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トクソウ最前線  作者: 春野きいろ
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 思いの外長引いた除草作業で、会社に戻ったときはもう植田さんしか残っていなかった。

「お疲れさん。竹田ちゃん、明日休むって」

 さっき焦って帰ったことが、理由だろうか。

「お母さんがケガしたんだって。だからお父さんを一時入院させるって…… お父さんのこと、聞いてる?」

「あ、いえ。なんか事故の後遺症があるみたいなことは、由美さんから少し」

 自分から言って良いかどうかわからないけどね、と植田さんが言う。

「機嫌が悪くなると歯止めがきかないみたい。元は理性的な人だったらしいけどね。デイサービス使って、夜は竹田ちゃんが世話係してるみたいだけど、お母さんも結構限界らしいよ。今日は何か重いもの投げられたんだって」

 なんだかもう、どうやって相槌が打てば良いというのか。

「介護施設に空きが出るってことは、誰かが死ぬってこととニアリイコールだけど。でも竹田ちゃんのために、早く順番が来て欲しいって心底思うよ」

「そうですよねえ……」

 詳細を聞いたわけでもないのに、話題が重たい。心配しても気を揉んでも、解決してはやれない。


 お疲れさまでしたと会社を出ても、空はまだ明るい。とぼとぼ歩きながら、自分の世間の狭さを考える。自分の両親や弟が、何の前触れもなく突然介護状態になることだってあるなんて、想像したこともないし想像できない。けれど何らかの知識があれば、共感くらいはできるのではないか。介護のことだけじゃない。恋愛に関することや、出産や、仕事の悩みや、それ以外のいろいろなことに想像の範囲が及ばない。

 優しいってことは、想像力があるってことだ。ただ共感するだけで人間は安心するのに、それができないなんて。


 帰宅したらすぐに、翌日会う友人からSNSにメッセージが入った。場所と時間を決めて、お茶じゃなくてごはんね、なんて確認しているうちに、やっと気分が浮上してくる。上がったり下がったりの気分が疲れるけれど、下がりっぱなしよりずっと良い。

 そうか、気分転換ってこういうことを言うんだな。自分だけで浮上できないんなら、他人の力を借りるのも手だ。そんなことも学習しないで二十四年も生きてきたって、どういうことよ。それこそ目を開けて寝ていたって言われても、仕方ない。


 翌日出社して、ホワイトボードを眺めた。依頼事項が何件も書かれていて、緊急性のあるものは赤いマグネットがつけてある。今のところ、力仕事やテクニックを必要としているものはない。大丈夫、二日や三日竹田さんが休んでも、十分凌げる。

 もう出社していた菊池さんと植田さんは、地図を押さえながら一日で回れる順路を確認していた。緊急事項として入っている企業での用務員業務は、何度か行ったことのある片岡さんが引き受けてくれたらしく、出発済みだ。

 時間ギリギリで由美さんが出社してきて、ルートと組み分けが決まったところで、副社長が顔を出した。

「あ、そうか。竹田は休みだっけ。舘岡中の見積が通ったから、工事日程打ち合わせるんだけど」

「明日は一応出社の予定ですから、本人とお願いします。それより、お父さんの施設の話って、副社長は聞いてる?」

 質問者は由美さんだが、全員気になっていることだ。竹田さんに直接質問できれば良いのだが、家族のことっていうのは本人が言いださない限り、話題にし難い。

「具体的なタイミングは知らないけど、掛かってる病院の附帯施設だっていうのは聞いてる。空きと優先順位の問題だから、昨日の件も考えれば早いかも知れない。まあ、いつ竹田が抜けても大丈夫なようにしといて」

 無責任な言い分である。


 珍しく由美さんとペアになって、福祉センターのシャワールームに入った。レインコートを着て天井のカビを柄の長いモップで拭き取ると、それだけで汗だくになる。熱中症が怖いので、十五分ごとに外に出て休憩を入れた。

「こんなこと、年寄りにさせられないもんね。竹田ちゃんがいなくなるんなら、もうひとりくらい若い子入れてもらわないと」

「確かに」

 竹田さんがいなくなることが決定事項ならば、頼っていてはいけないんだ。少しの緊張と不安は、続く

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