表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/22

その馬車は進み出す

二人は抱き締め合いながら鼻をすする。

だいぶ落ち着いてきた。


「……レッド……あのね」


「ん……?」


「私多分、今後もその……良い匂い、すると思う。

でも気にしないで。これは……レモンから常にレモンの匂いがするのと同じだから」


「……分かった……ような?」


カノンはレッドの顔を両手で挟んだ。


「つまり! レッドの嫌なことはしないでいいってこと」


「……うん?」


「レッドの嫌なことは私も嫌だからね。

ちゃんと、言ってね……」


彼女はそれからレッドから手を外し体を少し離した。

レッドがカノンに触れるとき誰かを重ねているのだと思っていたが、あれは人間であったかつての自分に思いを馳せていたのだ。

もしかしたらカノンといること自体苦しいかもしれない。


「別に嫌なことしてねえけどなあ」


「大丈夫だよ。私そんなことで躾けたりしない。絶対に」


「……だろうな」


レッドの指がカノンの首についた跡を撫でた。


「……ごめん。痛かったろ」


「いや、苦しかったけどもう平気だよ」


「ごめんな……」


彼は悲しそうな顔でカノンの頬を撫でる。


「……だからね、そういうのだよ」


「え?」


「ボディタッチをだね……してもいいんだけど、したくないならしなくていいんだよ」


「お、う。してもいいんだよな?」


「良いよ」


むしろして欲しいとは言わなかった。


「なら触れてたいんだけど……」


「……何故?」


「……安心するから……?」


安心する。カノンはなら良いか、と頷いた。

安心するなら仕方ない。

カノンがどれだけときめこうと、まあ仕方ない。


「ちなみにどこまで触って良いんだ?」


「え? それ聞く……?」


「さっき太ももは怒ってたからなあ……。

腕は?」


なんだかあまりこちらの気遣いが通じていないような? カノンは首を傾げた。

まあ本人がそれで良いなら良いか……。


「服で隠れない部分は良いよ。手とか顔とか」


「ん」


レッドは頷いてまた頬を撫でた。

彼女は止めるべきか迷ったがやめておいた。


「いやそれよりも……」


レッドの壮絶な過去を聞いてカノンはまだ気持ちに整理がついていなかった。

悲しいし、悔しいし、遣る瀬無いし、それ以上に憤りを感じている。


「……逃げられない……んだよね」


「……逃げようとしたやつは殺された。復讐しようとした奴も、ピアスを外そうとした奴も、全員な」


「どうしたら良いのかな……」


泣きそうな顔をするカノンに彼は穏やかに微笑んだ。


「どうしようもできない。

……良いんだ、これで。無闇に逆らったら殺される。

殺されるだけなら良い。でも欠員を補充するために他の村の子供が俺みたいな目にあうから」


「……それがカルパティア?」


レッドは眉を寄せて苦しげに笑う。


「そう」


カルパティアの言っていた新世代とは、そのまま、レッドたちの次の世代……次の実験の成果ということか。

だからレッドたちよりも強い。実験を繰り返して半獣にするコツを掴んだのだ。

カノンは再び遣る瀬無い怒りに襲われる。


「許せない。そこまでして魔王軍を倒したいわけ……」


「いや……俺たち、本当は魔王軍じゃなくて近隣の国に攻め入られた時の保険だったんだ」


「え?」


「魔王軍、つうか魔王が現れたのは5年前だからな。それよりも前から半獣の計画は存在していた」


そういえばピンショーがそのようなことを言っていたなとカノンは思い出す。


「レッドは8年前に半獣として、ここに連れてこられたんだよね?」


「ああ。俺たちが初めての実験体だ。

だから、やっぱり魔王を殲滅するために俺たちが作られたわけじゃない」


「……半獣を作るほど近隣国が脅威なら今攻められたらマズイんじゃない?」


「バケモンがあちこちに居やがるからな。国境付近にもウヨウヨいる。

攻めにくいんだろうよ。逆にこっちも他国を攻められないし、国から逃げられもしない」


魔王のせいにより国は崩壊状態だが、魔王のお陰で国が守られているということのようだ。

カノンは首を傾げる。


「魔王の目的って何?」


「さあな……。誰も顔を見てないし、話をしたこともない。ただバケモンを引き連れて殺しにくる」


レッドの顔が陰る。


「目的なんて無えんだろ。ただ破壊したいだけだ。

だから俺たちはアイツを見つけて倒す」


そうだろうか……カノンは思う。

目的が無いにしては根城を作りそこを罠にしたり、賀仁を連れ去ったりと破壊したいだけには思えない行動が多い。

そもそもずっと魔王に何か引っかかっているのだ。

それが何なのか、彼女は思考を巡らせるが思いつかなかった。



*


結局、足止めは2日に及んだ。

馬車がやっと来た時カノンは安堵の溜息をついた。

これで賀仁を探せる。

あれ以来連絡はなく、時間が経つに連れカノンの中で不安が大きくなっていた。


再びカノンは馬車に乗る。

今度はピンショーとマルールが一緒だった。前回の不測の事態を受け魔法が使えるもので固まることにしたらしい。


3人の間に微妙な沈黙が流れる。

カノンはマルールが恐ろしく、マルールもそれを分かっていて、更にその状況をピンショーは分かっていた。

ガタガタと暫く馬車に揺られていると、マルールが口を開いた。


「……あの、ごめんね……この間は……驚かせて……」


「……いえ……」


「昔から感情のコントロールが出来なくて……昂ぶると……」


カノンはそうですか、と言うがそれ以上言葉が続かない。何を言ったら怒るか予測出来ないのだ。

マルールは居心地悪そうに体を動かし、口を噤んだ。

また沈黙が流れる。


次に沈黙を破ったのはピンショーだった。


「お父様は元気ですか?」


「へ? あ、オレの?

そりゃ元気ですよ。魔王討伐に向けてやる気いっぱいだからね」


「今どちらに居られるんですっけ」


「それが、今オレたちが向かってる……タフトの研究施設にいるんだ」


「そうなんですか? 何故……?」


「さあ……?

父さんが何やってるか細かくは教えてもらえないから」


そりゃそうですよね、とピンショーは頷いた。

それからカノンに向かって話し始める。


「マルールさんのお父様は大佐で、魔王討伐を指揮しているんですよ」


「あ、そう、なんですね。じゃあとってもえらい……?」


「とっても」


ピンショーの顔が一瞬だが大きく歪んだ、気がした。


「……マルールさんのところは一族揃って軍に関わっていますから、エリートですね」


「そんなことないよ。……周りがそうだから、なんとなくその道を選んできたってだけだし。

それよりピンショーさんの方が凄いよね。最初は魔法の研究者だったのに軍人に転身して」


マルールは感心したように息を吐く。


「……研究者だったんですか?」


「ええ、そうですね」


「いつも新しい魔法考えたりしてるもんね」


そう言われて、カノンは以前ピンショーが書いていたものが日誌などではないことに気が付いた。

あれは魔法を考えていたのか……。


「すごいですね……」


魔法の原理など1ミリも知らないカノンにとってそれは偉業だった。

思わず尊敬の眼差しを向けると、ピンショーは照れ臭そうに目を伏せる。


「いやいや」


「謙遜しなくても。本当に凄いのに……」


「……全くそんなことありませんよ」


彼の顔に暗い影が落ちる。

カノンはビアロウィーザのことを思い出した。

ピンショーはビアロウィーザの為に軍に入ったのだろう。そして、もしかしたら彼女を治す術を探している。


カノンにはピンショーにかける言葉を持ち合わせてなかった。


「だって、ピンショーさんがこの勲章バッヂ考えたんでしょ? 画期的だよね」


「勲章バッヂ? ってなんですか?」


「これこれ」


マルールが胸にあるバッヂを指し示した。

バッヂは斜めになっていたり、逆さになったりと自由気ままに留まっている。


「階級だけじゃなくてその人がどんな功績を残したかをバッヂにしたんだ。

それだけじゃなくてこのバッヂには一つ一つ魔力が込められてて、ピンチになった時に使えるような機能が付いてるんだよ」


マルールのバッヂをカノンはまじまじと見た。

多機能のバッヂだとは思わなかった。


「へえ……」


「これなら敵に分かられにくいしね」


「……割と秘密?」


「うん」


それ、カノンに教えて大丈夫なのか? 彼女はマルールを見たがニコニコしていて己の失態に気が付いてないようだ。ピンショーに視線を移す。彼は小さく首を振った。呆れているのか、言わなくていいということか。

マルールは危険な人物だが同時にかなり素直な性格でもあるらしい。カノンが協力者であることをまるで疑っていない。

それはそうだから良いのだが、軍人としてはどうなのか。


「他にも沢山、ピンショーさんは画期的な開発をしてるんだよ!」


マルールは何故か自分のことのように誇らしげに笑う。彼女はピンショーを尊敬しているらしい。

憎めない。

カノンは思う。

ヨガイラにしていたことは非道で許せないが、こうして素直に笑っている彼女を恨み切れなかった。


「……凄いんですね」


マルールから目を逸らし、ピンショーにそう言うと彼は照れ臭そうに笑った。


その時、馬車が止まった。

目的地に着いたのかと思ったが不思議そうにする2人にそうではないのだとカノンは気がつく。

また魔王軍が来たのかもしれない。

彼女はそっと荷物に紛れるように隠れた。


「……それは……」


ピンショーが御者と何か話しているのが聞こえた。


「なんだろう。

あ、魔王軍じゃないみたいだから安心して」


マルールが手を振ってカノンを宥める。


「ピンショーさん?」


「……土砂崩れがあって道が塞がってしまったらしいです」


「えー? ここ最近雨降ってなかったのになあ……」


「魔王軍が暴れたみたいです」


「あー……そっかあ」


ピンショーの顔が暗い。

……また、何か嫌な予感がした。


「このルートは使えないとなると、街を通るしかありませんね」


「そうですねー」


マルールは軽やかに同意した。

だがピンショーの顔は何かある。カノンの背筋が震える。


そうか。半獣が人の暮らす街へ近付くのだ。

それはきっと、ロクでもないことしか起こらない。


*


ガラガラと車輪の音が響く。だがそれ以上のものがカノンの鼓膜を震わせていた。

喧騒はもう聞こえている。カノンは耳を塞ぐ。

嫌な声しか聞こえてこなかった。


「バケモノ!!」


「出て行け! 俺たちの街に近付くな!!」


「娘に近付くな!」


先程とは変わり、馬車の中にはレッド、コミ、カルパティア、ビアロウィーザが入っていた。

マルール隊はマルール隊で馬車に乗っているらしい。

ピンショーが隠れるように言ったのだ。

代わりにピンショーとマルールが馬に乗り、余った馬は馬車に繋がれていた。


馬車の中は沈黙に支配されている。

カノンはこの空気をなんとかしたかったが、なんと話せば嫌なこれを振り払えるのか分からない。

レッドとコミはビアロウィーザのように虚空を見つめ、ボンヤリしている。

だがカルパティアは怯えた様子で耳を押さえていた。


「カルパティア……大丈夫?」


「……バチが当たったんだ」


「え?」


「半獣のこと笑ってたから……バチが……」


そう言って彼はその場に蹲った。

どうしたのだろう。カノンがカルパティアに近付こうとしたら時、幌が大きく揺れた。ボン! と何かが当たった音がする。


「カノン、内側にいろ」


レッドに手を引かれ慌ててカノンは馬車の内側に寄る。


「なに?」


「……石」


さあっとカノンは目の前が赤くなった。

半獣だから石を投げても良いと思っているのだ。なんも知らない彼等は。

衝動的に、何か言ってやろうと思い幌を開けようとするがその体をレッドが止めた。


「やめろ。

認識されなければ、躾けも起こらない」


彼女はレッドの耳のピアスを見て体の力が抜けた。

躾けられるから、やり返せないのだ。


「ごめん……」


感情的になり周りが見えなくなった己を恥じるカノン。レッドはそんな彼女の頭を軽く叩いた。


「いいって」


「幌に近付いていい?」


「危ないからやめとけよ」


「うん。でもどんな人が投げてるのか見たい」


どんな奴がどんな顔して投げてるんだ。

カノンは幌の隙間から街を見た。

石を投げていたのは幼い子供だった。笑いながら投げている。

横に立つ父親は子供の頭を撫でていた。彼の顔には侮蔑が浮かんでいる。

少女を庇うようにしてこちらを睨みつける少年もいた。彼の顔は恐怖に歪んでいた。


様々な顔、感情。

カノンは大きく息を吐いた。彼等は悪人ではないのだ。

本当に半獣をお伽話の悪役であると信じ、憎み恐れている。

物語のように少女が被害に遭わないように守っている。

悪いのは無知な彼等ではなく、レッドたちを陥れた軍人なのだ。


「……オレも、あっち側だった」


カルパティアが呻く。


「半獣の乗ってる馬車に石を投げてた。馬車だけじゃない、道を歩いてる奴がいたら大っきい石投げたよ。

危ない奴で、でも抵抗できないから。石を投げるとスカッとした。

悪人を懲らしめられるんだから。

まるで英雄マルールみたいな気分だった。

でも、だから、オレはここにいるんだ……悪人じゃない人に石を投げたから……」


「カルパティア……」


カノンが手を伸ばし彼の背中を摩る。

彼がここにいるのは、彼自身の行いからではない。恐ろしい思想を持つ者のせいだ。

だが彼女はそう言えなかった。カルパティアは賢い。そんなことは分かっている。

それでも自分の行いのせいだと思わないとこの理不尽に耐えられないのだ。

カノンは再び帆布の隙間を見る。

彼等だって、もしかしたら半獣として全てを奪われていたかもしれない。

暮らしていた場所がほんの少し違っただけで。


その時、一人の人物と目が合った。

背の高い男。見間違えようがない。

賀仁だ。


「待って!!」


カノンはもっとよく見ようと身を乗り出したがその体をレッドが抱き止める。

外に出ると勘違いしたらしい。

一瞬帆布が翻り、レッドの姿が人々に露わになった。だがカルパティアが素早く布を抑える。

その瞬きよりも僅かな時間、賀仁はハッとしたように目を丸くしそれから微笑んだのが見えた。


「カノン! 出るなって言ってるだろ!」


「私の友達がいた!」


「……え?」


カノンは三度みたび隙間から覗く。賀仁の姿は見えなくなっていた。


「……目が合ったのに……」


何故彼はカノンを追ってこない?

どうしたのだろう。見間違いだった?

カノンは不安な気持ちを抱えながら馬車に揺られていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
★★個人サイトでも小説投稿しています★★ 小説家になろうには掲載していないものもあるので是非〜
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ