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トクソウ最前線  作者: 春野きいろ
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 経谷中に到着したのは、もう帰りのホームルームが終わるような時間だった。職員室に顔を出しても水木先生はいなかったので、理科準備室に行ってみたけれど、やっぱりいない。主事室では何も預かっていないから、種蒔きすることもできない。どうしたものかと思っているうちに、四時になる。用務員さんたちが帰る前に校舎内をチェック巡回に行く時間で、和香も会社に帰ろうかなあと思うようなタイミングになった。

「榎本さん、いらしてたんですか」

 自転車置き場から自転車を引っ張りだしたときに、声がかかる。

「水木先生、どこかへお出かけでした? 職員室と準備室に顔を出したんですが」

「探してくださったんですか、嬉しいなあ」

 水木先生がにこにこしているので、和香もつられて笑顔になる。

「用務員さんに何をお渡しして良いのかわからないので、何も買ってないんです」

 材料もないのに呼びつけるなんて何事かと、本来なら怒らなくてはならないが、相手が水木先生だと少し勝手が違ってくる。少しは好意を抱いてくれてるのかな、私も良い人だと思ってるんだけどな、程度の感情でも、良い顔をしたくなるもんである。

「私が用意してきましょうか。あとで領収書をお渡しすれば良いですか」

 休みの日にホームセンターで購入し、学校に届けておけば良いと思った。種蒔きの期間はもうはじまっているし、おそらく導管を顕微鏡で見るのだろうから(和香も中学校のときに見た記憶がある)、いつ実習に使うとしても少しでも育っていた方が良い。


「プランターはどれくらいの大きさですか」

「あるのかなあ?」

 そこからかと突っ込みたいところだが、仕方がないので慌てて主事室に戻り、もう後片付けも済んだ用務員さんに、倉庫で備品を確認してもらうと、プラスチックが劣化して砕けかけているものばかりだ。

「先生、プランターの買い替えが必要です。そうなると自転車では運べないので」

 水木先生はにっこり笑った。

「では、僕も一緒に行きます。車を出しますので、日曜の午後で良いですか」

 いや、何故和香がメインで水木先生が補助みたいな言い方になっているのか。行けるのだったら勝手に行って買ってくれば良いじゃないか。

「お手数お掛けしますけど、お願いします」

 返事をしながら、嬉しいの半分面倒なの半分である。インコカフェのデートらしきものは微妙だったが、会話は不愉快じゃなかった気がする。もしかしたら今度こそ、会話が続くかもと望みを持って、日曜日に臨もう。


 会社に戻ると定時は過ぎていて、トクソウに残っているのは竹田さんだけだ。経谷中学校担当の管理さんを見つけ、今日は何もできなかったとだけ報告した。一緒にホームセンターに行く話をしても仕方ない。

「普通に種蒔きできる植物しかないようですから、来週には材料を揃えて渡すと言ってました」

「結局その程度だった? 榎本さんに会いたくて、わざわざ呼んだんだったりして」

「そんなわけ、ないでしょ」

 答えながら、もしかしたらと頭のなかに花の蕾がひっそりと膨らむ。展示会へ呼んでくれたりインコカフェに誘ってくれたりしたのだって、好意があってのことだよね。もしかしたら好意以上の何かがあっても……いやいや、そんなことはあり得ない。仕事先で目をつけてもらうほど、綺麗じゃない。だけど――

 柔らかく微笑む水木先生と並ぶ、笑顔の和香。共通の話題で笑い合い、一緒に街を歩く後姿。理性で否定はしているのだから、夢を見て妄想するのは自由だ。期待しちゃいけないと自戒しながら、恋人と入るカフェで女の子らしいふるまいを思い浮かべてしまう。

 経験値の低い女なんて、チョロいもんだ。匂わせれば勝手に理想を描いて、勝手に恋に落ちる。そうして相手に感じていた違和感は、頭のなかでスルーしてしまう。和香だって、若い娘なのだ。


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