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その言葉たちが繋がっていく

カノンは茫然自失といった様子だった。

マルールの豹変っぷりが恐ろしく、うまく処理できずにいた。

レッドはそんなカノンに向かい合わせに座ると肩を抱き、慰めるように摩る。


「ビックリしたよな」


「うん、いや、あの……なに? あの人」


「マルール? ヨガイラ?」


「マルール……」


ふう、とレッドは息を吐いた。


「昔からヨガイラのことが好きなんだよ。

でもヨガイラはあんなだから、気持ちが報われなくてなあ。

だから、ヨガイラが来た時、自分の元に配属させて支配するようになった」


「……頭が追いつかない……。

好きな人をあんな風に傷付けるもの?」


「さあな。普通じゃないから。

だから2人にはあんまり近付くなよ」


彼はカノンの肩をポンポンと叩いた。カノンは深く息を吸う。

マルールはヨガイラが好きで、でも好かれないからああやって魔法と暴力で支配するようになった。

……マルールがヨガイラを好きになるということに違和感があった。

彼女は半獣を見下している。そんな人がヨガイラを好きになるのだろうか。


「……カッコいいから?」


「ヨガイラが? まあ本当にあの通り見てくれは良いんだよ。

ただなんていうかなあ……。

昔からアイツに惚れた奴が厄介ごとを起こすし……」


「レッドは仲良くなかったの?」


「いや。悪くない。

昔はよく話してたけど……今はあんまり。話したら俺じゃなくてヨガイラが危なくなる」


カノンはレッドの耳に付いたピアスを見る。これがあるから……。

彼女はそっと手を伸ばしてそれに触れた。肉厚の大きな耳をカノンの細い指が包み込む。


「……これ外せないの」


「特別な魔法がかかってるらしいんだ。簡単には外せないし、そもそも外せたら外してる」


「だよね……ごめん。

ねえ、どうしてレッドやヨガイラさんはピアスがたくさん付いているの?

コミやカルパティアは左右一つだけだったよね」


レッドが、ピアスに触れるカノンの手を握った。


「言うことを聞かない奴にはドンドン付けてくんだよ。2人は物分かりが良いから一つで済んだ。

俺は悪いからな。ヨガイラは……頭も良い奴だけど、何考えてんだかな」


レッドの金色の瞳とカノンの黒色の瞳がぶつかる。


「また傷付いてるだろ」


「え?」


「オマエは俺たちの話を聞く度傷付いてる。

良いんだよ。オマエが気にすることじゃない。

オマエはもう少ししたら帰るんだから……」


カノンの瞳が揺れる。

彼女は、賀仁を見つけたら日本に帰る。それはそうだ。ここに居続ける必要はない。

だとしてもレッドたちの置かれた状況を聞いて傷付かないということは出来ない。

これはお伽話ではない。現実なのだから。


「傷付くよ。凄く嫌な気分になる。

どうしたらいいのか分からない……。私に出来ることは何も無い。

半獣だからって、そんなことしていいの?

人と違うってだけじゃない」


「カノン……」


レッドがカノンの体を抱き締めた。カノンも、抱き締め返す。


「誰もこうはなりたくなかった」


レッドの呟きにカノンはうん、と頷いた。

だが彼女は、レッドのことをまだ分かっていなかった。


*


カノンとレッドは半獣達が休む控室に移動した。

個室と控室がある建物のようだ。広くはないが急な出動などに備えられる最低限のものはある、とレッドは教えてくれた。

普段はマルール隊の他の隊員達も居るらしいが今はコミとカルパティアが机に向かい合って座っていた。


「お帰り。ピンショー様はなんて?」


「私にまだ付いてくる気力があるか確認したかったみたい。

友達が見つかるまでは付いていくつもりだよ」


「そっか……」


コミは薄く微笑んだ。その微笑みがどういうものなのかカノンには掴めない。

2人の手元を見ると、なんらかの記録を書いているところのようだった。


「それなに?」


「ああこれ?

今まで見つけた魔王軍がどんな姿だったかまとめてるんだ。

ただ私もレッドも絵が絶望的なんだよね……」


代わりにカルパティアが描いているようだ。

なるほど、うまい。描いているのは例の大蛇の化け物のようだがしっかり特徴を捉えられている。


「うまいねー」


カノンがカルパティアに声を掛けると、彼はビクリと肩を震わせた。

以前の躾けの件でカノンはすっかり怯えられてしまっている。

話しかけない方が良いだろうか……カノンが悩んでいると、レッドがカルパティアの頭にポンと手を置いた。


「カルパティア、カノンは似顔絵が得意なんだってさ」


「え……?」


「わあ、よく覚えてるね……」


「珍しいしな。

なあ、これに描ける?」


レッドが示したのはインクと、ペンと、硬くザラついた紙だった。

インクに一発書きは緊張したがカノンは頷く。


「ならさ、カルパティアのこと描いてくんない?」


「オ、オレ!?

レッドでいいだろ……!」


カルパティアは動揺したようで声が上ずっていた。


「だって描いてるところ見たいじゃん」


そう言われるとカルパティアはそうだけど……と言って黙った。描いて良い、ということだろう。

失礼します、と言いながらカノンは紙とペンを持つ。

まだカルパティアは幼い。頬がふっくらしていて、前髪で隠れた目は大きい。

髪の毛は梳かしていないのかボサッとしているが短髪のため気にならない。

何より特徴的なのはその耳だろう。長くて大きい。


「うまいなー」


「ま、まだ下書きだよ」


恥ずかしくなったカノンは思わず体で紙を隠す。


「ふーん? でも凄いな……。これだけでカルパティアって分かるし」


「なんで私たちが描くと全部ミミズになるんだろうね」


レッドとコミが顔を見合わせ首を傾げている。


「あんまり見られると緊張して描けない……」


「気にすんなって」


「ねー」


2人は全然退いてくれない。カノンは諦めて続きを描き始めた。

これを描いてインクが無くなると申し訳ないので出来るだけシンプルに、且つちゃんとカルパティアと分かるように……。


「取り敢えずこんな感じかなあ……」


15分程でカノンは完成させた。彼女はまだ手を加えたかったがレッドとコミがすごいすごいと言うので、まあ良いかと紙をカルパティアに見せることにする。


「似てなくても怒らないでね」


「は、はい」


「大丈夫。似てるから」


「そっくりだよ」


おずおずと、カノンはカルパティアに似顔絵を見せる。

彼はぽかんと絵を眺めていたが、次第に瞳がキラキラと輝き出した。


「すっげえ……!」


「似てるよなー。

絵上手いんだな……」


3人に見つめられカノンは恥ずかしくなり耳まで赤くなった。


「あ、ありがとう……」


「これカルパティアにあげたら嫌か?」


「え、似顔絵? 全然構わないけど、こんな……もっとちゃんとしたやつ描いた方が良いんじゃ……」


「いやいや。充分ちゃんとしてるだろ」


ここで抵抗するのも悪い気がした。じゃあ……。カノンがカルパティアに絵を差し出す。彼は嬉しそうに頬を染め「ありがとうございます」と呟いた。


「カルパティアも絵描くの好きだもんな。

そうだ、教えて貰えば?」


「へ!? 私が!?」


「良いだろ?」


「良いけど……いいの?」


カルパティアに尋ねると彼は小さく頷いた。


「お願いします……」


「こ、こちらこそ」


2人はお辞儀し合う。その様子を見たレッドが可笑しそうに笑っていた。


*


「そうそう。カルパティア覚えるの早いね」


カノンの言葉にカルパティアは頬を染める。

2人はすっかり打ち解けていた。


「あんたは教えるのうまいね」


「そうかなあ?」


満更でもないと頬を緩ませるカノン。

いつの間にか部屋には2人しかいなかった。


「この記録付けるの大変じゃない?

ピンショー様もなんか書いてたけど……。

半獣と人間とで使う言語が違ったりする?」


「しない。

……ピンショー様、何書いてたの?」


「ちゃんとは見てないから……日誌か何かだと思ったけど」


日誌? そう呟いてカルパティアは耳を立てて首を傾げる。


「オレたちの仕事だからそれはしないはずだけど……」


「馬車の中でも書いてたから相当大事なことだと思ったけど、違うのかな」


「どうだろう。あの人強い魔法使えるし、真面目だから仕事押し付けられてんのかもね」


カルパティアは硬い紙にピンショーの似顔絵を描く。

カノンもそれを真似して描き始めた。


「真面目……。

レッドとコミはポンコツって言ってたけどね……空回りしちゃうタイプってことかあ」


「あの3人は元々知り合いみたいだから」


「そうなの?」


カルパティアが小さな顎を引いて頷く。黒い髪が揺れた。


「といってもオレもよく知らないんだ。

オレは1年前に来たばっかりだから……」


「へえ!? でも、すごく信頼されてるよね」


2人は口々にカルパティアは強いと言う。まだ幼さの残る少年に対してそう言うのは不思議だった。


「オレは新世代だから」


新世代? どういう意味だろうか。

半獣は後に生まれた世代の方が強い? 人間もそういう傾向がある、いや強くなるのではなく環境に適応するようになるだけだが。

戦いが基本の環境だから後の世代が強くなるのかもしれない。


「……カノンはどうしてここにいるの?」


「魔王に突き落とされたからね……」


「そうだった。

……帰りたい?」


「うん。帰りたいよー。ゆっくりお風呂に浸かってさ……美味しいご飯食べたいなあ……」


カノンは机に伏せる。

家族はどうしているだろうか。

友人は。

賀仁と2人して無断欠席しているのだ。

心配しているだろう。

新作の映画だって見たいし、待ち侘びていた小説の日本語訳だって出る。

ドラマも幾つも見逃しているし、週末は友達と服を買いに行く予定だったのに。


彼女の黒い瞳から不意に涙が溢れる。


「ごっ、ごめん!」


カルパティアが慌てるが、カノンは大丈夫だよと微笑んだ。


「少し疲れてるみたい。

私の世界じゃ化け物とか居なかったから」


「うん……そう、だよな」


暫くカルパティアは唇を噛み締めカノンを見つめていたが、徐に懐から何かを取り出した。

見ると、手袋でできたうさぎのぬいぐるみだった。

指の部分を耳と手足にしている可愛らしいぬいぐるみ。

くたびれ縫い目がほつれているが、大事に扱われてきたことがわかる。


「これは?」


「……柔らかいもの触ると心が落ち着くらしいよ」


カルパティアが気遣わしげにカノンを見つめる。彼女はぬいぐるみを優しく受け取った。


「その手袋お気に入りでさ……。耳当て付きの帽子とセットのやつで季節関係なく使って、でも、手が大きくなって入らなくなったんだ。

オレ、そん時小さかったから馬鹿みてえに泣いて。それで母さんが作ってくれた。

……赤ちゃんじゃねえんだから、こういうの恥ずかしいよな。でも、オレにとっては大事なものだから」


彼は紙にかつて自分が持っていたのだろう手袋と帽子の絵を描いた。

カノンも使っていたような、頭の部分にポンポンのついた帽子だ。耳当ての先にも同じようなポンポンが垂れている。

そしてカノンとぬいぐるみに顔を向けた。

机に乗せられたカルパティアの手をカノンは握る。硬い爪が当たった。


「ありがとう。大事なもの見せてくれて」


「別に。

……あんたは帰れるといいな」


カルパティアの耳が垂れる。

その優しい声音にカノンの目からまた涙が溢れた。


*


部屋へと戻っているとフラフラと廊下を歩くビアロウィーザに出会った。

カノンは心配になりビアロウィーザに近付く。


「あの、大丈夫ですか?」


彼女は、てっきり不明瞭な唸り声をあげるだけだと思った。だが話しかけられたと気付いたビアロウィーザがこちらを振り向く。

その目は確かに意思があった。


「……誰?」


理解出来る言葉だ。その表情も、いつもの虚ろな顔ではない。


「え、あ、カノン、です」


「……ああ……」


彼女はそれだけ言うと廊下の奥へと歩き出す。

そちらはマルール隊の半獣たちがいる部屋だ。

カノンは発狂したマルールのことを思い出し慌てて引き止める。


「待ってください、どちらへ?」


「……どこでもいいでしょ」


「ピンショー様はそっちに居ませんよ」


「……ピンショー……。ギフォードのことね」


ビアロウィーザは苦しげな顔をする。


「ビアロウィーザさん?」


「あたしも、ピンショーに行くはずだった。

でも違ってしまった。ビアロウィーザ・ベーマーのままよ」


どういう意味だろう。

いやそれよりも。


「あなたも、ベーマー?」


レッドと同じだ。

カノンが困惑しているとビアロウィーザは馬鹿にしたような寂しそうな顔になった。


「そうよ。

あたしたちはベーマーから来たもの。

……あたしたちのこと知らないのね」


「レッドとあなたは同じ村から来た?」


「コミ、ヨガイラ、カーディナル……沢山よ」


同じ村出身の半獣が何故集められている?

カノンには何故だかそれが嫌だった。何か、嫌な感じがする。


「なんで……それ、おかしくないですか」


「あなた、勘が鋭いのね?」


ビアロウィーザが目を細める。


「この世界は馬鹿じゃないと耐えられないわよ」


そう言うと彼女はフラフラと歩き出してしまった。

レッドと似たことを言うビアロウィーザをカノンは見送った。


何故会話できたのだろう。

正気に戻っている? としたら、普段のあれは一体……。

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★★個人サイトでも小説投稿しています★★ 小説家になろうには掲載していないものもあるので是非〜
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