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トクソウ最前線  作者: 春野きいろ
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 ところで、件の竹田さんのことである。本人から言い出さない限り話題になることもなく、ましていつ辞めるのかとか後任は考えているのかとか、直接訊くわけにもいかない。副社長は報告を受けているだろうが、基本的には辞めさせたくないだろうし、いろいろ複雑なのだと理解した。そしてトクソウの中では全員が知っている前提だから、確かに主語なく話していて、和香が気がつかなかったのも道理であると、結論が出た。

「つまり、説明してなかった副社長が悪い。どうせリーダー候補とか言ったら、和香ちゃんが怖気づいて逃げると思ってたんでしょ」

「今聞いても、怖気づいてます」

「でも、辞めないでしょ?」

 由美さんが顔を覗き込む。

「今すぐリーダーとか言われたら困るけど、竹田さんの後任がいるかもだし、辞めないです」

 和香の気弱な返答に、由美さんが安心したような顔をする。

「竹田ちゃんの性格だと、後任育ててからとか思ってるだろうしなあ。トクソウのおじさんたちは御年だからね、私たちが一緒に頑張ろ。よろしくね」

 ふたりで小さくガッツポーズをしあって、飽きてしまったらしい虎太郎君に謝った。今度はお姉ちゃんがゲームセンターに連れていくからねと約束したら、すぐに機嫌を直すのは小学校低学年である。

 

 自転車を漕いで帰途の途中、ふと思いついてホームセンターに寄った。翌日の下見のつもりで花の種の売り場や土の種類を確認して、少々早く咲いている夏の花を見る。そういえば舘岡中に安い苗を探さなくちゃな、なんて金額を確認して、空いてしまっていた花壇の隙間を思い浮かべた。

 私が植えて管理したかった。アンズだって今年はたくさん生るように、脚立から手が届く範囲で剪定頑張ったのに、もう私の手から離れちゃった。ずっといるつもりでいたから、使いやすいように倉庫の中片付けて、主事室のストックも整理したのに。

 もう決着した未練が、またぞろ顔を覗かせる。ちょっと落ち込むと逃げたくなって、過去を美化しちゃうのだ。後ろ向きな性格だと、しみじみと思う。由美さんとガッツポーズを交わしてきたのに、自分だけが逃げたくなっている。

 マリーゴールドの棚の前に立ったままでいたら、腕の辺りを何かが掠った。

 また目ぇ開いて寝てる。

 声が聞こえたようでキョロキョロしたけれど、お父さんに抱かれた子供の腕が当たっただけのようだ。口許に浮かんだ苦笑いを噛み消して、安価な花の苗を見て回った。

 目を開いて寝てる場合じゃない。もしも竹田さんが数か月で辞めてしまっても、他の人と協力体制さえできていれば、トクソウ部は大きく変化しない。自分を奮い立たせる魔法の言葉はない。

 和香らしく及び腰でも前に歩けば、次の曲がり角にたどり着く。


 頭のなかに花壇のレイアウトを思い浮かべ、帰宅した。忘れないうちに苗の数量と金額を書き留め、しばらくぼんやりしていた。スマートフォンでSNSのタイムラインをチェックし、気になった記事にイイネ!をつけているうちに、ふと開け放った窓から初夏の空に、ハート形の雲を見た。思わず写真に撮り、恋愛成就を願ったなんてコメントをつけて、アップする。そのときに思い描いていたのは、水木先生じゃない。漠然とした恋人って存在の何かと、幸福な夢を見たいだけ。

 誰も自分の記事なんて気にしないと思っていたのに、何人かがイイネ!をつけて拡散したらしい。時ならぬバイブレーションの連続に驚いて削除してしまおうと思い、操作しようとした矢先にダイレクトメッセージが来た。

――久しぶりに投稿したと思ったら、彼氏ができたの?

 高校の同級生で、二か月に一度くらい会う友達だ。できてないよ、願望だよなんて返事して、タイムラインをもう一度確認したら、拡散の数が和香のフォロワー数より多い。まったく見も知らない人からコメントをもらったり、引用で小さな詩がついたりしていて、削除なんてできない。そして数人フォロワーが増えて、タイムラインが賑やかになった。

 そうか。発信すれば、好意を持って反応してくれる人もいるのか。もしかして怖がってばかりいないで自分から話しかけていたら、実生活も同じように反応してくれていたかも。


 気を取り直して、自分の部屋に掃除機をかけた。明日は少し、水木先生と仲良くなれるといいな。そして次の約束もできると嬉しい。

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