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トクソウ最前線  作者: 春野きいろ
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 出社した竹田さんはまっすぐに副社長のデスクに行き、しばらくふたりで会議室に籠っていた。そして今度は舘岡中担当の管理さんと打ち合わせをはじめる。通った見積の工事日を打ち合わせているのだ。

 学校で工事を行うのは、結構規制がある。校舎内では授業中に音の出る作業はできないし、校庭も体育館も武道場もプールも、体育の授業予定があればそっちが優先だ。部活動があるので放課後も難しいし、夜間や週末は管理責任者、つまり副校長が公休である。

 いくら本職だと

言っても竹田さんひとりの工事では手が足りないので、外部の人をひとり頼まなくてはならず、あれこれすり合わせが必要だ。体育館に入れるのは何曜日の何時間目なのか、工事が一日で終わらなかった場合に工具を置いておく場所はあるのか、学校側からの立ち合いは必要か。学校側の都合とこちらの希望を入れて、適した日を学校に申請する。


 ぶっちゃけ竹田さんだけの仕事で他のメンバーは関係ないので、本日の仕事の割り当てを勝手に決めはじめる。時期が時期なので、外仕事と水回りがメインになる。

「早々にプールの清掃が来てるね」

「あの中学校、水泳部が強いんじゃなかったっけ。もう部活で使うんじゃないの?」

 菊池さんと片岡さんが話している中に、由美さんが入る。

「私たちのころは一年生が掃除してましたよ。プール掃除って楽しかったよね、和香ちゃん」

 名を呼んで話に巻き込むのは、多分由美さんの気遣いだ。

「私、プール掃除したことないんです。水張って綺麗になってるのしか知らない」

「なんというジェネレーションギャップ! ってことは、学校外周の掃き掃除とか」

「それは年に二回のボランティア清掃で」

 うわっと由美さんが声を出す。

「ゆとり教育の軟弱者が!」

「それは和香ちゃんが決めたんじゃないでしょ。それに由美ちゃんだって、職員室とか校長室の掃除はしなかったんじゃない?」

 植田さんの言葉に、片岡さんと菊池さんは頷き、和香と由美さんが驚く。

「俺らのころはね、職員室も教官室も生徒が掃除したの。煙草臭くってイヤだったねえ。朝の部活も、先生が来る前に勝手にやってたし」


 いろいろな年代がいるって、いろいろな知識があるってことでもある。雑談を自分に関係ない事だとスルーしていると、竹田さんのお父さんの件みたいに、自分だけが知らないって事態になる。今話しているのは由美さんと植田さんでも、片岡さんと菊池さんは一緒に聞いている。コミュニケーションっていうのはそういうことなのだ。話の内容をすべて覚えている必要はない。受け入れた知識を自分の中でカスタムして、取り出しやすくしておけば良いだけ。


 サツキの花が終わったから剪定に行くと言う植田さんに、一緒に図書館に連れていってもらう。植田さんみたいに木の形を綺麗に整えることは難しくても、どれくらい深く切って良いものかは覚えておいて損じゃない。

 菊池さんや片岡さんみたいに、自在に工具は使えない。由美さんみたいに汚れを落とすプロじゃないし、竹田さんみたいに機動力もなく、植田さんみたいに外仕事は任せとけっていうんでもない。どの部分をとっても、和香が秀でている個所はない。

 そうしたら、好きなことだけでも上手になろう。ジタバタしているうちに、和香が得意とする方向が見えてくるだろう。幸いなことに、ここにはそれぞれ得意分野が違う人たちがいるのだ。そして日常清掃や日常管理っていうのは、本当に日常で使うテクニックだ。覚えて熟練すれば、生涯無駄になる部分はない。

 副社長は、和香の特技はやる気とバイタリティだと言ってくれた。生かすか殺すかは、和香次第。植田さんが切り落とした細かい枝を袋に入れながら、和香の目は植田さんの刈込む鋏の動きを見ていた。

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