表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トクソウ最前線  作者: 春野きいろ
3/53

 本社での挨拶が終わっても、まだ定時じゃない。舘岡中の主事室に戻ると、三時休憩の最中だった。

「和香ちゃん、どうだった? 上手くやっていけそう?」

 口を開いたのは、勤続十年の金子さんだ。普段は午前中だけのパートなのだが、和香が本社に行くというので、和香の代わりに午後もいてくれたらしい。

「和香ちゃんがいなくなっちゃうと、俺が大変だよなぁ。力が必要な場所とか、高い場所とか」

 背は高いけれど痩せ型の中山さんは、唯一の男性だ。それに被せるように、背が低くて小太りの鈴木さんが言う。

「男仕事担当は、他の学校でもひとりだけよ。中山さんが和香ちゃんに、甘えすぎてただけでしょ」

 中山さんがムッと口を噤んだところで、お茶のマグを和香に差し出した金子さんが、口を開いた。

「なんにせよ、良かったわ。私、何度も本部に『和香ちゃんがもったいないから、どうにかしてあげて』って頼んでたんだもの」

「私も言ったわー。ロートルに囲まれて仕事するには早すぎるって」

 何を余計なこと言ったんだ、このおばさんたち。あんたたちのフォローをしていたことはあっても、放り出されるような働き方はしてないじゃないか。それとも一緒に仕事したくないと、嫌われていたんだろうか。

「私、辞めた方が良かったですか?」

 情けない声が出た。


「そりゃ私たちは、和香ちゃんがいてくれればラクだけど。和香ちゃんにとっては、どう考えても良くないの。もともとここは、年寄のペースで四人工なのよ。時給が安いのも、軽作業って括りだから。和香ちゃんがすっごく熱心に仕事して、できることが増えたって、会社は評価できないのよ。あくまでも人工で考えて予算組みしてるんだから、能力で昇給したら他の人もそうしなくちゃならなくて、マージンが少なくなってしまう。そうしたら、請負業はやっていけない」

 勤務年数が長く、会社の内情に詳しい金子さんが言う。

「和香ちゃんは身体が動くしやる気があるんだから、もっといろいろなことを覚えた方が良いと思うのよ。ここではルーティンの作業がスピードアップするだけだよ」

 ひとつの企業で勤め上げ、まだ働きたいと再就職してきた鈴木さんも言う。

「でも、俺が大変に……」

 中山さんの言葉は、金子さんと鈴木さんに黙殺された。


 まだ定時までに時間があるからと、印刷室の床にモップをかけていたら、理科の水木先生が入ってきた。三十前後の年齢の独身男性、いつも朗らかな態度である。同年代の女性の次に、和香が苦手な層だ。意識しすぎだからだとは、自分でも理解している。

「あ、ありがとうございます。お疲れさまです。榎本さんがいつも綺麗にしてくれるから、僕らも気持ちよく使えます」

 爽やかな笑顔で労われ、下を向いたままアリガトウゴザイマスと呟く。こんなときに元気よく笑顔で礼が言えれば、印象はずいぶん違うんだろうなと自己嫌悪を感じる。それができればきっと、こんな仕事はしていない。消去法で残った仕事なのだから。いろいろな場所で馴染めなくて、ひとりでいるって選択もできなくて、かと言って引きこもりもできず、やっと辿りついた場所だ。

 水木先生は印刷したものを纏めて、失礼しましたと出ていった。

「水木先生って、和香ちゃんのこと気に入ってるよね」

 雑巾を握った鈴木さんが、唐突に言う。

「そんなわけ、ないです」

 咄嗟に否定が出る。

「私たちジジババには、あんな風に話しかけないよ、あの人。美化委員の清掃指導も、和香ちゃんが直に頼まれてるでしょ?」


 請負業の場合、本来ならば発注者(この場合は中学校の施設管理責任者)が、受託者(佐久間サービス)に依頼を出し、そこからの指示で労働者が動く。発注者(大抵、副校長や副館長だ)側から労働者への直接指示は、偽装請負に当たる可能性がある。まして発注者でない施設の使用者からの依頼は、本来ならばあり得ない。

 っていうのは表向きで、実際のところ施設管理責任者は大抵多忙だし、蛍光灯が切れたとか壁紙が剥がれかけてるなんて、気がつかない。気がついた先生が、主事室に直接言いに来る。そこで本社に行動しても良いのかと確認するのが筋なのだが、返事は決まっているので勝手に動くほうが早い。管理さんと連絡が取れないこともあるし、本社の事務に伝えたって、指示は出してくれない。そして依頼ごとの中には、施設管理だけじゃなくて学校運営に関することも、稀に含まれているのだ。

 確かに水木先生からは、直接和香に話が来ることが多い。けれどもそれは美化委員会担当教師としてであって、個人的にどうということではないはず。

「リーダーは一応、中山さんだからね。和香ちゃんが来るまでは、中山さんに話が行って、それからの人にまわったのよ。今は和香ちゃんご指名じゃない?」

「それは多分、中山さんが掃除ポイントを説明できないからだと思う……」

 子育てが終わって構う相手がいなくなった主婦は、自分の子供と年齢の近い和香が、気になって仕方ないらしい。

「水木先生、いいじゃないの。生徒たちからも人気があるし、真面目そうよ」

 こちらが値踏みしたって、相手がこちらをどう見ているのか、わかるわけがない。いくら和香が水木先生に好意を抱いていたとしても。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ