仁を見た。彼は何も言わない。
「ここで半獣を作っていたのですね」
犬と少年の背にコードがいくつも突き刺さり互いを繋げている。意識はないのか眠ったままだ。
あのコードが、犬と人のパーツを分け合うための恐ろしい道具なのだろう。
カノンは建物に入る前に見た半獣を思い出す。あの人の背にもこれが刺さっていた。
「ギフォード・ピンショー! 何故ここにいるかと大佐が聞いているんだ! 答えろ!」
後ろにいた小柄な男がキンキンと高い声で叫んだ。
副官というやつだろうか。
軍の階級に詳しくないカノンには分からないが、ピンショーよりも階級が高いことはやはり勲章から察せられた。
「……ここを探していたんです……あなたの秘密の実験場を」
ピンショーが手をかざした。
カノンの背中に鳥肌が立つ。
そもそもピンショーは何故、賀仁が男だと知っていたのか。
カノンは一度だって賀仁を男だと教えてはいない。
—「そうですね……。でもきっとご友人は大丈夫ですよ。
魔王があなたを殺さなかったということは彼も殺されない可能性が高い」
何故「彼」だと分かったのか。勿論、翻訳の魔法による誤差かもしれない。
だが先ほど賀仁と会った時
—「気にしないでいいですよ。男嫌いなんです」
—「男なのに? 変わってるな……」
そう言っていた。
ピンショーは賀仁と会う前から彼が男だと知っていた。それは、きっと賀仁の姿をしたシラカミと繋がりがあったから。
馬車の中で見た賀仁は、賀仁ではなくシラカミだった……。
「ま、待って……」
ピンショーはか細い声を上げるカノンを見るが、首を振って呪文を唱え出してしまう。
この人の目的と、魔王シラカミの目的は合致していたのではないだろうか。
シラカミの目的は復讐。それは多分シラカミを半獣にしたものへの復讐。
ピンショーの目的はビアロウィーザを戻すことのはずだ。
だがそれは叶わない。出来るならあの時、なり損なったあの人をヨガイラは殺さなかった。
となると彼の目的は復讐へと向かうのではないだろうか?
止めなくては。
何か、良くないことが起こる。
カノンがピンショーに駆け寄ろうとした時襟首を掴まれた。
ヨガイラだ。金の瞳が異様な輝きを放ちピンショーを見ている。
「は、離してください」
カノンは彼の腕を掴むが力強く握られているせいでビクともしない。
見兼ねたレッドも止めに入るがそれでもヨガイラは腕を離さなかった。
「ヨガイラ!」
レッドがヨガイラを止める声と、大佐とその部下がピンショーに詰め寄る声が廊下に響く。
そしてピンショーの詠唱が止まった。
ヨガイラの腕がカノンから離れる。
「ギフォード・ピンショー! 貴様何をした!?」
「いえ……まだ何もしていません。するのはこれからです」
そう言っている側からパラパラと金属片が床に落ちる音がした。
なんの音か、とカノンは辺りを見渡す。何もない。
いや違う。
レッドやヨガイラ、ビアロウィーザ、そして賀仁の耳からピアスが落ちている。
「貴様、まさか! 制御装置を外したのか!」
「……ええ。
この呪文は本当だった……」
ぽつりと呟いたピンショーの言葉に賀仁が頷く。
「シラカミが頑張って探したけど完全なものは見つからなかった。
でもあなたが作った魔法と重ねれば……」
「……ありがとう。これでもう自由だ」
副官がピンショー目掛けて拳を振り上げる。しかしその手をレッドが止めた。
「待ってください!」
「邪魔をするな!! 実験動物が!」
男は抵抗する。だが力はレッドの方が上だ。
あっさり腕を止められると分かるや否や彼から体を離した。
それはそうだろう。
元々は近隣国を攻撃する兵器として「作った」のだ。
人間より遥かに強い。
それを無理矢理制御装置とやらでコントロールていたが、そのコントロールが利かなくなった今、半獣と人間の立場は逆転した。
「……ピンショー、貴様……。
誰がお前を拾ってやった!! 魔法が使える貴様を拾ったのはこの私だろう!!
恩を忘れやがって!!」
大佐がピンショーの方へ腕を伸ばす。だが何かが弾ける音の後その腕が止まった。
大佐と、そして副官の胸から血が流れている。
彼等の足元を見ると壊れたバッヂが血溜まりに落ちている。
カノンは小さく悲鳴を上げた。その声にビアロウィーザが怯える。
レッドもあり得ないというように首を振り、賀仁はギュッと目を瞑った。
「拾って貰ったんじゃありません。拾わせたんです」
副官の体が大きく崩れ血塗れの床に倒れこむ。
死んだのだ。あまりにもあっけなく。
だが大佐は死ぬことはなかった。頑丈なのだろう。
ゼエハアと荒い息をさせながら般若のような形相でピンショーを睨め上げる。
「どう、いうつもりだ。
私を糾弾しているのか……!」
「そうです。
あの人たちを半獣にしたあなたを許さない。
この勲章に込められた魔力は、私だけが破裂させられます。そういう風に作ったんです」
「貴様……! こんなことして、ただで、済むと……。
貴様は穢れたんだ……これで、ロクな魔法は使えなくなる……」
「もう大した魔力は必要ありませんから。
……勲章を付けているのは貴方だけじゃありませんよね。そして今弾けたのは貴方達のだけでもありません」
「まさか……マルールの……娘にまで何かしてないだろうな!?」
大佐の顔色が変わる。
「……ええ。彼女は無事です。
彼女はね」
「……部下は」
「部下? いえ、勲章付けている人全員ですよ」
カノンは「嗚呼」と息を吐いた。
ピンショーの目的は達成されてしまった。
「軍全員を襲ったというのか!!
何故そんな馬鹿げたことをする!?
貴様のやっていることはこの国を壊すことと同義だ!」
「貴方のやっていることは国を救っていると?」
「当然だ!
この国は他国の脅威に晒されていた!! それを軍が守っていたんだろうが!!
我が国のような小国は、大国に従属するか、支配されるかだ」
「同盟があるはずです」
「そんなもの……そんなものはなあ! 相手の都合が変われば簡単に破られるんだよ! 100年前の裏切りを知らないのか!?
国を守るには、それだけの力が必要だ!」
「それが半獣ということですか」
「そうだ!
最強の兵器……他国は絶対に敵わない最強の軍隊だ!」
ボタボタと胸から大量の血を流しながら大佐は笑う。物凄い形相だった。
「そのせいで何人の人が犠牲になったか……」
「私はこの国を愛している!
愛する国を守るために少数の犠牲は仕方ない……愛する国民を犠牲にするのは私も辛かったさ。
だがな! この国を守れるという大義に比べればそんなもの!」
大佐の笑い声が響く。
だがこの男の思想は全て間違っている。
「あなた、魔王の正体知らないんですね」
カノンは哀れむように大佐を見た。彼は不思議そうにカノンを見返す。
「は……?」
「魔王の正体は半獣の少女でした。きっとあなたにされたことを恨んでこの国を破壊した……。
もしあなたが半獣を生み出さなければ、魔王によって殺される人はいなかったのに」
「なにいってる、そんなバカな。完全に制御できていたはずだ」
「シラカミは魔法が使えたからね。
躾けを発動させないよう自分の手を下さないでも人は殺せたんだよ……いや、違うな。
人を殺したんじゃなくて邪魔者を排除していただけ」
賀仁は低い声で伝える。
大佐は、あり得ないと言わんばかりに首を振った。
彼等の言うことなど信じられなかった。
「そんなわけない、そんなはずは。
魔法が使える奴は調べた……」
「シラカミは……うまく喋れなかったから」
レッドが血溜まりを見つめながら呟く。
「誰もアイツが魔法を使えるなんて知らなかった……」
「……バカな。バカなバカな」
「そもそもあなたの愛国心はめちゃくちゃじゃないですか。
国を愛して、国民を愛しているならどうしてレッド達を愛さなかったんですか?
大義のためにこれから何人殺すんです?
あなたが愛しているのは国じゃない。自分の周りだけでしょう?」
自分の立場やマルールたち家族……。大佐は結局それらを犠牲にしないように、レッドたちを犠牲にしたに過ぎない。
「だから私を殺すのか? 半獣にされた奴らのためにか?」
大佐はニヤリと唇を釣り上げた。
「貴様らが私を糾弾するのは勝手だが、この男のやっていることだって変わらないだろう」
「私は、ビアロウィーザの為にあなたたちを殺すんじゃないですよ」
ピンショーが体を屈めて大佐の目を覗き込んだ。
「私のためにあなたたちを殺すのです。
あなたたちを殺してもビアロウィーザは喜ばない。あの人は優しい人だから。
でも私は絶対許さない。
この先どんな幸せがあったとしても、ビアロウィーザと共に笑っていられる幸せに勝るものはない。
私の幸せを奪った人をのうのうと生かしておけるほど私は優しくないんです」
彼は手をかざした。トドメを刺すのだ。
だがそれをレッドが止めた。
「ま、待ってくれ……!
教えてほしい……なんで俺たちの村だった?
他にも若い男がいる村はたくさんあったのに……なんで俺たちを半獣にした」
レッドの質問に大佐は唇を歪めた。
「マルールが望んだからだ。私の愛しい娘……」
「マルールが……? なんで?」
「ヨガイラだよ。あの子はあの男を初めて見た時から欲しがっていた」
レッドは目を見開いて固まった。
「……あの子の欲しいものは必ず与える……」
大佐が不気味な笑い声を上げる。
カノンは辺りを見渡した。ヨガイラがいない。
いや、いつからいない?




