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トクソウ最前線  作者: 春野きいろ
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 さて、学校の運営は年予算が決まっているので、突然備品を買い替えるとか新規で機材を入れることは、案外と難しい。なのでまだ潤沢に予算の使える一学期に大きな変化があることは、よくある話だ。庭仕事に追われてる場合じゃない。

「防球ネットの入れ替えがあるんで、出動します。シーズンだから植田さんには植込みの手入れしてもらって、それ以外は全員で」

 竹田さんの指示で、準備がはじまる。っていっても、和香は滑らないようにゴム引きの手袋のみだ。由美さんも同じなので安心していたが、男性陣の準備に驚く。高速グラインダーと皮手袋と保護用ゴーグル、菊池さんと片岡さんは綿素材のツナギだ。

「防球ネットの入れ替え、ですよね」

 再確認してしまうのは、無理からぬことだと思う。

「粗大ゴミは予算食うからね、リサイクル業者が持っていけるようにするの」

 由美さんが教えてくれる。和香が舘岡中にいたのはたった一年だけれど、金属を切ったことなんてないと思う。

「学校事務さんの予算配分にも依るの。今日行くところは、お金かけないで処理してくれって。どうしてもできないことなら管理さんが断るけど、切るだけなら切れるから」

「それ、仕様に入ってるんですか」

 由美さんに向かって質問したのに、後ろから返答があった。

「ゴミの仕分け処分は仕様に入ってる。向こうの設備管理者の指示なんだから、できるできないはともかく、やってみなきゃ拒否はできない。まあ、できるけどな」

 ロープカッターを腰袋に入れた竹田さんが、グラインダーのケースを持ち上げた。出発だ。


 中学校の校庭では、運動会の練習がはじまっていた。ムカデリレーの出発の掛け声が楽しくて、つい意識がそちらに向く。

「和香ちゃん、段差がある」

 防球ネットを乗せた荷車の前を引く由美さんと一緒に、段差を乗り越える。男の用務員さんが、植田さんが刈込んだ木の枝を集めている。力仕事なんだから手伝ってくれてもいいのにな、なんて思いながら荷車に乗せた荷物が崩れそうになるたびに、回り込んで走った。

「すみませーん。力仕事、手伝っていただけませんか」

 同じように用務員さんの動きを見た由美さんが、声を上げた。

「いや、切った木をそのままにしておけないんで」

 力仕事がイヤなのは、みんな一緒だ。口実があれば手伝わなくて済むと思っているくらいは、こちらにだってわかる。

「木の枝は、あとで一緒に片付けます。女の子の力じゃ足りないから、助けてぇ」

 しぶしぶ来た人に荷車を引く役を代わらせた由美さんは、段差や曲がり角を越えるたびに、明るく声を出す。

「さすがに男の人が引っ張ってくれると、早い」

「あ、軽々ですね。女の子じゃふたり掛りなのに、すごーい」

「今の曲がりかた、上手い。慣れてますねえ」

 わっかりやすーいヨイショでも、言われた方は良い気分になる。そうそう、トクソウは常勤さんの補助であって、本来はキミたちの仕事なんだよって講釈垂れるより、持ち上げちゃったほうが早い。


 なるほどねえ。ダイレクトに手伝えって言っちゃって良いのか。助けを求めることは、他人に迷惑をかける行為かと思っていた。だから自分で解決できることは全部自分でやらなくちゃならないって、誰も助けてくれないんだからって、なんかひとりで疲れてた気がする。助けてもらうのは、他人から声をかけてきた場合だけで、すっごく感謝しなくちゃならないのだと。自分にあてがわれた仕事ならば、たとえ手助けできる環境が他人にあっても、自分だけで処理しなくてはいけないものだと思い、他の人もそうしなくてはならないのだと思っていた。

 手伝いを要請した由美さんと、ヨイショだってわかっていて動く用務員さんは、別にお互い腹を立ててるわけじゃない。面倒な仕事を押し付け合うよりも、とっとと終わらせてしまおうと、動きはじめてから意見が一致したみたいに見える。


 頑な、だったのかも。自分の頑なさが、外からも見えていたのかも知れない。一瞬の相手の気配が怖くて、こちらからアクションを起せないでいた。けれど、自分の気分が変化するのと同じように、相手の気分も変化するのだ。変化の前に踏みとどまって、ただ相手からのアクションを待っている人を、世間は察してちゃんと言う。その言葉は、鬱陶しいと同義語だ。

 倉庫の陰から金属を切る音がして、散った火花が綺麗だ。そうだ、仕事は遂行すれば良いのだ。自分の仕事とか他人の仕事とか区別するより先に、どうしたら完遂できるかを考えれば。

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