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そのローブの下の顔は

数多の石の音がしていたが次第に音が止んでいく。人気のない場所にやって来たようだ。

馬車が目的地に着いたらしい。

目的地……魔王の居場所だ。

街を抜けた先にある、かつて病院だった跡地。

灰色の巨大な箱は異様なオーラを放っていた。

外観から見てもすっかり荒れていることが分かるが、かなり大きな病院だったらしく建物の前の庭には崩れかけのモニュメントがいくつもあった。


賀仁の魔法はここから発せられていた、つまり魔王がこの辺りにいるのは間違いないらしい。

だが賀仁は手前の街にいた。確かに目が合った。

このことをピンショーには伝えているが、彼も不思議そうに首を傾げるだけだ。


「見間違いじゃありませんか?

あなたと目が合ったのなら接触しようとしない方がおかしいですよ」


「……でも……」


「人が、集まってましたから。

似てる人がいてもおかしくありませんよ」


ピンショーはそう言うと会話を切り上げてしまった。

やはり勘違いなのだろうか……。


「カノン」


レッドがカノンの腕を優しく引く。


「危ないからピンショー様から離れないようにな」


「うん……。

何か、いそう?」


「気配がする。

……し過ぎるくらいだ。迂闊なだけならいいが罠かもしれない」


「気をつけるね」


「ああ。オマエも勝手なことするなよ?

ちゃんとピンショー様の言うこと聞いて、危険だと思ったらすぐ逃げろ」


幼い子に言い聞かせるようにレッドはゆっくり言った。カノンは分かったと再度頷いた。

彼は未だ心配そうだったがピンショーに呼ばれ渋々離れて行く。


隊はレッドとビアロウィーザ、ヨガイラをピンショーが引き連れ、コミ、カルパティア、その他2人のマルール隊の面々をマルールが引き連れ、分かれて探索することとなった。

ピンショー達が建物の周りを、マルール達が内部を見ることとなる。


マルール隊の他の隊員をカノンは覗き見た。精悍そうな若い男達だ。

マルールはカノンに見せたような無邪気な笑顔を彼等に向けることなく歩いていた。笑顔を見せてはいないがあの残虐さも見せていない。

一切彼等に興味を持たない冷えた表情だった。

コミとカルパティアが心配になるが二人は案外平気そうな顔で続いて歩いていた。


カノンはピンショー達について行くことにした。レッドがいるということも大きな理由の一つとしてあったが、賀仁を探すなら色々と伝えているピンショーと共にいた方が良いと思ったもその一つだ。


「なんでこの分け方なんですか?」


「……ビアロウィーザは、マルールさんの側に居ない方がいいと思いますし、ヨガイラも……」


戦力的なものではないらしい。

ヨガイラを見るとフッと微笑んだ。

カノンは慌てて顔を逸らす。

不思議な男だ。


「……あ……」


ビアロウィーザが突然立ち止まった。ヨガイラが素早く彼女の側につく。

他の面々も警戒し辺りを見渡した。


「……レッド、前方を。私は後方を見る。

ヨガイラはそこにいてミクマリカノンさんを見るように」


ヨガイラはこくこくと頷いた。レッドは耳を低くし辺りを警戒しながら前方へと歩みを進める。

周りにあるのは繁った草と、赤茶色の土だけだ。

カノンもレッドのように辺りを見渡すが、横に立つヨガイラが一切警戒していないことに気が付いてやめた。カノンよりも五感が優れている彼が警戒していないなら大丈夫だろう。


しかし、茂みがガサッと揺れた。

彼女の体が大きく飛び跳ね、茂みを睨みつける。

すると、葉っぱの隙間から尻尾がのぞいているのが見えた。

犬のようだ。

野犬だ……カノンは胸を撫で下ろす。

襲い掛かってきたら怖いがそれでもあの蛇のバケモノよりはマシだろう。

彼女は恐る恐る犬に近付いた。


あれ?

カノンは首を傾げた。

犬にしては座り方が……まるで胡座をかいているかのようなおかしな座り方だ。

もう一歩、犬に近付く。

カノンの足音に気が付いたのか犬の顔がこちらに向けられた。


「あ、ああ……っ」


カノンの喉から引き攣った悲鳴が漏れた。

犬の顔は、まるで人の顔のようだった。

滑らかな瞼のついた瞳、ピンク色の分厚い唇。

骨格は不自然に歪み、疲れ果てた老人のように、細い腕で全身を支え前屈みになっていた。歪んだ背中にはコードがいくつも突き刺さっており血が流れ出していた。


半獣だ。

カノンの全身から力が抜けその場に座り込む。

なんでこんなところに……。

犬の悲しげな瞳がカノンを捉える。


「……タ……ゥ……ウゥ……」


唸り声と人の声が混ざったような声がする。

カノンは体を引きずるようにして犬に近付いた。もうあと数センチで触れられる。


なんとかこの半獣を、他の人たちに見せないようにしなくては。

この哀れな姿をレッドが、コミが、カルパティアが、ピンショーが見たら。きっと傷付いてしまう。


「こ、っちに、来て、くれませんか」


彼女が手を広げる。犬は諦めきった瞳でカノンの言われるがままに彼女の腕に収まった。

そっと犬……いや、犬ではない。かつて人だったもの。今も意識は人だ。

その人はカノンの腕に大人しく収まっている。

レッドに見つかる前に誰か他の人に……マルールに相談しよう。カノンはその人を抱きしめた。

なんとかしてこの人を助けないと。


「ゥ……タ……ォ……」


「な、なんとかします。だから誰にも見つからないようにしましょう」


「タ……ォ……ウゥ……」


その人の鼻先がカノンの背後を示した。

ヨガイラだ。振り返らなくても分かる。

彼女は恐る恐る振り返った。

美しい人は、変わり果てたその人を見つめていた。


「タ……ォゥ……」


「お、お願い、なんとかして助けたいんです。

でもレッドたちがこの人に気が付いたらきっと傷付く……だって、まだ実験が行われているってことでしょう!?

みんなから隠して、実験を止めて、この人を助けたいんです」


カノンはヨガイラに縋るように頼んだ。

ヨガイラの瞳がちらりとカノンに向く。


「お願い……」


彼は眉を顰めた。

蠱惑的な唇が動く。だがなんと言っていたのかカノンには分からなかった。


「なに……?」


ヨガイラのしなやかな指が地面を指した。

よく分からないままカノンは指し示されたところにその人を下ろす。


ヨガイラはカノンに微笑んだ。


そして鋭い爪でその人の喉を切り裂いた。


「なっ、んてことを、なんてことを……!」


カノンが慌ててヨガイラの腕を掴むが時すでに遅く、その人は血溜まりの中にいた。


「なんでっ……!?」


ヨガイラがカノンの唇に血に塗れた手を当てる。それから死にゆくその人を指差した。


「ア……ォ……」


その人は涙を浮かべながら事切れた。

カノンの心が激情に支配される。

憎しみか、悲しみか、哀れみか。どれを取ればいいのか分からない。全ての感情が重くのしかかる。


「……ひどい……なんで……」


彼はカノンの問いに首を振る。


そしてその人に痛々しく突き刺さっていたコードを抜くと死体を草むらに隠した。

誰からも見つからないようにするように。


カノンは気が付いていた。

半獣になったら元に戻れないのだと。

ヨガイラはあのまま生きていく苦しみよりも、殺して楽にしてあげたのだろう。

それでもカノンの嗚咽は止まらない。

何もできない自分が憎かった。


*


カノンとヨガイラはジッとその場に佇んでいた。

戻って来たピンショーに半獣がいたということを伝えると、彼は顔面蒼白になった。

彼も何も言わない。


「カノン」


レッドがカノンの顔についた血を拭った。

ヨガイラに口を押さえられた時のものだろう。


「……行こう。気配が近付いてきてる。

魔王が俺たちに気付いたんだ」


彼女は小さく頷くとレッドの後ろを歩く。

隊はピンショーとヨガイラを先頭に、レッド、カノン、ビアロウィーザと続いて歩いていた。


呆然とカノンは歩みを進める。

犬と人間が綯い交ぜになった半獣。

レッドは魂を犬と分け合ったと言っていたが、あれは分け合ったというより交換のように思えた。

あの人は背中と、目と、口と、腕が人間のままだった。つまりどこかに背中と目と口と腕が犬の、思考は犬の人間がいるはずだ。

レッドたちは見た限りでは耳と、腕、尻尾が犬になっている。

先ほどの人とは逆である。そして恐らくレッド達の姿が、軍の奴らにとっての「成功」だとしたら。

つまり今、半獣を作ろうとしている連中は思考が犬の操りやすい半獣を作ろうとしているのではないか……。


そんなことを考えていたせいで周りの変化に気が付くのが遅れた。レッドに名前を呼ばれ腕を強く引かれる。


「あ……」


後ろにいた。

白いローブの女。

魔王だ。


カノンの背中に怖気が走る。

半ばパニックになりながらレッドの後ろに隠れた。

先頭にいたヨガイラも駆け付け横に付く。


「本当にいるとは……。

ビアロウィーザ! こっち来い!」


レッドが叫び、ヨガイラが慌てた様子で彼女の体を引いていた。

後ろにいたビアロウィーザはぼーっと魔王を見ている。まるで警戒していない。何故?


ローブが揺れる。


「スイブンさん……!」


魔王は切羽詰まったような声を上げる。

ローブの陰に隠れて顔は見えないが口元から、必死な形相をしていると分かる。

レッドの体に力が入りカノンを庇うように前に一歩出た。


「コイツに何の用だ」


レッドが問い掛けるが魔王は急に黙った。

小さな子供のようにローブの裾を指で弄っている。

何も言わぬまま拗ねたように鼻をスンと鳴らした。


「……え……」


「カノン、出るなよ……危ないから」


レッドの腕に押さえられカノンは近付けなかった。だが今の鼻を鳴らす仕草は。


「……俺たちはオマエを討伐しに来たんだ。よくも街中バケモンで襲ってくれたな」


魔王は答えない。

戸惑ったように足踏みしている。

それからまた鼻を鳴らした。


「……鳴滝くん……?」


あり得ないことだとは分かっていた。目の前の人物はカノン達を襲った魔王そのもので、女だ。

賀仁とは似ても似つかない。

だがカノンをスイブンと呼ぶのも鼻をすする癖も賀仁のものだ。


名前を呼ばれたその人物はパッと顔を上げた。


「そ、そう! そうだよ! 良かった……いじめられてなかった……」


カノンはジッとローブの人物を見る。

本当に賀仁? 何があったというのだろう。

そしてふと思う。何故彼は日本語で話しているのだろう。


「……カノン? アイツの言ってること分かるのか?」


「うん。……私たちの国の言葉で話してる」


「どういうことだ?

……知り合い?」


「わ、分かんない。

鳴滝くん。何があったのか説明して?

なんでそんなローブ着てるの? 女の子の声にしか聞こえないし……」


カノンが戸惑い賀仁に語りかける。彼はまたスンと鼻を鳴らした。


「女の子の声っていうか女の子なんだよね」


彼はローブを下ろした。

その姿は……美少女だった。

切れ長の金の瞳に赤い唇。それから大きな三角の獣の耳。

アジアンビューティーな半獣の少女だ。


「な、な、な、なんで……? 鳴滝くんだよね?」


「はい……カメラを壊した鳴滝です……」


「別に根に持ってない! っていうか、何があったの!?」


「うーん……」


賀仁は小首を傾げた。

しかし賀仁が何か言う前にレッドが口を開く。


「シラカミ……」


「……シラカミ?」


「オマエ、シラカミだろ?」


レッドの問いに賀仁は答えない。というよりレッドの言葉が分からないのだ。


「と、取り敢えず、魔法かけてもらって、言葉分かるようにしよう」


「おう!」


カノンはピンショーにお願いして言葉が分かるようにしてもらう。

彼は頷くと賀仁に近付いた。が、賀仁が一歩下がる。


「魔法掛けるだけなんだけどな」


「気にしないでいいですよ。男嫌いなんです」


「男なのに? 変わってるな……」


カノンはピンショーを見つめた。彼はここでいいかとブツブツ呟き呪文を唱える。


「……どうだ?」


「あっ、すごい! この人どうだって言ってんだ!」


「そうだよ……」


カノンは溜息をつく。

ともかくこれで話が進む。


「それで?

あなた鳴滝くんなの? シラカミさんなの?」


「まあ見ての通り、外見はシラカミだけど中身は鳴滝だね」


賀仁はあっさり答える。


「見ての通りって、なんで……」


「やり方は分かるはずだよ。

半獣の作り方と同じ。半獣は人と犬でパーツパーツを交換するんだけど、俺とシラカミは魂を交換したんだ」


彼のサラリとした言葉は一行に衝撃を与えた。


「そんなことできるの……?」


「出来たみたい? 俺はよく分かんないよ。

あの通信の魔法だっけ? 交信の魔法だっけ? あれもよく分かってないんだから」


「どうして交換したの?」


「男じゃないと出来ないことがあるって」


賀仁の言葉を搔き消すように建物内部から轟音が鳴り響いた。

彼はあちゃーと頭を掻く。


「ゴーレムが起動しちゃったかあ……。

悪気は無いんだよ、ほんと。ただ、うまく操り切れなくて」


「なんの話……」


「スイブンさんには本当に悪いことしたと思ってる。

……歩きながら話すね。あの人たち、仲間でしょ? 助けなきゃ……」


賀仁は鼻を鳴らして歩き出した。

カノンたちは戸惑いながらもその後に続く。

レッドなどは耳を何度も上げ下げして伺うように賀仁を見ていた。

元々の知り合いが魔王で更に中身が入れ替わっているのだ。現状をうまく受け止め切れないに違いない。


「……この世界に来た後シラカミにかくかくしかじかで協力を頼まれて、俺はスイブンさんの現状を知ることとその他諸々を引き換えに合意の上で彼女と体を交換することにしたんだけど」


「そのかくかくしかじかはなんなんだよ」


「割愛。

んで、交換したは良いけど能力はきちんと分けられなくて魔王軍を操ることまでは出来ないんだよ。

シラカミは上手だったでしょ。

人間の言葉もある程度話させることが出来たからそれ使ってスイブンさんを探してもらったりもしたんだ……けど俺は動かすこともままならなくてねえ……」


カノンはあの風船の見た目をした化け物を思い出す。

あれは賀仁に頼まれたから、だから「スイブン」というあだ名を知って呼んでいたのか。


「ただ動かせなくても見た目を変えることはできた。

それで折角だしかっこいいのにしようと思ったわけ。分かりやすい弱点とかある方が倒しやすいと思ったし。

それでバジリスクを作ったは良いけど想像より強くなって……それで、スイブンさんのことを……」


賀仁は本当にごめんね、とカノンに頭を下げた。

彼女はそんなのいいから続きを話せと促した。


「続きも何も。こんなものじゃない?」


「いやいや。そんなわけない。

……私がどこにいて、バジリスクってあの蛇の化け物に襲われたか分かってたの?」


「いやあ。バジリスクの時は偶々近くに居たんだけど近付けそうになかったから。交信の魔法でなんとか治したけど、でもほとんど治して貰ってたね」


「そう……。

あのね、ホント心配してたんだよ。

一言くらい挨拶してくれても良かったのに」


カノンが責めるように賀仁を見遣ると、彼はウッと言葉を詰まらせた。


「ごめんって。

イケメンの彼氏出来たから俺のことなんてほっぽかれてるのかと思ったんだよ」


「ちが……!? 何言ってんの!?

ってか忘れたりなんかしてないし! 鳴滝くん探してここまで来たんだよ!?」


「ありがてえなあ」


「……結局、魔王の目的とか、鳴滝くんの立場はなんなの?」


場合によってはピンショーが彼を……。

その前になんとかしなくてはと思っていた。もちろんその可能性は低いだろうが。


「シラカミの目的は復讐かなあ。あの手この手手を替え品を替え頑張ってたよ。

俺の立場は、なんだろうね。よく分からないけど……。

俺としては美少女の姿になれてめちゃくちゃ嬉しいから他はどうでもいいかな……」


カノンは重く長い溜息を賀仁に聞かせた。

彼はいやあ、と頭を掻く。


「こっちに来てから1週間? の間俺はずっとシラカミと居たけど何が起こってるのか分からなくて現状把握に必死だったんだよ?

シラカミの目的まで探るなんてムリムリ。聞いても教えてくんないし」


「でも魔王を止めないと今よりまずいことになるよね」


また轟音が響く。地震まで起こった。

ゴーレムとやらは相当暴れているらしい。


「さあね。

それより急ごうぜ」


「え? あ」


賀仁はヒラリとローブを翻しながら走り出した。

カノンは戸惑うが他の面々も走り出したので慌てて追い掛ける。

コミやカルパティアたちが心配なのは確かだ。ただ賀仁の要領の得なさも気になる。

ピンショーの横顔をカノンは見つめた。

大丈夫だろうか。

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★★個人サイトでも小説投稿しています★★ 小説家になろうには掲載していないものもあるので是非〜
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