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その廃墟は異世界へ

「ねえ、鳴滝くん。絶対ここ入っちゃいけないんじゃないかな」


水分火音みくまりかのんは同級生の鳴滝賀仁なるたきがじんに声を掛けた。

賀仁はしばしカノンの姿を見ていたがやがて首を振る。


「でもさ、ここ絶対幽霊出ると思うんだよ。

ここに入った人が出てこないで行方不明ってことがままあるらしいし」


「ままあってたまるか。

その前にここ私有地だからね」


二人は目の前の建物を見上げる。近所の子供たちの間でホーンテッドマンションと呼ばれている洋館風の不気味な廃墟だ。


「じゃあスイブンさんは帰ればいいよ。

俺は幽霊の姿をカメラに収めるまで帰らない」


賀仁がスンと不満げに鼻を鳴らした。


「そのカメラ私のなんだよ」


写真サークルに入って、バイトをして、頑張って買った一眼レフだ。それをうっかり賀仁に見せたばかりにカノンはこんなことに巻き込まれてしまった。


「ちょっと貸しといてよ。必ず返すし壊したら弁償するから」


「やだよ! 私のカメラ! いくらしたと思ってんの」


「じゃー、付いてくる?」


「嫌だよ返せよ」


「えー」


賀仁はまた鼻を鳴らして不満げな顔をした。

その顔にカノンはデコピンしたくなる。

彼は不満なことがあると鼻を鳴らす悪い癖がある。否、不満なことがなくても彼はよく鼻を鳴らたりすすったりしていた。最早賀仁の鳴き声なのだろう。カノンは気にしないことにしている……少なくとも普段は。


賀仁と話すようになったのは彼がカノンの読んでいた本に興味を持ったからだ。

ぼっけえ、きょうてえ。

岩井志麻子作のホラー小説である。賀仁は幽霊や妖怪やUMAの存在を信じており、ホラー小説を読んでいる人間には片っ端から幽霊の話をふっかけているという。

コイツは頭がおかしい。カノンはいち早く察したものの同じ講義を複数取っており接触の機会は多く、その内におかしいが憎めない奴、と思うようになった。友達がそう多くなく度々連絡漏れの目に遭う彼を気に掛けていたというのもある。

徐々にカノンは賀仁と仲良くなっていたのだが……まさかカメラを取られてしまうとは。


「ずっとここ目付けてたんだよね。

人が消える噂もだけど、人の気配が全くしないのにそれなりに綺麗に整えられてて違和感あるし……たまにドアが開いてるんだ」


「うん、カメラ返して」


「幽霊撮れたらね」


仕方がない。カノンはここでの説得を諦めた。

建物に入った後不法侵入がどうたらこうたらと適当に言いくるめて帰ることにしよう。


「っていうかなんで幽霊なんて……」


「キミ! なんて、とは酷い言い様だな。だからキミの友達はヤリサーに入るんだ」


「後半関係ないだろ」


「幽霊、というか、俺はUMAとか妖怪とかが好きなんだ。愛してる。ネッシーとかビッグフットとかバジリスクとかそういうの。多分絶対どこかにいると思ってる。だから馬鹿にしてくれるな」


「分かった。

ゆるすよ、いまはえらべる。ずっとはまたない」


だから早くカメラを返せ。カノンは賀仁に手を伸ばすが一切無視された。


「スイブンさんはいると思う?」


2人は不法侵入を果たしながら建物に入る。

むわっと篭った建物の匂いがして、埃で目がシパシパした。

建物内部は想像通り、木の床に柱に天井、螺旋階段のある洋館らしい作りだった。寂れた有様ではあるが、ホテルや銀行を思い起こさせる装飾がなされている。


「さー。どうでもいいね」


「そう。スイブンさんの撮る写真ってファンタジックだからそういうの好きだと思ってた」


カノンの撮る写真は確かに幻想的だ。そういうフィルターやレンズを使って、花やら空やらを撮っているから。

だがだからといってファンタジーを信じているわけではなかった。


「ハリーポッターとかファンタスティックビーストとかは見るけどねー。

でも未確認生物がいるとは思ってない」


中は想像よりは綺麗だが砂っぽく、歩くたびジャリっとした感触がする。靴箱も無いここは土足が基本だ。

窓からの光から埃がキラキラと舞っているのが見えた。カノンは場違いに綺麗だと感じる。


「幽霊も? 」


「うーん。世間の声として未確認生物は信じなくても幽霊信じてる人は多いと思うけどね」


「実証が不確かという点では変わらないよ。

だから俺は実証するんだ! 幽霊も、ビッグフットも、ツチノコも、いるね!」


「はー」


カノンはどうでもよくなって天井を見上げた。

……何やら白い線で模様が書いてある。


「ねえ、鳴滝くん。天井見て」


「ん? ……なにあれ。

なんか、絵っぽいけど」


丸みを帯びた曲線がいくつも、デカデカと、天井から柱まで使って何かを描いている。


「なんなのか分かんないね。模様?

……ここなんの施設なんだろう」


「今更だねえ。でも施設じゃなくて個人の家だったらしいぜ」


「えー? こんな大きいのに。それに、家にしてはなんか……」


「家具がない」


「うん」


カノンは薄気味悪くなって賀仁の襟を掴んだ。背の低い彼女が、背の高い賀仁の襟を掴んだことでギュッと首の締まり、彼はカエルの潰れたような声を出して咳き込む。


「ごめん。でもやっぱカメラ返して私は帰るわ」


「いやいや。カメラを止めるなですよ。

ここ変だ。絶対なんかある」


賀仁は意気揚々と歩き出してしまう。仕方がないのでカノンもその後を歩く。


彼は慎重に周りを見渡しながら時々シャッターを押している。

カノンはふと気が付いた。この長い白い線は絵ではない。文字だ。歩みを進めたことでその文字が読める角度になったのだ。

この丸みを帯びた線は、「み」。

これは「つ」、「け」……。


「な、な、な、鳴滝くん! 今すぐここを出よう!」


「なになに、なんか見つけた?」


「こ、これ、文字だよ。ほら、あれ、み」


「み、つ、け……た……? て、かなあ」


「ひえ!」


「写真撮っとこー」


「余裕!」


賀仁はどこかうっとりした様子で文字を撮っているがカノンは恐ろしくて堪らなかった。何をどう見つけたというのか。


「だってこういうの探しに来たんじゃんか。

スイブンさん、一緒に写る?」


「やだ! もう帰るわ! じゃあね!」


「あっ!?」


「へ!?」


賀仁の大声にカノンは振り返る。見ると彼はカメラを凝視していた。

何かが写っていたんだ……。

怖い。だがそれ以上に好奇心が刺激された。


「な、なに……」


「人がいる」


「ええ!? 」


背伸びをしてカメラの液晶画面を覗く。確かにそこには白っぽいローブを着た何者かが、柱の前に写っていた。

だが顔を上げてその柱を見ても誰もいない。そのことにカノンはゾッとした。


「本当にいるんだ、幽霊……!」


「ふーむ。なんか、幽霊というよりかは……」


賀仁が何か言いかけた時、画面が動き出した。

貞子だ。カノンの体が跳ねた。


「う、動いた!」


「お、やるなー」


「なんなの!?」


「まあまあ、落ち着いてよスイブンさん」


「いやだって今も動いて、あ」


画面越しにロープの人物がこちらを見ている。陰になって顔がよく分からないが間違いなく二人を認識していた。


「あ……」


「……なんか喋ってる。

み……つ……け……」


「ひっ」


突然、賀仁の体が大きく傾いた。

ちょうど例の柱の前……謎の人物が立っていた方向に吸い寄せられている。


「鳴滝くん!!」


「なんだ、これは……! 楽しくなってきた!」


「お前のメンタルすげえよ!

私の手に捕まって!」


「おう!」


賀仁の手をカノンはしっかりと握る。だが賀仁を引く力はカノンよりも遥かに強く二人は一緒になって引き摺られてしまった。


「ダメだ、力が強い……!」


瞬間、強い力でまるで吸い込まれるかのように虚空へと引き摺られる。


「なんでこんな! こわいよー! なんなのー!」


「俺もだよ。見ろよカメラ……割れてる。あー。バイト頑張んないとなー」


「嘘でしょ!? ってかなんでそんな余裕なの!?」


「なんとかなるなんとかなる」


なるか馬鹿! とカノンは叫んだつもりだった。

だがその叫びは虚空へと飲まれていった。


*


虚空は、白い空間に繋がっていた。

アリスのウサギの穴のように長いそこへ落下していくのがわかる。

耳の横で風切り音がした。フレアスカートがバタバタと音を立てている。


「鳴滝くんー!」


「スイブンさん。めっちゃごめん。俺貯金とか全然してないからすぐに弁償できない」


賀仁はカノンのレンズの割れたカメラを見せてきた。

だが今はそんな場合ではない。


「お前が謝るべきはカメラじゃなくてこの状況だよ!」


「めっちゃごめーん」


軽い謝りに賀仁を殴りたくなったカノンだが、突如現れたローブの人物に全身の筋肉がこわばる。

それは二人と一緒に落下していたが、二人は頭を下にして、逆さまに落ちているのに対しソレは正方向に足を下にして落ちていた。


「ナンダ……オマエ……」


ローブの人物は、どうやら女だったらしい。全く顔は見えないもののチラチラと見える腕は華奢だった。


「それはこっちのセリフー! なんなの!?」


「オマエ ハ 呼ンデ ナイ……。

ソノ男ガ 欲シイダケナノニ」


嗄れた声でぎこちなく囁く。

それからローブの女性が賀仁の腕を掴んで抱きしめた。


「え? モテ期到来?」


「知らん! っていうかなら私は帰してよ!」


「……知ラナイ。オマエ ハ ドウデモイイ」


「え」


「キエロ」


ローブの女がスラリとした長い足で思い切りカノンの頭を蹴った。バチン!と全身に電撃が走る感覚がした。

落下のスピードが増していく。


「スイブンさん! おい、アンタ何してんだ!」


「アァ……ツカマエタ……」


「アンタ……なんだ?」


「私ハ 魔王……。ズット 求メテタ」


魔王と名乗った女は賀仁を優しく抱きしめる。

彼は訳が分からないというように首を振り落下していくカノンを、涙の浮かんだ瞳で見つめていた。

だがカノンは慰めることも何も出来ず、ただ落ちて行く。


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★★個人サイトでも小説投稿しています★★ 小説家になろうには掲載していないものもあるので是非〜
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