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トクソウ最前線  作者: 春野きいろ
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 月曜日に会社に到着すると、舘岡中担当の管理さんと副社長、それに竹田さんが打ち合わせをしていた。

「おはよう、和香ちゃん。今年度、舘岡中で周年行事があるでしょ。それでいろいろあるからね」

 周年行事ってなんだ。

「今年は開校五十周年だから、結構派手な式典になるみたい。来賓もたくさん来るし、贈答品もある」

 副社長の説明で、五十周年記念式典のことかと思い至る。

「いつでしたっけ?」

 一年少々しかいなかった学校の開校記念日なんて、覚えているわけがない。

「六月の第二週の土曜日。それまでに花壇の整備と体育館の清掃、卒業生から緞帳の寄贈があるらしいから、それに合わせて暗幕の交換。大きいのはそれくらいかな」

 管理さんの言葉に、舘岡中の体育館を思い出した。おそらく三十年以上前の建物で、雨漏りこそしていなくても、窓はガタガタ壁はボロボロで、切れたコーキングからは隙間風が入ってくる。自動で降りてこないライトは年に一度高所作業専門の人が取り換えているし、ステージの上のグランドピアノの下の床は剥げている。

「あの体育館のカーテンレールボックス、天井付近でしたよね」

 暗幕をクリーニングに出したいと学校事務さんが言ったときに、一緒に確認して断念した記憶がある。体育館の二階で一番高い脚立のてっぺんとか、怖すぎる。


 そうこうしているうちに他のメンバーが集まり、今日のスケジュールが決まり出す。この時期引っ張りだこの植田さんを中心に、ペアが組まれていく。企業に入っている管理さんからは、受付エントランスの壁の汚れがと連絡が来ている。

「榎本は俺とペアね。舘岡中なら校内に詳しいだろ。下見に行く」

 竹田さんと連れ立って舘岡中に向かう途中、コンビニに寄った。煙草を買うからと言われて助手席で待っていたら、戻ってきた竹田さんにポンと紙パック入りのリンゴジュースを投げられた。

「好きなんだろ、それ。しょっちゅう飲んでる」

 なんでそんなの見てるの! 頬が上気する。竹田さんとコンビニに行ったことなんて、そんなにたくさんはない。和香は竹田さんが飲んでいる缶コーヒーの銘柄を、気にしたことなんてない。

 ありがとうございますと言いながら、紙パックにプラスティックのストローを挿した。冷たくて甘いそれを口に含み、助手席の窓を少し開けた。


 学校に到着して主事室と副校長先生に挨拶したら、下見開始だ。自分が一生懸命整えた花壇が一部ダメになっていて、それに対して金子さんと鈴木さんから詫びがあった。

「もともと寄せ集めですから。こぼれ種で出てたものと挿し芽で増やしたものがメインだもん。この際佐久間サービスに千円くらい経費使ってもらいましょう。安い苗、買ってきます」

 明るく答えて、何を植えようかと楽しみに考えたりする。


 校舎内を案内する途中、竹田さんがふいに言った。

「おまえ、ここでは元気なんだな。トクソウの中ではまだ、猫被ってんのか」

 猫は被っていないと思う。けれど舘岡中にいたときとは、確かに違う。ここにいたときは、自分の身体を自由に使っていた気がする。

「トクソウで猫被っても、何のメリットもないと思うんですけど」

 そう答えながら自分の頭のなかを覗き込んで、和香はまた無口になる。

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