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part07. 悪役令嬢の語り ~公開処刑 ※R15

 ダリアの花が私に似合うと言ったあの人


 綺麗な瞳で優しく微笑んでくれたあの人


 幼い頃、好きだったあの人



 その人から、私は今日、死を宣告される。



 ーーーーー




「ダリア・タンジー。王家への不敬罪で、処刑を言い渡す!」


 やたら耳につく甲高い声が響いて、私は死を宣告される。それを静かな気持ちで聞いていた。


 見上げると王となったピィール様と、王妃となるユリ様がいる。正式な結婚はまだ先だが、ピィール様が王となった時、ユリ様を王妃にすると公言された。

 王妃の椅子にまだ座れないはずのユリ様が当然のようにそこに座り、ピィール様もそれを当然と思っているようだ。


 まるでお芝居を見てるみたい…


 あの椅子に私も座るはずだった。座り心地はどうだろう? ふわふわしているし、きっと良さそうね。


 目の前のことが現実味を帯びて見てなくて、私は余計なことを考えていた。


「ダリア! ダリア・タンジー!」


 現実に戻されたのは甲高い声。ほんと、耳につく。私が聞こえたのが分かったのか、甲高い声の男はこほんと咳払いをして続ける。


「ダリア・タンジーはその身分を考慮して、毒殺とする」



 は?

 身分を考慮って言った?


 人を殺そうってのに?


 なにそれ。


 最後の慈悲ってやつなの?



 毒殺なら苦しまず、関係者以外に死ぬ姿を見られない。位の高い貴族を処刑する時に用いられる。


 だけど、私はそんな中途半端な情けなどいらなかった。そんなものが欲しくて今日の今日まで悪女を演じていたわけではない。


「陛下、お待ちください」

「貴様に、発言を許した覚えはない」

「あら、陛下はお若いのに、お耳が遠いんですか?」

「貴様っ! 打ち首にされたいのか!」


 怒気が響く中、場にそぐわない笑い声が耳に届く。


「くすくす。陛下、よいではありませんか? あの人もおっしゃりたいことがあるんでしょう? 聞いてあげてください」


 鈴を鳴らしたような声で笑うのはユリ様。なぜ、私を援護するようなことを。

 真意を測りかねていると、ピィール様がうっとりと微笑まれてユリ様に言う。


「君は優しいね、ダリア」

「ありがとうございます。では、お聞きになられるのですね?」

「あぁ、いいよ、ダリア」

「嬉しいですわ、ピィール様」


 場所が場所でなかったら、むつごとのように聞こえる二人の会話。それに背筋が凍った。


 今、ダリアって…

 え? どういうこと?


 混乱しているとお父様の呟きが聞こえた。


「ついに狂われたか…」


 狂われた?

 じゃあ、この人は…


「ダリアの名を騙る不届き者。言いたいことはなんだ?」


 ピィール様の声に引き戻される。混乱する頭をふり、私は話し出す。ここまできて、しくじるわけにはいかない。


「陛下、私を公開処刑にしてください」


 そういうと、周囲がざわめき出す。


「公開処刑…だと?」


 ピィール様が眉を顰める。それもそのはずだ。公開処刑は、最も重罪を科した者が行うもの。貴族の者で公開処刑にした者はいない。


「私は、まるで居なかったように、ひっそりと殺されるなんてごめんですわ。大勢の前で堂々と人生の幕引きをさせていただきます」


「陛下にはぜひとも、私の最期を見届けて頂きたいです。私の死がどう民衆の目にうつるのか、ご覧になってください」

「ほぉ…まるで、自分の死が間違っているとでも言いたげだな」

「ええ。間違ってます」


「私の死は、不当なものだと見えるはずです。陛下が、私の死は正当なものだとおっしゃるなら、その目で確かめてください」


 私は背筋を伸ばし、ピィール様を見据えた。


「私が正しいのか、あなた様が正しいのか」


 言い切ると、ピィール様は苛立ちながら立ち上がる。


「世迷い言を! よかろう。貴様を公開処刑にする。執行は三日後だ!」


 そういうと、ピィール様はマントを翻し、出ていかれてしまう。慌ててお付きの者たちがピィール様を追いかける。


 それを見届けて、ふぅと、私はため息をついた。



 パチパチパチパチ



 静かになった部屋で場違いな拍手がおこる。怪訝そうに見ると、一人残っていたユリ様が拍手をしていた。


「見事ですわ、ダリア様」


 にこりと笑う姿はどう見ても不気味だった。それに、見事ってどういうこと? ケンカ売ってます?


「小娘の戯言です。未来の王妃様に誉められることではございませんわ」

「ふふふっ。王妃だなんて…。私はあなた様の代わりに、この場所にいるだけです」


 この人…

 自分が身代わりだって自覚あるのね…

 ピィール様を好きだと言っていたはずなのに…どういうこと?


 思案していると、ユリ様が階段を下りて私の前にたつ。にこりと笑っているけど、なんていうか…目に生気が宿っていない。見ていると、一歩後退りしたくなるような恐ろしさがある。


「ローバーさんには言いましたけど、私は協力者ですわ、ダリア様」

「は?」

「ふふっ、三日後、楽しみにしてますわ」



「ダリア様の死は、さぞ美しいのでしょうね」



 うっとりと見つめる瞳にゾクリとした。思わず一歩、後ずさってしまう。


「そろそろ殿下の元に行きませんと。あの方、きっと苛立ってますわ」


「あぁ、ダリア様、ご存じですか? あの方、苛立つと、とても乱暴になりますの。何時間も何時間も、私の体を貪って、『ダリア、愛してる。愛してる』って言うのですよ」


 それがまるで、至福の一時だとでも言いたいような口ぶりに、私はきつく睨んだ。


「ふふっ。では、ごきげんよう、ダリア様」


 そう言ってユリ様は去って行った。



 な、ななななんなのーー!?

 よくわからないけど、腹がたつ!!

 無性に腹がたつ!!


 ピィール様がユリ様を私だと思っているのも気持ち悪いし、ユリ様がそれを甘んじて受け入れているのも気持ち悪かった。


 気持ち悪くて腹がたつ!

 腹がたつ!

 腹がたつ!


 腹が…


 …………でも、そうなってしまったのは、きっと、私のせいだわ…


 私が悪女を演じたから。

 ピィール様を貶めたから。


 だから、二人を歪ませてしまったのかもしれない…


「これは、報いなのね」


 だからって、今さらどうにかできるわけではない。

 私は静かに死を待つしかできない。


 それしか、できないんだわ。


 急に力が抜けるように感じた。

 予言を受けてから三年。

 悪女を演じる日々は、辛いことも多かったけど、全速力で走った日々だった。


 やることがもうなくなって、あとは待つのみ。


 走っていた足をとめられるという解放感と、やることがない虚無感で、私は何も考えられなくなっていった。



 ーーーーー


 処刑されるまでの三日間のこと、正直言ってよく覚えていないわ。


 たくさんの人が何か言っていた気がする。お父様もお母様も、たくさん泣いて抱き締めてくれてように思う。


 だけど、声をかけられた言葉は右から左へと流れていって私の中にとどまらない。


 …あ、そうだわ。


 アザミが来たときは覚えている。

 確か、処刑される前の日だったはず…



「ダリア!」


 自分の部屋で静かに座っていた時に、突然やってきたアザミ。アザミに椅子ごと抱き締めてられて驚いた。


「バカバカバカバカ!! 本当に処刑なんて、なんてバカな子なんだい!!」

「アザミ…?」

「どうせ、バカなんて誰も言わないんだろうからアタシがいってやるよ! バカバカ!! あああああ! ダリア! ダリアアアア!!」


 人目も憚らず大声で泣くアザミ。

 私をバカだと言ってくれるアザミ。

 アザミの声に静まっていた心が熱くなっていく気がした。


「アタシは絶対にアンタを許さないからね! 」

「うん…」

「死んだって、毎日、お祈りなんてしてやんないよ!」

「うん…」

「処刑される時だって、笑ってやるんだから! バカバカって!」

「うん…」

「あぁ、嘘だよ。嘘だよ、ダリア。アンタが死んだら泣くよ…きっと大声で泣くよ…誰よりも大声で泣くよ」

「うんっ…」

「ダリア…ダリア…っ」


 アザミを強く抱き締め返す。

 ごめんなさい。

 私はバカなの。どうしようもないバカよ。

 みんなの優しさにつけこんで、甘えて、裏切って…自分の願いのために、みんなを哀しませている…


 ごめんなさい。

 許さなくていいから。

 なじってくれていいから。


 ありがとう。

 アザミと過ごした孤児院での日々が私には宝物よ。



 ーーーーー



 アザミと過ごした翌日。

 私は処刑台に立った。


 足まで隠れる長いドレスでよかった。足が震えるのが分からないから。


 近くにピィール様がいた。怪訝そうな顔で見ている。なぜ泣かない…とでも思っているのかしら。


 ピィール様、ピィール様。

 結局、あなたを無茶苦茶にしてしまいましたね。ごめんなさい。ごめんなさい。


 さようなら。


 あなたが好きでした。



 お父様も見える…苦しそうなお顔。

 お父様、親不孝な娘でごめんなさい。

 これからお父様は苦しい戦いに入るのよね。でも、私は信じているわ。


 お父様のお作りになる国は、今よりもずっとずっと素敵になる。


 信じてるわ、お父様。



 処刑台から見ろおろすと、様々な人の顔が見えた。

 怪訝そうな顔、興味津々な顔、悲しそうな顔、怒ってる顔、泣いてる顔。


 みなさん、私をよく見てください。

 私の死に様を焼き付けてください。


 これは、始まり。

 新しい国への一歩なのだから。


 だから、花のように私は散りましょう。



 首をギロチン台にのせる。

 その時、ローバーと目が合った。

 なんとも言えない表情で笑ってしまった。


 ローバー…

 ローバー…


 あなたには嫌な役目を押し付けたわね。

 ごめんなさい。


「あとは頼んだわよ、ローバー」


 そう呟くと、顔に黒い布がかけられる。



 それでは、お先に。


 愛すべきみなさま、ごきげんよう。




 ーーーーーーダンっ!!



 数秒後、私の意識は途絶えた。


 その直前、誰かの叫び声を聞いた気がした。




 ーーーーー




 これでおしまいですわ。

 処刑なんて呆気ないものよ。


 嫌になるくらいにね。


 ふぅ…久しぶりに話したから少々疲れましたわ。あとのことはローバーにお聞きください。


 あとは頼んだわよ、ローバー。



 そう言うとダリアは出ていってしまった。



 まったく…お嬢様はいつもそうです。

 いつも面倒ごとは私に押しつけて…



 感動の再会もないなんて、あんまりですよ…



 っ…。すみません。

 感極まってしまいました。



 話を続けましょうか。


 お嬢様が亡くなった後、国は荒れました。ピィール様は、前国王よりひどく国政にはなんの興味もおもちにもなりませんでした。


 ユリ様と部屋にこもりっていたかと思えば、急に盛大なパーティーをお開きになったり。


 臣下の者達の心は離れていきました。


 そして、クロタ様が書かれた新聞により、国民へも王家の実態が伝わっていったのです。


 さぁ、次はプロメッサ王国の最後をお話しいたしましょう。




【公開中の設定】


□プロメッサ王国


女神の祝福がある地といわれているが、女神を幽閉し、女神の予言の力に頼っている。この物語の舞台。


□女神


プロメッサ王国に幽閉されている。人の未来を予知し、予言として伝えることができる。その予言は外れない。


□タンジー公爵家


代々、国政にかかわってきたプロメッサ王国の二大貴族の一つ。


ーCAST


◆ダリア・タンジー


タンジー公爵家の令嬢。「この先、悪に身を落とし、18歳の年、婚約者に死を宣告されるだろう」と女神から予言を受け、悪役令嬢となるが、最初の頃はうまくいかず、ピィールにやりこめられていた。一年間のうちに自作の悪女語録を元に夜な夜な悪女の演技を磨き、ユリの応援もあって立派な悪女となる。本当は孤児院の手伝いをしたりする心優しい女性。孤児院の手伝いの時は身分を隠すため、赤毛に赤い眼鏡をかけて変装していた。ピィール王子と婚約中だが、王子がユリに心を移していくため不仲となる。食べることが好き。令嬢でなかったら、先生になりたいという夢を持っていた。

自ら公開処刑を望み、最期は民衆の前で人生を終える。


◆ローバー


タンジー公爵家の執事。物語の語り手。飄々としているが、誰よりもダリアの気持ちを大事にして仕えている。また、「神殺し」の予言を受けており、ダリアと同じく運命に従おうとする。

ダリアに執事としてはあらぬ思いを抱いており、絶対の服従を誓いつつ、生きて逃げてほしいと願っている。


◆ピィール


プロメッサ国の王子。ダリアの婚約者。

ダリアより一つ年下。

ダリアが悪役令嬢になりたての頃は、彼女の心が離れたことに苦悩していた。

後に同じ年で庇護欲をそそるユリが現れ、ダリアと婚約中でありながらも心惹かれてしまう…と、みせかけて本当はダリアに嫉妬してほしかったために、あえてユリと仲良くしていた。しかし、ダリアが結婚を拒否したことにより、心が壊れ、ユリをダリアだと思い込み、妻にする。自身も王となり、ダリアに死を宣告する。


◆ユリ・ポムグラネイト


ポムグラネイト男爵令嬢。ピィールと同じ年齢。この国には珍しい長く白い髪に金色の瞳、透き通るような白い肌をしている。奥ゆかしい性格とみせかけて、本物の悪女。ピィールが好きだとダリアに言い、ダリアの悪女を応援するという。しかし、ローバーには、「私は協力者。自分も運命に従っている」と何かを知っているような発言もしている。後にピィールが自分をダリアと勘違いして愛してるいるにも関わらず、それをむしろ好み受け入れている。後に、王妃となる。


◆アザミ


ダリアの孤児院の生活をまとめるシスター。ダリアの親友。ダリアの予言を知る人物。気心が知れた相手にはものすごく口が悪くなる。ダリアが悪役令嬢をすることに反対し「生きろ」と、説得する。ダリアの処刑前夜に駆けつけ、バカと言って号泣した。


◆クロタ


新聞記者。アザミの古い友人で、よく孤児院にも顔を出している。国嫌い。国へのネガティブキャンペーンをはるため、ダリアから情報を受け取っている。飄々した性格でダリアのことをお嬢ちゃんと呼ぶ。ジャガイモパンケーキが好物。


◆タンジー公爵


ダリアの父親。『新たな国を作るただろう。ただし、愛する子供は死ぬことになる』との予言を受けている。娘の覚悟を受け、自身の運命を進もうとしている。また、食と民を愛す「グルメ公爵」の異名をもつ面もあり、よく城下町に出没。しかも正装でくるので、有名人。


◆タンジー公爵婦人


ダリアの母親。娘の予言を聞いて倒れるが、強い一面ももつ。


◆タンジー公爵家の門番


タンジー公爵婦人が倒れた時に、いち早くローバーに伝えた。




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