その女はただ祈る
コミはベッドに腰掛けフーッと息を吐いた。
カノンとレッドはお互い好き合っているようだとお互いの匂いで分かっていた。
カノンは最初からずっと、所謂恋の匂いがする。
可愛い匂いだ。嗅いでいると優しく温かい気持ちになる。
一方レッドの匂いは……濃い。恋ではなく濃い。
多分相当カノンに入れ込んでいるのだ。それは決して悪いことではなかった。8年前なら。
コミは小指を噛んだ。不安なことがあると指を噛んでしまういつもの癖だ。
コミは6つも歳下のレッドのことを心配している。
13歳から半獣にさせられ軍に所属している彼は、ずっと虐げられてきた。それはコミも同じなのだが、コミは魔法が使えるのでそれなりに優遇されていた。
だがレッドは違う。酷いことを沢山された。ヨガイラよりもずっと酷い……。
だから彼は少しおかしい。
13歳の時から半獣として扱われ、人として扱われなかった。そのせいで彼は自尊心を失ってしまった。
カノンへの恋心があるにも関わらず、これを恋として認識できていないような気がする。
いや、認識出来ているのか。
コミはガリッと指を噛む。血の味がした。
認識出来ているからこそカノンに必要とされたくて、己を物として扱って欲しいのだ。
彼女が危険に晒されれば武器として、彼女がそれを求めれば性欲処理の道具として。
人の男としては求められないけれど道具としてなら求められるから。
コミは泣きたくなった。13歳の時の溌剌としていた彼はもういない。
彼は6歳になる妹や、村の子供たちの面倒を進んで見る皆のお兄ちゃんだった。皆から尊敬されていた。そしてレッドもまた彼等を愛し可愛がっていた。
だが守るべきものを全て失った彼は人どころか、物扱いされることを望んでいる。
そうすることでしかもう生きられないのだ。
だから人と半獣が愛し合うなんて嫌なのだ。
ギフォードとビアロウィーザだって苦しんでばかりいる。
コミは今も忘れられない。
どうしてか、彼は軍のあの施設に来たのだ。いや村人全員が突然いなくなり、代わりに半獣という存在が生まれたら、頭の良い彼なら何があったか想像がついたのだろう。
半獣になった村人の元へギフォードは必死になって駆けて来た。彼等の姿を見て半泣きになりながらビアロウィーザを見つける。ギフォードはそれは嬉しそうな顔になり彼女の方へ駆け寄った。
名前を呼んで、それから彼は気が付いた。
ビアロウィーザの虚ろな瞳に。自分から垂れる涎を拭くことも出来ないことに。
ギフォードから安堵の表情は消え、真っ白な顔でビアロウィーザを抱き締めた。
村で一番頭が良かったビアロウィーザの変わり果てた姿を、ギフォードは泣くこともしないで見つめていた。
それから彼は軍人になった。
まるでコミ達のことなど知らないという素振りを見せ、軍が話した「お伽話の存在」という説明を真に受けたかのように振る舞うギフォードを、コミは悲しく思っている。
優しい彼には村人達を虐げることなど決して出来ないことだ。彼はあの時からやつれてしまった。
ビアロウィーザのように忘れてしまえればいいのに。
だがそれが出来ない彼は今ももがきながらここにいる。ベーマー村に結界をかけ、誰も入れないように、かつてのビアロウィーザとの時を止めるようにして。
誰もこうはなりたくなかったのだ。誰も。
コミは手を見た。いつの間にか指を食い千切ってしまっていたらしい。だがいつものことだ。彼女が血塗れの唇で呪文を唱えると、指は元どおりになった。
これを繰り返しているうちに手は少し歪んでしまった。だが何も気にならない。
カーディナルが死んでいて良かった。愛しい彼女がもがきながら生きていたら別の苦しみが生まれる。
だが生きていたら一緒に乗り越えられたのだろうか? コミには分からなかった。
コミの中には哀しみと、そしてこうなったことへの怒りしかない。こうなった元凶を同じ目に合わせることでしか彼女の怒りは癒えないだろう。
だがそんなことは出来ない……躾けがあるから。
だからせめて祈ることしかできない。
皆の苦しみが癒えますように。
カノンがレッドにとって救いになりますように。




