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トクソウ最前線  作者: 春野きいろ
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 駅まで歩く途中に、雑貨屋を見つけた。ここかなと立ち寄ってみると、思ったよりも奥行きが広い。扱っているのはクラシックテイストなキッチングッズ(和香が入らなかった理由はそれだ)で、全体的にイギリスかどこかの古い民家を思わせるイメージだ。古びた漆喰、傷の入った腰壁、飾りのある棚。ただ棚を並べて展示してあるよりも、はるかに商品特性がわかりやすく、使うイメージを喚起しやすい。

 こんなものが頭のなかにある人なのか、と竹田さんの顔を思い描く。こんなものを形として考え出して、造作ができるように図面に起こせる人なのか。

 清掃ですら、自分の動いた結果が見えれば充実するのだ。こんなふうに作品に仕上がったときの満足感は、おそらく比較にならないだろう。それを経験している人ならば、焦りも理解するし戻りたいのは当然だと思う。ってか、早く戻るべきだ!

 何故か力一杯拳を握りしめ、和香は店を出た。無駄に身体に力が漲り、それの理由は自分でもわからない。強いて言うなら和香の周りに何かを作り出す仕事の人はいないので、実際のものを見て興奮しているだけかも知れない。


 家に到着すると、スマホにメールが着信していた。滅多にないことなので誰だろうと見ると、水木先生だった。種が発芽したと礼が書かれており、また何かあったらお願いしますと結ばれていた。どういたしましてと返事をして、溜息を吐く。便利に使われちゃっただけなのかな、少しは仲良くなりたいと思われてるって思ってたんだけども。

 着替えて居間でぼーっとしていたら、弟が帰宅した。中学校最後の総体で区大会を勝ち抜いたらしく、遅くまで練習してクタクタになって帰ってくる。自分にはああいう時期はなかったなと、羨ましくなる。手を洗う暇も惜しそうにトーストもしていない食パンを食い千切る姿は、何度見ても餓鬼という言葉が出てくるが。


 そろそろ夕飯だってころに、またスマホが鳴った。

「こんばんは、水木です」

  名乗る声にどきんとしてしまうのは、違和感を感じながらもまだ何か期待していて、新たな展開があるのではないかと思ってしまうからである。

「榎本さん、化学ショーみたいなのって、興味がありますか。空気砲とか割れないシャボン玉とか、そういうやつなんですけど」

「興味がないことは、ないですけど」

 誘い言葉が含まれていないので、慎重な返事になる。

「チケットがあるんですけど、学校で希望者を募っても捌けなかったんです。いかがですか」

 チケットをやるって言ってるんだか、一緒に行こうって言ってるんだか、わからない。どう返事しろと言うのだ。大体、どこでやるかすらの情報がない。

「いつですか?」

 いつでも全然全くプライベートな予定はないが、これから入らないって確定しているわけでもない。

「区立文化センターで、今週の日曜日です。いかがでしょう」

 いかがでしょうって言われたって、今は木曜日の夜じゃないか。チケットの受け渡しはどうするんだ。

「ちょっと難しいですね。チケットを受け取りに伺う時間がありませんし」

 意味が通じていないので、そこまでの返事だ。

「いや、チケットは僕が持って行きますので、入り口で待ち合わせませんか」

 やっとここで、本題らしきものが出た。学校では生徒に答えを導き出させるために、遠回りの話になることがあることを知っているけれど、和香は水木先生の生徒じゃない。それでも誘われたことは嬉しいので、同意の返事をしてしまう。


 だって公務員だし、横暴でもないし、いろいろなことを知ってるし。それに私を外に誘ってくれる。

 和香は自分が自分で思っているよりも退屈し、他人との繋がりを望んでいることに気がついていない。だから誘われた嬉しさを恋愛に結びつけたくなるってことに、気がついていない。

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