スキルを授ける神官は英雄になりたかった
私は昔、王都にある神殿で神官として創造神に仕えておりました。
神官の仕事はあなたのような冒険者ならご存じかと思いますが、神の教えを広めること、怪我人や病気の方を治療することに加え、成人を迎えた方にスキルを授ける仕事をしておりました。
これらの仕事には決して不満などなく、神に仕える者として誇りさえ持っておりましたが、ただその仕事が神官を辞するきっかけとなったのは否定できません。
少しばかり長くなるのですが、その時の話をしても宜しいでしょうか。
スキルとは、神が授けてくださる特別な力のこと。
性別や種族、貧富の差等は関係なく、成人を迎えた者はスキルを授かる権利が生じます。
但し、神の声は神に仕える者にしか聞こえませんので、私のような神官が仲介役を務めているのです。
具体的に説明するなら、私が神と会話をして、対象の成人に与えるスキルを一時的に預かり、スキルについて説明しながら相手に渡す、といったところでしょうか。
……そうですね、実際の例を三つほどお話しましょうか。
まず、一人目は筋骨隆々の日に焼けた男性。
幼い頃から親の農業の仕事を手伝っており、その仕事で鍛えた身体を活かすため、冒険者を目指していると言っておりました。
それならば冒険者として役立つスキルを授けたい、とは思うのですが、スキルは言わば神の恩恵であり、私や彼に選択する権利はありません。
残念ながら彼に授けられたスキルは【草むしり】。
通常より数倍速く草をむしることができる、ただそれだけのスキルです。
村に戻り、農業に役立ててはいかがでしょうかとアドバイスをしたのですが、冒険者になりたかった彼は憤怒し、私の髪をむしってから去っていきました。
二人目は少しあどけなさの残る猫人族の女性。
猫の耳と尻尾を持つ人の容姿をした彼女は、猫が大好きで猫に関するスキルが欲しいと目を輝かせておりました。
スキル授与を急かす彼女を落ち着かせてから、神と会話したところ、彼女のスキルはなんと【猫語】。
猫人族と言っても本質的には人間であり、猫と意思を通わせるのは不可能なのですが、このスキルであれば猫と会話ができます。
それを彼女に伝えると、彼女は「ニャー!」と叫びながら全身で喜びを表していました。
……ただ、このスキルには問題がありました。
正確には『猫と会話ができるようになるスキル』ではなく、『猫としか会話ができなくなるスキル』だったのです。
猫人族は人族とともに生活していますので、人間の言葉が話せなくなるのは致命的です。
そのことを知った彼女は「フシャーッ!!」と叫びながら私の顔を引っ掻き続けました。
他の方が取り押さえてくれてなんとか逃げおおせましたが、あれから少し女性に恐怖心を抱くようになりました。
最後は、整った顔立ちに程よく鍛え込まれた身体を持つ、まさに主人公のような男性。
彼は魔物が跋扈するこの世界を憂えており、スキルで困っている人々を救いたい、と素晴らしい考えを持っておりました。
昔、英雄に憧れていた私には彼が眩しく見えたものです。
そして、彼が神から授かったスキルは【全属性魔法】。
基本の四属性魔法である火、水、風、土に加え、希少な治癒魔法、時空間魔法、さらには勇者や魔王にしか使えない光魔法、闇魔法を含む全ての魔法を扱える究極のスキル。
これは神が彼を勇者と定めた証拠であり、正直私は彼に嫉妬しておりました。
しかし、スキルを授かった彼がまずしたことは、忙しさのあまり後回しにしていた私の髪と顔の傷を癒やすことでした。
これが私の夢ですから、と笑いながら。
先程まで嫉妬に狂いそうだった私は、その眩しいほどの笑顔が直視できませんでした。
そして、そのことがきっかけとなり、私は神官を辞めたのです。
……これが私の神官を辞するまでのお話です。
面白くもないお話をお聞きいただき、ありがとうございます。
おかげさまで少し肩の荷が下りたような気がします。
神官なのに神の選択を認めないという罪を、私は背負っていたのでしょうね。
まずはその罪を認めることが必要だったのでしょう。
お話を聞いていただいたお礼に、その飲み物は奢らさせてもらいます。
お代は払っておきますのでゆっくり楽しんでください。
それでは、また機会がありましたら。
……はい? 今は何をしているのか、ですか。
そういえば話していませんでしたね。
恥ずかしながら、今は冒険者をしながら昔の夢を追っております。
つまり、三人目の青年と同様、英雄を目指しています。
いい歳して無茶だと思われるかも知れませんが、やはり夢は諦められないから夢なのです。
それに、その夢は現実になる可能性があるのです。
私が神から授かった【治癒魔法】スキルは、【全属性魔法】に生まれ変わったのですから。