2話 オッサンと異世界人との出会い
「あらまぁ。
ジャガイモにほうれん草。キュウリにキャベツ。
今日出したものほとんど売れ残ってるね」
直売所の薄暗い裏口で母ちゃんは呆れるように言った。
俺達の前には返品と書かれた野菜が山を作っていた。
橋を渡り、本土へわざわざやって来たのは
直売所に出荷した野菜の売れ残りを引き取るためだった。
返品がゼロということはないけど、それにしても最近多すぎる。
「くそ・・・何でこんなに売れ残ってるんだ」
田舎に帰って1年の間に俺は農業で食っていこうと決心した。
母ちゃんから野菜作りのノウハウを教えてもらいながら、
自分でも商売しようとこの直売所への出荷に力を入れている。
店に手数料は取られるが自分の育てた野菜に好きな値段をつけることができる。
簡単に儲けることができると思ったのだが・・・現実はそんなに甘くなかった。
「なぁ、母ちゃん。どうしてこんなに売れ残るのかな」
母ちゃんは直売所への出荷はたまにしかしていなかったが、
それでも出した時はほとんど売れていた。
俺とは全然違う。
「あんた・・・本当にわかんないの?」
わからないの? って言われても・・・。
「基本畑で採れてすぐのものを出してるから鮮度は抜群。
袋にだってキレイに入れてる」
うん。
他の商品より優れていることはあっても劣ることはない・・・と思う。
「・・・わからん」
「はぁ」
母ちゃんは深いため息をついた。
そして返品の中からジャガイモの袋を1つ手に取り、
貼付けていたラベルを指差す。
「他より100円も高いものをお客さんが選ぶと思う?」
ラベルには1袋300円と書かれていた。
もちろん俺が付けた値段だからそのことは知っている。
その理由も。
「いや、でも今回のは有機野菜なんだよ?
手間暇かかってる、母ちゃんも知ってるだろ」
秋から冬の間、赤土と有機肥料を混ぜて作った栄養満点の土で育てた野菜だ。
化学肥料や農薬は使ってない。
雑草もまめに手で取らないといけなくて苦労した。
だが、その分味は抜群に仕上がっている。
肥料代にガソリン代なんかの経費、それに俺と母ちゃんの人件費を
考えて1袋300円で売らないと利益が出ないし、その価値は十分にある。
と、俺は思っている。
「いくら売り手が価値があるって言ってもね。
いいものを安く欲しいのがお客さんの気持ちだと思うよ。
高いものをわざわざ買う人は多くない」
「品質が違うんだから。
値段も違って当然だと俺は思う」
俺は食い下がった。
「でもね、ここは直売所なんだ。
ここに来るお客さんがどういうものを求めているか知っているかい?」
「・・・いい野菜をだろ」
「いい野菜を『安く』欲しいんだよ。
スーパーなんかと違って市場や卸を通さない。
中間手数料がなく生産者から新鮮な野菜を直接買えるのがお客さんにとっての
直売所の魅力だとあたしは思う。
あんたの価格はそもそも都会で売ってる値段より高くなっているんだから
見向きもされなくて当たり前」
農家は自営業だ。
野菜が売れなくちゃお金は1円も入って来ない。
たくさん出荷したとしても返品になれば経費だけがかさんでしまう。
「じゃあ、どうしたら売れるんだよ」
「最低でも他と同じくらいの値段で並べないとね」
「でもそれは・・・」
自分の商品の品質を下げることになるんじゃないか、
そう思えて素直に納得できない。
「小売りをするってのはね、本当に難しいもんさ。
小売りメインの農家はほとんどいないと思うよ。
みんな農協とかメーカーとかいろんなところと上手に付き合いながら、
納品・収入をまずは安定させてるはず」
「・・・俺、組織と組むのだけは嫌だ」
「嫌でも付き合わないといけないもんなんだよ。
大きなところは売れ行きが悪くても大抵は買い上げてくれる。
お店は売れなかったらそれまで。
あんたこのままじゃ飢え死にだよ? 貯金だってそんなにないくせに」
「な、何とか売れる方法考えてみるさ」
「そう簡単に思いつくなら全国の農家はみんな裕福になってるよ」
そう言うと母ちゃんは返品棚の野菜をカゴに詰め、軽トラへと運び出した。
俺も黙って見ているわけにもいかず、それに続く。
「あんまりあたしに苦労させないでよ。
これからどうしていくか、よく考えるんだね」
どうやったら自分の望む価格で売れるのか。
返品を回収しながらいろいろ考えていた。
だが、そんな都合のいい方法すぐに浮かぶわけはなかった。
返品を載せた軽トラを家に向かって走らせる。
帰り道の空も、来た時と同じオレンジ色の夕焼け空だった。
だが、今度はキレイだと思わなかった。
―――――
プリムの魔法に包まれた瞬間、
自分がどうなったのかわからなくなった。
どこかへ飛んでいっているのか、それとも落ちているのか。
前に進んでいるのか、後ろへと引っ張られているのか。
前後不覚になり、そしていつの間にか気を失ってしまっていたらしい。
「・・・様・・・・・・姫様」
暗闇の中によく知った男の声が響いて来る。
チカチカと星がきらめき、次第に体の重みを感じてきた。
意識が少しずつはっきりして、自分が目を閉じていることを理解する。
重たいまぶたを何とかこじ開けた。
そこには心配そうに覗き込むクラウスの顔があった。
「・・・クラ、ウス」
「姫様・・・ご無事で何よりです」
執事は安堵の表情を浮かべていた。
何か言おうとした瞬間、埃っぽい空気が肺に流れ込み、むせた。
「んっ・・・、こほっ、こほっ」
「姫様、失礼いたします」
クラウスはリリーナの背に手を回し、彼女の上体をゆっくりと起こす。
そして優しくリリーナの背中を撫でた。
「ありがとう・・・もう、大丈夫です」
落ち着きを取り戻したリリーナは初めて周囲を見回した。
自分が寝ていたのは灰色の地面だった。
石や土の感触とはまた違う、何かを加工して作られたもののように思えた。
それでいて泥や埃で結構汚れている。
「外、ではないようですね。
でも、人が住むようなところとしてはあまりにも・・・。
建物の中ではあるようですが」
上を見ると天井があった。
それにリリーナとクラウスの周りには何かの箱がたくさん積まれ、
壁のようになっている。
「何らかの倉庫でしょうね」
「・・・城の中ではないのですね」
「おそらく」
転移魔法で自分がいた世界とは別の世界にいくこと。
プリムにそう命じたが行き先はリリーナも知らなかった。
城でないなら、後はここが別世界でありさえすればいい。
だがそれはリリーナにはわからない。
魔法を唱えた本人でなければ。
「プリム・・・!?
クラウス!
ユイとプリムはどこですか!?」
先ほどから2人の姿はなかった。
「まさか・・・離れ離れ? それとも置いてけぼりにしてしまった!?」
途端に彼女の胸に不安が押し寄せる。
もし2人を城に残して来てしまっていたら、
彼女達が罪に問われることは間違いない。
「クラウス、私どうしたら」
不安気な顔をしたリリーナにクラウスは優しく微笑んだ。
「姫様、大丈夫です。
ほら・・・聞こえませんか?」
リリーナは耳を澄ます。
すると、箱の壁の向こうから誰かのうめき声が聞こえて来た。
「うっ、ううっ・・・」
「ユイー、大丈夫?」
「だ、だいじょう・・・。うぷっ」
それはまぎれもなくユイ、プリムの声だった。
――――――
「ううっ・・・くそっ。プリム、他に方法はなかったのか。
せめて、前もって教えてくれていれば」
「姫様が王様に気づかれたらいけないから、内緒にしてようって」
「でもな・・・うぷっ」
「あーあ、よしよし」
「ユイ、プリム!
・・・2人とも無事だったんですね。よかった」
箱の壁を回り込み、リリーナが2人を見つけた時、
ユイはうずくまりその背中をプリムがさすっていた。
「うーん、無事ではないかも? ユイこんなんだし」
プリムは元気そうだがユイの顔は青ざめ生気がない。
「ユイ・・・本当にごめんなさい」
こうなることはリリーナにはわかっていた。
しかし、他に方法はなかった。
「ひ、姫様。わ、わたしはだいじょうぶです」
ユイは心配させまいと精一杯強がる。
「魔法の力が少しでもユイにあったらよかったのにね。
そしたらこんなことにはならないのに」
「う、うるさいぞプリム・・・。
私は剣さえあれば十分、うっ・・・」
「はいはい。よしよしよーし」
ユイは胃の中のものが逆流しそうになるのを必死にこらえていた。
―――――――
リリーナが目覚めた時、建物の隙間からはオレンジの光がところどころ差し込み
薄暗い室内を少しだけ照らしてくれていた。
しかし、ユイが何とか立ち上がれるまでになったころ、
それはほとんどなく、もう少しで完全な闇が訪れることを実感させられていた。
「姫様、ご迷惑をお掛けしました。もう・・・大丈夫です」
「本当に?」
「大丈夫、です」
彼女は無理をしている。
リリーナはそう思ったが、それ以上何も言わなかった。
暗闇になってしまえばうかつに行動できない。
自分たちが置かれている状況を早く把握しておきたかったし、
何より具合の悪いユイにまともな寝床を与えてあげたかった。
「プリム、魔法は成功したということでいいでしょうか」
「ふふん、ボクに失敗なんてあり得ないよ」
プリムは鼻高々に、そして偉そうに胸を張る。
「ではプリム。ここがどこかわかりますか?」
「全然わかんない!」
「じ、自信満々ですね」
「ボクも初めて来る場所なんだから、わかるわけないよ」
「・・・姫様。この無責任な魔法使い、一発殴ってもいいでしょうか?」
「ユイ、乱暴はしないの。
プリム、とりあえずここは私たちのいた世界とは違う世界なんですよね?」
「たぶんね!」
「・・・やっぱり殴る」
ユイはコブシを振り上げたが、プリムはすでにリリーナの後ろに隠れていた。
「この卑怯者、姫様を盾にするなんて」
「へんだ! ユイの暴力女。そんなんだから結婚できないんだよ」
「い、今はそんなこと関係ないだろ!」
2人のやり取りをリリーナはクスクスと笑いながら見ていた。
「やはり、外に出て確認するしかないですね」
リリーナが出口を探しているとクラウスが話しかけて来る。
「姫様、少しよろしいでしょうか」
「クラウス、どうかしましたか?」
「何かが遠くから近づいて来る音がします。
馬車とは違う・・・でも、何か大きなものが動いているようです」
瞬時に緊張感が張りつめる。
ユイは腰に携えてあった剣を握りしめ、すぐさま指示を飛ばしていた。
「姫様、プリム。
この後ろに隠れてください。クラウス殿、対処の協力をお願いする」
「承知いたしました」
リリーナとプリムは箱山の影に身を隠す。
ユイとクラウスもすでに気配を消してどこかに潜んでいた。
この地の住人の方が戻って来たのでしょうか。
友好的であればいいのですけど。
いえ、そもそも人が住んでいるのかどうかでさえまだわかっていないのです。
魔物や悪魔といった類でなければいいのですが・・・。
そんなことを考えていたリリーナだったが、
どこかワクワクするようなそんな気持ちも同時にしていたのだった。
――――――
「はぁ・・・」
「さっきから、ため息うるさいんだけど」
「ため息もつきたくなるよ」
店を出てからずっと考えていたが、野菜が売れる方法は全然思いつかない。
本土からまた橋を渡り、山道を抜ける。
島にある山の中腹に俺の家はあった。
家は昔ながらの平屋で年季が入っている。
その隣にトラックが3、4台は入る大きめの倉庫もあった。
軽トラを倉庫の前へと止める。辺りはほとんど暗くなっていた。
「持って帰って来た野菜は俺が戻しとくから。
母ちゃんは飯の準備頼むよ」
「値引きの用意は?」
「明日、朝から俺やるよ」
「そう。じゃ、終わったら先にお風呂入りよ。
その間にご飯作っておくから」
「わかった」
母ちゃんは平屋に向かい、中へと入る。
「さて、と」
倉庫の大扉は引き戸になっていた。
カンヌキを外し、横へとスライドさせる。
扉はガラガラと音を立てながらその口の半分を開いた。
中に外の薄明りが入ると、大量の野菜カゴがぼんやりと見える。
カゴには秋から寝かせてあるサツマイモ、
春に掘った新ジャガなどがたっぷりと入っていた。
「まだこんなにあるってのに、売れてくれなきゃ困るぜ。
最悪、あの3バカに豚や鶏のエサ用で買ってもらわないといけないかも。」
それも嫌だなぁ。
家畜の飼料用として芋は重宝されるがエサはエサだ。
まともな値段にはならない。
「いかんいかん。売れないことばっかり考えてちゃダメだ。
前向きにならなきゃ。ちゃんとしたお金にするんだ」
ブンブンと首振り、軽トラから返品の入ったカゴを持ち上げる。
「どうせ明日すぐ使う。手前に置いといていいだろう」
倉庫に入ってすぐのところへと降ろしていった。
「ふぅ・・・これで全部だ。今日の仕事はおしまいだな。
さて、風呂にでも・・・
・・・?
・・・えっと、気のせい、かな」
誰かに見られているような気がした。
誰もいないはずの倉庫で。
まさか、幽霊とか?
「って、そんなわけあるか。虫か何かいたんだろう」
倉庫に背を向け、急いで出ようとしたが突然男の声がする。
「失礼いたします」
その瞬間、目の前が完全に真っ暗になった。
何が何だかわからず、その場に立ちすくむ。
「人間の・・・ちっ、男か」
さらに、前の方から女の声がした。
男は優しそうな声だったが、こっちはまるで違う。
ドスが効いてて、殺気に溢れている。
「クラウス殿、もう大丈夫です」
女がそう言ったかと思うと、視界を覆っていたものが取り外される。
一瞬ぼやっとしていたがすぐに焦点が合った。
目の前に見知らぬ金髪の女が現れ、
体の芯まで凍らされるような冷たい目つきでこちらを睨んでいた。
「変な動きはするなよ。したらその命はないと思え」
彼女の手元から俺の首元にかけて暗い中でもギラリと光る何かが伸びていた。
それは、日常で見ることができる包丁などとは比べ物にならないほど大きく、
切れ味の鋭そうな刃物だった。
「ひっ」
「動くなと言っている」
ななな、何これ!?
もしかして・・・強盗!?
「おい、貴様。私の言葉は通じているか?」
こ、殺される。
そう思った瞬間、全身からブワッと脂汗が噴き出ていた。
心臓もバクバクと鳴って今にも口から飛び出しそうだ。
「言葉は通じるのか、と聞いている」
怖い怖い怖い!
へ、返事をしなきゃ・・・。
「つ、つうじまひゅ」
噛んだ。
体はガチガチに固くなっていた・・・そうならないはずがない。
「そうか。だったら、いろいろと聞きたいことがある」
「た、たすけ・・・金目のものなんて、ここにはない」
「貴様、何を言っている?」
「だ、だから。
お、俺の家には金はありません。野菜くらいしかないんです!」
「・・・あ?
き、貴様。もしかして、もしかしてだが。
私を強盗や追剥ぎなどの下衆な人種と思ったのか!」
女は怒りで震えていた。
ち、違うの!?
現に刃物で脅されてるんですけど。
「す、すみません。
あの、何でも正直に答えますから・・・許してください。命だけは」
「だから、違うと言っている!」
あ、俺死んだ。
さよなら、母さん。
女が激高したのを見て、俺は人生が終わることを覚悟した。
「ユイ、待ってください」
また、後ろから声がした。
女のものだったが、今度のは可愛らしくそして慈愛に満ち溢れた声だった。
「姫様! そこから出て来ないでください」
「大丈夫です。この方は危ない人ではありません」
そのまま少し待っていると、目の前にいる狂暴な女とは正反対の
優しそうな女の子が視界に入って来た。
ドレスを着て、ティアラをつけて、本当にお姫様みたいだった。
何となく光り輝いているような、オーラをまとっている
そんな気さえする。
そして、この世界の女の子とは思えないくらい可愛かった。
「ごめんなさい。突然、驚かせてしまいましたね」
彼女は刃物を向ける女の横に立つ。
「ほら、ユイ。
あなたが剣を向けてるとお話ができません」
「し、しかし」
「ユイ、私を信じて」
「・・・わかりました」
刃物が下ろされる。
俺はその場にへたり込みそうになるのをかろうじて堪えていた。
「さて、これで大丈夫ですね。
えっと、まずは自己紹介をさせてください。
私の名前はリリーナ。
リリーナ・メイザースと申します」
ドレスの裾を摘み軽く会釈する。
顔を上げるとニッコリ微笑んだ。
「あなたのお名前を教えていただけないでしょうか?」
――――――