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トクソウ最前線  作者: 春野きいろ
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 株式会社佐久間サービスは、公共施設及びビル・マンションの管理を請け負う会社である。平たく言うと、用務員と警備員を管理する会社だ。多くの作業員は一年契約の契約社員で、二月末に一斉に翌年の契約を更新する。そのため本社所属の管理責任者は、各拠点を訪れることになる。ときどき勤務態度や条件の兼ね合いで契約打切りになる者はいるが、大抵の者は判を押すだけだ。もとより年配者の多い業界であるから、身体の都合で退職や休職する者もいるのだが、概ね勤続年数は長い。会社側は会社側で、同じ施設に同じ作業員が長く勤めているほうが指導の必要が少なくなるので、滅多なことで移動はさせない。日常清掃と施設の見回りが主業務で、ガラス磨きやワックス塗布は、各施設へ提出している仕様書に従った回数分、提携している清掃会社に外注しているので、所属している作業員たちは身体に負担にならない程度に頑張れば良い事になっている。


 そんな背景で、二月三週目の区立舘岡中学校の主事室である。管理責任者、通称管理さんは、クリアファイルから新年度の契約書を取り出した。四人工の現場なので、八枚のはずだが六枚しか持っていなかった。

「えーと。金子さん、中山さん、鈴木さん。内容を確認して、押印してお持ちくださいね」

 一緒に書類を待っていた榎本和香の不審そうな顔に、管理さんは後でねと声を掛け、他の三人の作業員に質問を募る。

「それでは説明は終わりです。二十五日までに提出してください」

 和香以外の三人は、靴を履いて主事室から出ていき、作業小屋から箒やゴミ袋を出しはじめた。それを確認した管理さんは、和香に腰掛けるように言った。

「私、契約打切りですか?」

「まあ、慌てないで話を聞いてくれる? 今時期じゃ、急ぎの仕事もないでしょ」

 落葉や除草作業は少なく、次に控える大きな学校イベントは卒業式なので時間があり、片付けなくてはならない教室もない。これが春の桜が舞う時期だとか、秋の枯葉とか夏の雑草とか、技術科が授業で木工をやっていて木屑だらけだとか、プールの時期だから校舎外の脱衣場も掃除しなくてはならないとか、その他にも細々とあるのだが、二月ってのは意外に用事が少ないのだ。学校側、つまり職員室が大忙しでも、施設のみの管理は気を抜いて大丈夫な時期である。

「本部は、研修代わりに用務員をやらせてただけでしょ。就業態度見て、決めたんだから」

 定年退職者や短時間パートがメインの職場で、和香だけはまだ二十四歳で、確かに異質だ。募集要項には平均年齢なんて書いてなかったし、面接で年配者ばかりだよと言われたときも、却ってホッとしたものだ。


 同年代と喋れません。いわゆるコミュ障ってやつですが、生きてます。厭世的にもなってません。おいしいものを食べれば嬉しいし、夢中になって読んでいる漫画もあります。ただ感想を言いあう相手が、圧倒的に少ないだけです。

 年代の違う人は平気。趣味が合わないのも話題が違うのも当たり前で、共通点がないからお互い興味を持ちにくいから。

 面接で年齢層が上だと言われたときに、そんな風に答えたわけではない。お喋りの相手がいなくても平気な性質で、身体を動かす仕事をしてみたいのだと言った。

「じゃ、やってみましょうか」

 面接は即決だった。前年の一月に入社して、学校行事をひとまわり体験したあとだ。


 管理さんは別のクリアファイルを取り出して、和香に差し出した。

「正社員の雇用契約書。四月から本社勤務でお願いしますって」

 受け取るための手を出さず、和香は口籠る。

「私、用務員のままがいい。経理とか無理……」

 本社にはほんの数人だが、女子社員がいる。二度しか行ったことはないが、楽しそうに和やかに仕事をしていた気がする。少ない人数で仲良くなっているところに入っていくなんて、絶対無理!

 けれどそれは、杞憂だったらしい。事務方じゃないよと否定されて少々安心したあとに、それは告げられた。

「トクソウに入ってもらうって。給料、上がるよ? 時給じゃなくて月給だよ? とりあえず、明日の午後は本社に来て。副社長が説明するから」

 その日の午後、複雑な顔で音楽室に掃除機をかける和香がいた。

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