part05. 執事の語り5 ~二人の協力者
すっかり夜が明けてしまいましたね。
こうして朝日を見ていると、お嬢様と悪役令嬢として演技の訓練を思い出します。お嬢様が作られた悪女語録をもとに振る舞いや目つきの悪さまで二人で研究したものです。懐かしい…
感傷に浸ってしまいました。気を取り直して、続きをお話しましょう。
お嬢様の親友とも呼べるシスター・アザミと、新聞記者のクロタ様のお話を。
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ピィール様からのお誘いが日に日に減ったお嬢様はこれ幸いと孤児院のお手伝いに精をだされます。
ただ、お嬢様のお顔は広く知られています。孤児院に肩入れしていると分かればお嬢様と孤児院の双方にやっかみを受けてしまうため、変装され、名前も変えていました。
赤毛のウィッグをつけて髪色を変え、赤い眼鏡をつけております。そして、名前はボタンとしていました。
お嬢様が足を運ぶ孤児院は、プロメッサ国一の広さを誇り、赤子から14歳までの子供を26人が生活しております。
院長の神父様をはじめ、生活の全ての任されているのが、シスター・アザミです。
この人はとても良い方なのですが、心を許した相手にはとんでもなく口が悪くなるという困った一面もありました。
「はぁ? まだ、悪役令嬢なんかやってんの?」
「まだとは失礼ね。私は順調に悪役令嬢になっているわよ」
「呆れた…そんな無駄なことして時間を潰すなんて、どうかしてる。あ、そこのジャガイモとって」
「はい、ジャガイモ。 無駄なんてことないわ。私は決めたもの。悪役令嬢になってみせるって」
シスター・アザミは、お嬢様の予言を知る人物です。本来なら隠すはずだったのですが、お嬢様以上の地獄耳を持つ彼女はお嬢様の様子がおかしいことをすぐに聞きつけ、懺悔部屋で何時間も、ねちねちねちねちねちねちねちねち問い詰めたのです。
根負けした私達は、シスター・アザミに全てを話したのでした。
あ、ちなみにお二人は今、お昼のジャガイモ入りパンケーキを作っている最中です。
「アタシは悪役令嬢を友達にもった覚えはないよ。次は、卵割って」
「それはそうだけど…私は、自分の運命を受け入れる覚悟はしたの。だから、アザミもわかって?」
「いいや、絶対わからないね!」
ジャガイモの皮をむいていたシスター・アザミが叫び、包丁を持ったままお嬢様に詰め寄ります。危ない。包丁の先がお嬢様の鼻まで、あと数センチ足らずです。
「シスター・アザミ、包丁を下げて下さい。お嬢様の顔に傷がつきます」
「アンタは黙ってな。へっぽこ執事!」
へっぽこ…初めて言われました。私が少しショックを受けている間にも、シスター・アザミはまくし立てます。
「アタシはね、子供たちに毎日、毎日言っていることがあんの! それは、命を大事にしなさいってこと!」
「食事の時は、食べ物に感謝して頂きなさいって口酸っぱく言ってる。親がいないことを、決してひがむなって言ってんの! 生きていることに感謝して、精一杯、生きなさいって! それなのに!」
いつの間にか、シスター・アザミの手は震え、目には大粒の涙が溢れていました。
「親友のアンタが命を捨てようなんて…! こんなバカなことないよ…」
涙を拭くこともせず、ジャガイモの皮をまたむき始める。お嬢様は、困ったように微笑みました。
「ごめんなさい。ありがとう、アザミ」
「お礼なんてほしくないね。アタシはアンタが泣かないから、代わりに泣いてんだよ…」
「そうね…ありがとう、アザミ」
「お礼はいらない。アタシは、絶対諦めないよ。アンタに『生きろ!』って言い続けるからね!」
「うん。ありがとう…」
「大馬鹿野郎なんだから…ほら、卵のカラは捨てないんだよ。もったいない。砕いて、肥料にするんだからね」
「わかってるわ」
この時、私はシスター・アザミを羨ましく感じておりました。堂々と、ハッキリとお嬢様に「生きろ」という彼女に。
お嬢様が覚悟を決めたその時から、誰もお嬢様をとめません。それはそれで、お嬢様のご意志に沿っていたでしょう。
ですが…大事な人なら、失いたくない人なら、どんなに本人が望んでいなくても、「生きろ」と言うべきなのです。
私も声を上げて「生きてください」と言い続けるべきだったのです。
…詮のないことを申しました。すみません。
さて、話を続けましょう。
ーーーーー
お嬢様とシスター・アザミがジャガイモパンケーキを焼き終わった後、ひょっこり現れた人物がおりました。
シスター・アザミの古い友人で、新聞記者のクロタ様です。
クロタ様はそろりそろりと、お二人に見えない背後から近づいていきます。そういえば、このジャガイモパンケーキはクロタ様の大好物でした。
「あっ! クロタ!」
シスター・アザミが気づきましたが、時すでに遅し。素早い動きでクロタ様はパンケーキを盗み、口に入れてしまいます。
「こら! 食べるんだったら金を払いな!」
「昔のよしみで、ツケにしてくれよ~」
「ツケにして、払ったことないじゃないか!」
「あはは。それもそうだ。じゃあ、もう1つ頂きます」
「こら! あっ、逃げるな! ダリア追いかけて!」
「はーい」
「そこのへっぽこ執事も!」
「かしこまりました」
もう1つパンケーキを盗んで逃げ去るクロタ様をお嬢様と二人で追いかけます。この光景もいつものことなので、私達も慣れたものです。クロタ様はいつもの場所ーー孤児院の裏手の花壇にいらっしゃいました。
「パンケーキ食べたいからくださいって言えばいいのに」
「ははっ。いーんだよ、あれで。なんか神妙な話、してただろ? あれでアザミも気が紛れただろ」
ということは、クロタ様はお嬢様とシスター・アザミの会話を聞いていたというこでしょうか? 隠れ上手な私でも気づけませんでした。
「聞いてたのね」
「まぁな」
クロタ様もシスター・アザミと同じくお嬢様の事情を知る方です。事情を知ったアザミ様が「新聞記者に国政の最悪さを記事に書いてもらえばいい。後々、力になるから」と、クロタ様を巻き込むことを提案されてきました。
我々の最終的な目標は、王家を廃し、新しい国を作ること。そのためには民衆が新しい国を作りたい思わなければなりません。
新聞は民衆に広まりやすいものです。クロタ様を介して、王家の実態を広めてもらっている最中です。ただし、あくまで噂程度に今はおさめる必要があります。
大々的にやっては、クロタ様が不敬罪で捕まってしまうからです。時がくれば、一気に王家の実態を暴く。その手はずです。
「悪役令嬢役は順調なんだな、お嬢ちゃん」
「えぇ、順調にピィール様には嫌われているわ。ユリ様へのアピールにも日に日に増してるわよ。それに今度、ピィール様が主催で夜会を開くみたい」
「ほぉ~」
「招待状だけが届いたわ。たぶん、ユリ様をエスコートする気なんじゃないかしら」
「ほぉ~、馬鹿王子もついにそこまできたか。その夜会で愛しのユリ様を他の人にアピールって魂胆かな?」
「恐らくはね。…前なら、夜会のお誘いがあれば、ピィール様が直々に来て招待状を渡してくださったの。『エスコートしますから』って言ってくださったわ…」
少し暗くなったお嬢様にクロタ様がぽんぽんと頭を撫でる。
「そうなったのは、お嬢ちゃんの演技が上手すぎるせいだ。それに王子が馬鹿だからだ。お嬢ちゃんのせいじゃないさ」
クロタ様の言葉にお嬢様は微笑まれた。
「まぁ、そうは言っても、俺もアザミと同じ意見だけどな」
「?」
「俺はこの国が嫌いだ。馬鹿しかいない王家がだいっ嫌いだ。いっそのこと本当に滅んじまえって思ってる」
「クロタ!」
お嬢様は周りを気にした後で、しーと静かにするようにとジェスチャーする。それをクロタ様は「誰もいないから大丈夫だ」と笑って流す。
「国は滅んじまえとは思うけどな、そうするために、小さな女の子の命を犠牲にすればいい、とは思わない」
「クロタ…」
「国を変えたきゃ、みんなでやればいい。お嬢ちゃん一人が背負い込むことはない」
「………」
「いっそ、どこかに逃げちまえば?誰もお嬢ちゃんを知らない国に行って、新しい人生を送ればいいだろ」
クロタ様の言葉に驚きました。それは、私がお嬢様にどうしても言えなかったことですから。
「あなたが何を言うと、私の意志は変わらないわ」
お嬢様が淡々と告げると、クロタ様は頭をボリボリかきました。
「だぁ~! 石頭だな! 運命とは別に、お嬢ちゃんだって、やりたかったことがあんじゃねぇのか? それこそ、公爵令嬢じゃなかったやりたかったこととかさ!」
「公爵令嬢じゃなかったら…」
その言葉にお嬢様は考え込みました。そしてポツリと言ったのです。
「先生になってみたかったわ」
「子供たちに囲まれて、子供の今と未来のことを一緒に考えるの。未来は無限の可能性があるんだって教えたいわ」
輝く瞳で答えるお嬢様。知りませんでした…。お嬢様がこのような夢を持っていたなんて。
「いいじゃねぇか、先生。煩わしいことから逃げて、先生になるのもありだぜ?」
「そうね。でも、意味のないことよ。いまのところ私にはね」
お嬢様が微笑む。柔らかい微笑みに相反した強い瞳。揺るがない意思を宿した瞳。
その瞳で見られたクロタ様は大きくため息をつかれた。そして、乱暴にお嬢様の頭を撫でぐり回しました。
お嬢様が先生になる。そんな夢みたいなことが本当になればーーー
私はお嬢様が自由になる道を後押ししたくてたまらなくなりました。シスター・アザミとクロタ様の「生きろ」のメッセージに強く後押しされたからかもしれません。
ついに私は思いを告げてしまいます。
あの時、お嬢様に従い、私の全てを捧げようと誓ったにも関わらず。
ーーーーー
私の思いは帰りの馬車の中で爆発します。
「お嬢様、先生になりたかったのですね?」
「あぁ…クロタに言ったことね。そうね…そんな人生もいいなと思っていた時期があったというだけよ」
「ですがお嬢様…」
お嬢様を真剣な目で見つめる。ただならぬ雰囲気にお嬢様の眉間にシワがよります。
「本気で考えても宜しいのではないでしょうか?」
「…ローバー」
「シスター・アザミやクロタ様の言うとおり、逃亡されて、幸せになるのも!」
「っ…ローバー!」
「だってお嬢様、おかしいじゃないですか! あなた様はまだ17歳ですよ。まだまだこれからじゃないですか。あなた様にだって、無限の未来があっても!」
「ローバー!!」
そこまで言ってお嬢様を見た。お怒りになられている。そして、とても傷ついた顔をされている…
「控えなさい、ローバー」
凛とした声が馬車に響く。
「私は悪になると決めた。決めたからには徹底的に演じきるわ。私の人生の舞台をね」
「それで処刑されるならそれで結構。私らしく散るまでよ」
「私の人生だもの。人から何を言われようと、恥じないわ。私は誇り高き、タンジー家の娘、ダリアよ」
言い切ったお嬢様は美しかった。燃えるような赤いダリアの花のように。
「あなたは私の最期を見届ける義務があるわ。ローバー…いえ、神殺し」
「っ!」
「あなただけは裏切らないで」
「っ…」
「私を裏切らないで、最期まで見届けて…」
お嬢様の肩は震えていた。その思いが私の胸を刺す。私は愚かだ。お嬢様の思いを踏みにじった。
泣くのを我慢して、ギリギリのところで進み続けるお嬢様。どれほど怖いか、どれほど逃げ出したいか…
「申し訳ありません、お嬢様。二度と、二度とお嬢様の思いを裏切りません…」
深く礼をして再度、誓う。
「このローバー、全てを持って、お嬢様の願いを叶えてみせます」
お嬢様は答えなかった。ただ、美しく笑っておられた。その笑顔はまさに悪女。
この日、お嬢様は、本物の悪女となったのです。
ーーーーーー
悪女の仮面を完璧に被るようになったお嬢様は、その後もユリ様を苛め、ピィール様を嫌悪感を抱かせ続けました。
そして、お嬢様の18歳の誕生日まで、あと1ヶ月という時です。
夜遅く、屋敷に突然、ピィール様がいらっしゃったのです。
「ダリアと話がしたい」
そう告げたピィール様、。ここ一年でずいぶん痩せて、人相さえ変わっていらっしゃいます。あの輝くばかりの笑顔も優しい眼差しもありません。
その瞳にうつすのは深淵。
覗きこめば、負の感情にこちらが呑み込まれそうな恐ろしさがありました。
「少々、お待ち下さい」
私はお嬢様の元に向かいます。ピィール様が来ましたと伝えると、お嬢様は一瞬、驚いた後、すぐに立ち上がりました。
「こんな夜更けになんの後用事でしょうか?」
「ダリア…君と話がしたい」
「あらまぁ、私がお話し相手で宜しいんですか? ユリ様と間違えていらっしゃりませんか?」
「茶化さないでくれ…」
いつもと雰囲気が違うピィール様にお嬢様も笑うのをやめます。
「君と話したいんだ。二人きりで。ローバーさんにもご遠慮してほしい」
私めも? ちらりと、お嬢様を見ると、小さく頷かれた。
「かしこまりました。では、お茶を用意いたしましょう」
「いや、お茶はいい」
「そういう訳にはまいりません。皇太子殿下がいらっしゃっているのですから。最高のロイヤルミルクティを煎れてまいります。それに…今夜は冷えますから」
にっこりと微笑むとピィール様は「わかった」と言いました。そして、私はお茶を用意し、客間の扉をしめました。
ピィール様の普通ではない様子に胸騒ぎがします。しかし、私には何もできません。二人の会話も聞こえてきません。
だから、控えの間で待つことにいたしました。お嬢様を信じて。
ーーーーー
客間で、お二人は重要なことをお話しになったようです。でも、私は知りませんので、知っている方にお話ししていただきましょう。
それでは、私は退席させていただきます。
ーバタン
ローバーが部屋の扉をしめる。
ーコンコンコン
しばらくした後、誰かがノックをして入ってきた。
「あなたですか? ダリアのことを知りたいって人は…」
そこにいたのは、ダリアの婚約者ピィールだった。
【公開中の設定】
□プロメッサ王国
女神の祝福がある地といわれているが、女神を幽閉し、女神の予言の力に頼っている。この物語の舞台。
□女神
プロメッサ王国に幽閉されている。人の未来を予知し、予言として伝えることができる。その予言は外れない。
□タンジー公爵家
代々、国政にかかわってきたプロメッサ王国の二大貴族の一つ。
ーCAST
◆ダリア・タンジー
タンジー公爵家の令嬢。「この先、悪に身を落とし、18歳の年、婚約者に死を宣告されるだろう」と女神から予言を受け、悪役令嬢となるが、最初の頃はうまくいかず、ピィールにやりこめられていた。一年間のうちに自作の悪女語録を元に夜な夜な悪女の演技を磨き、ユリの応援もあって立派な悪女となる。本当は孤児院の手伝いをしたりする心優しい女性。ピィール王子と婚約中だが、王子がユリに心を移していくため不仲となる。食べることが好き。令嬢でなかったら、先生になりたいという夢を持っていた。
◆ローバー
タンジー公爵家の執事。物語の語り手。飄々としているが、誰よりもダリアの気持ちを大事にして仕えている。また、「神殺し」の予言を受けており、ダリアと同じく運命に従おうとする。
ダリアに執事としてはあらぬ思いを抱いており、絶対の服従を誓いつつ、生きて逃げてほしいと願っている。
◆ピィール
プロメッサ国の王子。ダリアの婚約者。
ダリアより一つ年下。
ダリアが悪役令嬢になりたての頃は、彼女の心が離れたことに苦悩していた。
後に同じ年で庇護欲をそそるユリが現れ、ダリアと婚約中でありながらも心惹かれてしまう…と、みせかけて本当はダリアに嫉妬してほしかったために、あえてユリと仲良くしていた。
◆ユリ・ポムグラネイト
ポムグラネイト男爵令嬢。ピィールと同じ年齢。この国には珍しい長く白い髪に金色の瞳、透き通るような白い肌をしている。奥ゆかしい性格とみせかけて、本物の悪女。ピィールが好きだとダリアに言い、ダリアの悪女を応援するという。しかし、ローバーには、「私は協力者。自分も運命に従っている」と何かを知っているような発言もしている。
◆アザミ
ダリアの孤児院の生活をまとめるシスター。ダリアの親友。ダリアの予言を知る人物。気心が知れた相手にはものすごく口が悪くなる。ダリアが悪役令嬢をすることに反対し「生きろ」と、説得する。
◆クロタ
新聞記者。アザミの古い友人で、よく孤児院にも顔を出している。国嫌い。国へのネガティブキャンペーンをはるため、ダリアから情報を受け取っている。飄々した性格でダリアのことをお嬢ちゃんと呼ぶ。ジャガイモパンケーキが好物。
◆タンジー公爵
ダリアの父親。『新たな国を作るただろう。ただし、愛する子供は死ぬことになる』との予言を受けている。娘の覚悟を受け、自身の運命を進もうとしている。
また、食と民を愛す「グルメ公爵」の異名をもつ面もあり、よく城下町に出没。しかも正装でくるので、有名人。
◆タンジー公爵婦人
ダリアの母親。娘の予言を聞いて倒れるが、強い一面ももつ。
◆タンジー公爵家の門番
タンジー公爵婦人が倒れた時に、いち早くローバーに伝えた。




