part06. 王子の独白 ~婚約破棄 ※R15
今でも夢を見る。
幼い頃の夢だ。
『ピィール様、ほら綺麗な花が咲いてますわ』
『本当だ。あ、これは、ダリアだよ』
『え? 私ですか?』
『ふふっ。お花の名前がダリアっていうんだよ』
『まぁ、こんなキレイな花と名前が一緒なんて…嬉しいです』
『ねぇ、知ってる? ダリアの花言葉は、気品、感謝。それに、あふれる喜び』
『ダリアにぴったりの花だね』
『まぁ、嬉しいです。ピィール様』
そういったら君は微笑んだね。花のように。
ねぇ、ダリア。
あの頃の君はどこへいってしまったの?
ダリアの花には、違う花言葉が隠されている。
移り気、そして裏切り。
君はあの頃とは違うダリアの花になった。
ねぇ、ダリア。
僕の、ダリア。
違う意味で咲くのならば…
僕が君を手折ってしまっても構わないよね?
ーーーーー
ローバーさんがいなくなると、僕はダリアを見つめた。ダリアは足を組んで、お茶を飲んでいる。目が合うと微笑まれた。その美しさにゾクリとする。
ダリアは大人になってから美しくなった。豊かな黒髪に、凛とした目。指先まで気品のあるしぐさ。男を魅了する全てを持つ女性になった。
だけど、大人になって、ダリアは変わってしまった。
よそよそしい態度、僕を戸惑いがちにみる瞳。それでも、大人なったばかりの頃は、昔のダリアの面影が見えていた。
なのに…
半年前ぐらいだろうか。
ダリアは変わった。
僕を見る目付きは、嫌悪、蔑み、怒り。
僕への態度は氷のように冷たい。
嫌われた。
僕はダリアに嫌われた。
なぜ? どうして?
戸惑い、ダリアで満たせぬ思いをユリで埋めた。
ユリは昔のダリアのようだった。
花のような笑顔。僕を慕う無邪気な瞳。
ユリを見ていると昔のダリアと話しているようだった。
ユリ自身を見ていたわけではない。身代わりでも何でもよかった。ユリを通じて、昔のダリアの面影にすがった。
そうしないと堪えられなかった。
ダリアに嫌われたなんて、僕には堪えられなかった。
僕の弱い気持ちをユリは気づいていた。
気づいて、許してくれた。
『ピィール様、覚えておいてください』
『ピィール様が、たとえダリア様をずっとずっと…一生、思っていても、私はピィール様が好きです。ずっと、ずっと好きです』
泣きながら言う彼女。僕は、いかに彼女を傷つけていたか分かった。分かったから、自分の気持ちに決着をつけなければと思ったのだ。
ダリアに会おう。
もう一度、話そう。
そう思って僕はここにいる。
「本当のことを教えてほしい。ダリア、君は僕が嫌いかい?」
ダリアが驚いて瞬きをする。しかし、それも一瞬で、華麗に笑って、足を組み直す。ナイトドレスに隠されて脚が見え、そのなまめかしさに、ごくりと、喉を鳴らす。
「そうだと言ったら、どうなさいますの? 婚約破棄でもなさいますか?」
余裕で婚約破棄などという彼女にカッとなる。椅子から立ち上がり、彼女の前にたつ。見下ろす形で彼女を見つめる。
「そうだ。君とは婚約を破棄する。それだけではない。王族を貶めた罪として、不敬罪に処する」
彼女から笑みが消えた。瞳が揺らいでいる。それが愉快でたまらない。
「ねぇ、ダリア。君の命など、僕一つの命令でどうにでもなるんだよ」
今度は僕が笑う番だ。
「来月、僕はこの国の王となる。僕に意見できるものなどいない。たとえ、君のお父上でもね…」
ダリアがきつく睨んでくる。僕だけを見つめる瞳に、幸福感を覚える。
僕はそっとダリアに耳打ちした。甘く甘く恋人にささやくように。
「泣いて、すがりなよ、ダリア。許してほしいと言えば、王妃の座だけはあげる」
他には何もあげない。
君の大好きな両親も、君と片時も離れないあの忌々しい執事も。
僕の愛情も。
王宮に幽閉し、世継ぎを作るためだけの僕専用の可愛い娼婦にしてあげる。
子供が産まれても、決して会わせない。
君が瞳に写していいのは、この僕だけ。
ずっとずっと、一生、囲ってあげる。
そして、深い後悔に落ちればいい。
馬鹿なことをしたと。
許してほしいと、泣いて僕にすがればいい。
そうしなよ、ダリア。
だって、死にたくはないでしょ?
「ふっ、あはははははは!」
僕の愉悦感は、彼女の高笑いによってかき消された。気でも触れたか?
「王妃? そんなものいりませんわ」
なんだって? 信じられない思いでダリアを見つめる。彼女はまた華麗に笑い、頬杖をついた。
「私が欲しいのはたった一つ…それは、あなた様では決して叶えられませんのよ」
驚き固まっている僕をダリアはつまらなさそうに見つめ、ふぅとため息をつく。
「お話しは以上ですか? では、お帰りください。婚約破棄したいのであれば、それで結構です。ご自由に」
そう言って彼女は立ち上がった。そして扉の方へ向かおうとする。
これでおしまい?
本当に? これでーーー
ーーガタンっ!
気がつくとダリアの手首をとり、壁に縫い付けるように押さえつけていた。
「僕と結婚するのは、死んでも嫌だと言いたいのか」
ギリギリと彼女の手首を掴んだ手に力が籠る。彼女は少し眉をひそめたが、笑顔は消さない。
「ええ。あなた様と結ばれるなど、死んでも嫌ですわ」
カッとなって、我を忘れた。その唇を奪い、深く入り込む。その柔らかい感触にめまいがした。
ダリアが憎い憎い憎い憎いーー愛しい…
ガリッ
「っ!」
舌に痛みを感じて唇を放す。口に血の味が広がる。肩で息をしている彼女を見ると、その唇は鮮血が付いていた。
「抵抗しても無駄だよ。力では僕にかなわない」
そう言ってまた近づく。
このまま彼女を纏うものを全て剥ぎ取りたい。彼女の奥の奥まで入り込んで欲望を放ってしまいたい。
そうすれば、僕の飢えは満たされるのだろうか…
「およしなさい、未来の皇帝陛下」
ダリアの言葉にビクリと止まる。
「捨てる女を抱いても意味がありませんよ。 あなたの経歴に傷がつくだけ。これから陛下になるというのに、醜聞で騒がれたいのですか?」
まるで、僕に抱かれることなど、そこいらにある石ころと同じ。どうでもよいことだと言っているようだった。
もう、僕のダリアはいない。
どこにもいない。
じゃあ、ここにいるのは誰?
誰?
ダレ?
ダ………………
………………………………………………………
ふふっ
あはははははははは!
そうか、ダリアはいないんだ。
ここにいるのはダリアの皮を被った悪女。
気づかなくてごめんね、ダリア。
でも、安心して。
君の偽物など、すぐに葬ってあげるから。
手を離して悪女を見る。
「君に死を宣告する。それが、僕が王となって初めてやる仕事だ」
その言葉に悪女は優雅にお辞儀をした。
「謹んでお受けしますわ、皇帝陛下」
その言葉を忌々しく聞きながら、僕は屋敷を出た。
ーーーーー
王宮に戻ると女が立っていた。白く長い髪をした女は僕を見ると、深くお辞儀をした。
「お帰りなさいませ、ピィール様」
頬を染め、花のように笑う彼女。
あぁ、ここにいたんだね、僕のダリア。
「ただいま、ダリア」
そういうと、彼女は驚いて瞬きをする。僕はゆっくりと近づき、ダリアの手をとってキスをした。そして、微笑んだ。
あぁ、やっとこの言葉を君に言える。
「僕は王になる。だから、僕の妻になってほしい」
愛してるよ、ダリア。
誰よりも、誰よりも。
君だけに永遠の愛を誓うよ。
「謹んでお受けしますわ、皇帝陛下」
そう言って彼女は花のように笑った。
ーーーーーー
これで僕の話は終わりだよ。
ピィールが静かに息をはく。
愚かな男だとあなたは思ったかい?
そうだよ、僕は愚か者だ。
ダリアの裏切りで僕は心を壊した。
壊れて、壊れて、壊れて、僕はぬけがらになった。
だけど、どうすればよかったというんだろう。
ダリアを受け入れ、彼女の願いというものを聞いてやればよかったのかい?
裏切られたというのに、許せというかい?
はっ。そんなの綺麗事だ。
相手を思い、身を引くなんて、まやかしだ。
僕はダリアを本気で愛していた。
だから、壊れた。
そのことに悔いはないよ。
そう言うと、ピィールは立ち上がり、扉をしめて出ていった。
ーバタン
ーコンコン
しばらくして扉がノックされる。失礼しますと言って入ってきたのはローバーだった。
おや? ピィール様は出ていってかれてしまったのですね。
せっかく、最高のロイヤルミルクティを淹れてきたというのに。残念です。
では、どうぞ。熱いうちに。
さて、一息ついたところで、次の話をしましょう。
次は…そうですか。いよいよ、お嬢様の最期を話す時ですね。辛いですが、お嬢様をお話しするのに避けては通れません。
だから、お話しーーー
控えなさい、ローバー。
凛とした声が部屋に響く。その声の主を見ると、ダリア・タンジーその人だった。ダリアは空いている椅子に座り、あなたの方を向く。
私の最期は私自身でお話しいたしますわ。
彼女はそう言うと優雅に微笑んだ。
【公開中の設定】
□プロメッサ王国
女神の祝福がある地といわれているが、女神を幽閉し、女神の予言の力に頼っている。この物語の舞台。
□女神
プロメッサ王国に幽閉されている。人の未来を予知し、予言として伝えることができる。その予言は外れない。
□タンジー公爵家
代々、国政にかかわってきたプロメッサ王国の二大貴族の一つ。
ーCAST
◆ダリア・タンジー
タンジー公爵家の令嬢。「この先、悪に身を落とし、18歳の年、婚約者に死を宣告されるだろう」と女神から予言を受け、悪役令嬢となるが、最初の頃はうまくいかず、ピィールにやりこめられていた。一年間のうちに自作の悪女語録を元に夜な夜な悪女の演技を磨き、ユリの応援もあって立派な悪女となる。本当は孤児院の手伝いをしたりする心優しい女性。孤児院の手伝いの時は身分を隠すため、赤毛に赤い眼鏡をかけて変装していた。ピィール王子と婚約中だが、王子がユリに心を移していくため不仲となる。食べることが好き。令嬢でなかったら、先生になりたいという夢を持っていた。
◆ローバー
タンジー公爵家の執事。物語の語り手。飄々としているが、誰よりもダリアの気持ちを大事にして仕えている。また、「神殺し」の予言を受けており、ダリアと同じく運命に従おうとする。
ダリアに執事としてはあらぬ思いを抱いており、絶対の服従を誓いつつ、生きて逃げてほしいと願っている。
◆ピィール
プロメッサ国の王子。ダリアの婚約者。
ダリアより一つ年下。
ダリアが悪役令嬢になりたての頃は、彼女の心が離れたことに苦悩していた。
後に同じ年で庇護欲をそそるユリが現れ、ダリアと婚約中でありながらも心惹かれてしまう…と、みせかけて本当はダリアに嫉妬してほしかったために、あえてユリと仲良くしていた。しかし、ダリアが結婚を拒否したことにより、心が壊れ、ユリをダリアだと思い込み、妻にする。自身も王となり、ダリアに死を宣告する。
◆ユリ・ポムグラネイト
ポムグラネイト男爵令嬢。ピィールと同じ年齢。この国には珍しい長く白い髪に金色の瞳、透き通るような白い肌をしている。奥ゆかしい性格とみせかけて、本物の悪女。ピィールが好きだとダリアに言い、ダリアの悪女を応援するという。しかし、ローバーには、「私は協力者。自分も運命に従っている」と何かを知っているような発言もしている。
◆アザミ
ダリアの孤児院の生活をまとめるシスター。ダリアの親友。ダリアの予言を知る人物。気心が知れた相手にはものすごく口が悪くなる。ダリアが悪役令嬢をすることに反対し「生きろ」と、説得する。
◆クロタ
新聞記者。アザミの古い友人で、よく孤児院にも顔を出している。国嫌い。国へのネガティブキャンペーンをはるため、ダリアから情報を受け取っている。飄々した性格でダリアのことをお嬢ちゃんと呼ぶ。ジャガイモパンケーキが好物。
◆タンジー公爵
ダリアの父親。『新たな国を作るただろう。ただし、愛する子供は死ぬことになる』との予言を受けている。娘の覚悟を受け、自身の運命を進もうとしている。
また、食と民を愛す「グルメ公爵」の異名をもつ面もあり、よく城下町に出没。しかも正装でくるので、有名人。
◆タンジー公爵婦人
ダリアの母親。娘の予言を聞いて倒れるが、強い一面ももつ。
◆タンジー公爵家の門番
タンジー公爵婦人が倒れた時に、いち早くローバーに伝えた。




