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トクソウ最前線  作者: 春野きいろ
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「榎本ってなんか、生きづらそうだよな」

 まだ中ジョッキ一杯竹田さんが、そんな話をはじめる。

「融通利かないっていうか軌道修正できないっていうか、気楽に考えられない感じ」

 レモンサワーが飲みやすいよと勧められた和香は、もう一杯目を飲み終えてしまった。自分で思っていたよりも、アルコールはいけるらしい。

「自分では、わからないです。どの辺がって言って欲しい」

 焼き鳥は確かに美味しくて、シンプルな塩味のパリパリな鳥皮が何本でもいけそうだ。脂になった口を酢漬け大根で中和させて、砂肝を串から外した。

「全部しっかり済ませようとする。今日のマンションなんて由美さんがサポートに入ってたら、管理さんに電話で啖呵だわ」

 片岡さんがハイボールをお代わりしている。電話なら、和香もした。やっておいてくれみたいな言われ方をされただけだった。

「由美さんの、気楽に想像つくよ。サボりの代行を請けていいのか、副社長に確認するとか言う。そんで管理さんに電話で、担当が仕事しないのを許してるのは責任者が代行できるってことだろ、とか言いながらそのまま帰ってくる」

「それから会社に戻ってきて、副社長に大文句言う」

 和香を挟んで笑うふたりは、ゴミステーションの清掃をやらなくても良かったと思っている。けれどあれを汚れたままにしておいて良いのだろうか。

「だって、佐久間サービスの仕事じゃないですか。誰かがやらなくちゃならないわけだし」

 誰かがやらなくちゃいけないのだから、やっていないのを見て放置なんてできない。


 そこで片岡さんが、あることに気がついたらしい。

「和香ちゃん。マンションの住人からのクレームって、一番最初に誰に行くか知ってる?」

「え? 管理人、ですよね…… あ!」

 押しつけられて腹が立っていたが、ゴミステーションが汚ければクレームを受けるのは管理人だ。住人は日常清掃も施設管理も区別できていないから、何か不備があれば、すべて管理人に行く。廊下が多少埃っぽくても気がつかない人は多いが、生ゴミの汁の腐敗臭は我慢できない。

 つまり、誰もやらなければ彼がクレームを受けなくてはならないし、それが嫌なら掃除するしかないのだ。気がつかなかった。

「日常清掃は週に三回だから、あのおっさんのシフトにぶつかると、うるさいからやっちゃえって思ってたみたい。自分の担当が疎かにしてまで他人の仕事するなって、ちゃんと言ってきたから」

 いろいろと多角的に見れば、自分の動きは変わってくる。

「他人に仕事をさせるのも、仕事のうち。私らは本社側の人間なんだから、現場が上手く回るように考えないと」

 片岡さんの言葉に、深く頷いてみる。

「トクソウって、掃除のエキスパートの集団だと思ってました」

 入ったばかりで何も知らなかった上に、誰も説明してくれなかった。言葉で説明される前に現場に出されてしまって、そのまま目の前にあるものをこなしている。


 竹田さんが串カツの付け合わせのキャベツを無視して皿を戻そうとしており、仕事に行っていた脳味噌が食事に戻ってくる。

「キャベツ、食べます! そのお刺身のツマも食べますから!」

 自分の前に皿を取り戻し、大急ぎで銘々皿に野菜を移した。

「草ばっかり食ってるから、頭が平和になるんだよ」

 草ばっかりって言われたって、竹田さんは先刻からタンパク質しか食べてない。

「動物性タンパクばっかりだと、身体が臭くなりますよ。そろそろ加齢臭考えたらいかがですか」

 和香の返しに、片岡さんが笑った。

「和香ちゃん、ずいぶん言うようになったなあ」

 アルコールのせいだろうか。ここまで言っても竹田さんに嫌われる気がしない。


 そしてここではじめて、トクソウ部の成り立ちを聞いた。まだ発足して二年半の若い部署で、片岡さんが言うところに依れば『竹田ちゃんのための部署』らしい。もともと片岡さんと菊池さんは学校用務員として採用され、それぞれ仕事をしていた。そこに家庭の事情(詳しくは教えてもらわなかった)で竹田さんが入社し、どうせなら清掃指導のできる部署を作ろうと、副社長が考えたそうだ。そこに他の会社でバリバリの清掃員だった由美さんと植木職人だった植田さんが入社し、それまで管理さんがやっていた誰かの休みのサポートやクレーム対応、不足している清掃の補助をするようになると、会社の現場管理は楽になったし外部業者への依頼は減ったしっていうコスト削減になった……そういう流れを説明してもらって、ベテランなんていないんだと知る。

「私、みんな何でもできるって思ってて」

「そう思ってビビッてんな、と思ってた。部署としてもまだ、全然だよ」

 竹田さんがやっと二杯目のビールに手をつける。片岡さんはハイボールの氷をカラカラさせながら、言った。

「私ら嘱託組は若い人についてくから、意見出しあって纏めてくといいよ。だからね、和香ちゃんももっと言いたいこと言っていいんだよ。意見が違うことと勝手な我儘は違うから、さっきキャベツ食べるって言ってたみたいな剣幕で、意見をガンガン出せばいいの。怒る人なんていないから」


 レモンサワー三杯で気持ちよくなり、モヤモヤした気分が払拭されて帰途についた。コミュニケーションできれば、気分転換もこんなに簡単。目の前を横切った野良猫に挨拶して、夜が更ける。

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