part03. 執事の語り3 ~苦悩する悪女
そろそろティータイムの時間ですね。お茶を用意しますので、そのままお掛けになってお待ち下さい。
お嬢様の好きだったミルクティを淹れますから。え? やっぱり要らないですか?まぁ、そうおっしゃらずに。
お嬢様のことを話すのに、これほどふさわしいお茶はございません。お茶菓子はないですけど。
それに、あまり物々しい雰囲気でお嬢様のお話をきかせたくないのですよ。
だって、そうしたら不幸に聞こえてしまうでしょう?
お嬢様は、運命に翻弄されましたが、けっして不幸ではありませんでした。
だから、あなたにもリラックスして聞いてほしいのです。
さあ、お茶が入りましたよ。
熱いうちにどうぞ。
うん。いい香りだ。
さて、続きをお話しましょう。
次は……そうそう。新米悪女のお嬢様とユリ様との出会いですね。
ーーーーー
「問題は、どうやってピィール様に嫌われるかよね…」
悪女の見本にすべく本を読み終えたお嬢様が、ふとこぼれされた。
「確かにそうですね。私がいうのもなんですが、ピィール様はお嬢様をお慕いしているように感じます」
「それは私も感じている…ピィール様は優しくて誠実な方よ…子供の頃から知っているし、私の性格もよくご存知よ。ちょっとや、そっとじゃお怒りにならないわ」
またもふぅとため息をつくお嬢様にティーカップ差し出す。辺りにいい香りが立ち込める。
「お嬢様、お茶にしましょう。ミルクティを淹れましたよ」
「ありがとう。……うーん、いい香り」
「それはよう御座いました」
「お嬢様、僭越ながら私めが一つ、助言をいたしましょう」
「お願いするわ」
「好きな女性を嫌いになるとしたら、それは女性からの裏切りだと思います」
「裏切り…」
「しかも最も非道なのが、二股です」
「好き、愛してると囁きながらも、影では違う男に愛を囁く。どっちつかずな態度をとり、最後に男を捨て去る。高笑いとともに! これぞ、まさに悪女です!」
私が力説すると、お嬢様が椅子から勢いよく立ち上がる。
「それよ! ローバー!あなたは天才だわ!」
「ありがとうございます」
「じゃあ、早速、他の男の影をちらつかせなければ」
「では、ピィール様以外の方も意識されればよろしいかと」
「他の人…」
「そうです。お嬢様、失礼ですが、お嬢様はピィール様以外の男性をご存知ありませんね」
「それは、そうだけど…」
お嬢様が赤くなりもごもごと口ごもる。令嬢として貞操教育をされてきたお嬢様。特にタンジー家は愛人を持つ家柄ではなく、夫となる人は生涯一人の女性を愛し抜くーーというのが、家訓でもある。そのような家柄で育ち、ご両親を見てきたお嬢様は、幼少期に決まった婚約者のピィール様以外、見向きもされなかった。
「ピィール様しか男性と知らず、それでよしとなるのはお家柄上、仕方のないことです。しかし、今回はそれではダメなのです。お嬢様には、他の男性にも目を向けていただかないと」
「そ、そうね…嘘をついても、ピィール様にはバレてしまうわよね」
「そうです。全ては悪女になるためです」
「そうね! 私、頑張るわ! 絶対、浮気者になってみせる!」
拳を高々と上げ、宣言するお嬢様。その立派な姿に私は拍手した。
悪女になるためと言い訳をしましたが、私にはもう一つ、思惑がありました。
生きていたいと思うほど、愛する人が見つかればいい。
ピィール様では、お嬢様が生に執着する理由にはなっていない。なら、他の人に望みを駆けるしかない。
この時の私はお嬢様に協力すると言いながらも、全く正反対の願いを抱いていました。女神の運命をなど受け入れずに、どこか遠くに逃げてほしい。逃げて普通の女性のような幸福を掴んでほしい。
いや、嘘ですね。
この時だけではなく、お嬢様が最期を迎えるその瞬間まで、私は逃げてほしいと願っていました。
話を戻しましょう。ピィール様に嫌われる作戦として、浮気者となるべくお嬢様は行動されるのですが…これが、面白いほど、うまくいかなかったのです。
ーーーーー
お嬢様は、他の男性にも気に駆けるように意識されるようになりました。幸いにも15歳で学園に入られたお嬢様は異性との交流は頻繁にありました。ありましたが…ハッキリ申し上げると、皆様、芋なのです。
私としたことがピィール様の容姿が完璧だということを忘れておりました。
金髪巻き髪に、透き通るようなスカイブルー瞳。端正なお顔立ちに優しげな瞳。女性を魅了する全てをお持ちの容姿をしておられました。
幼い頃からピィール様を見ているお嬢様は、学園の男性は芋に見えたでしょう。そこそこ容姿が良くても、素行がよくなかったり、女たらしだったり、無口だったり…と、性格に難ありの人たちばかりです。
優しい性格のピィール様に及ぶ人など、いないのです。本当にひとっこひとり。
それに気づいた時は予言から半年過ぎた頃でした。
「おかしいわ、ローバー…いいと思う男性が一人もいないわ。私の目がおかしいのかしら?」
「申し訳ありません、お嬢様。私の調査不足です。まさか、学園の方があの程度だとは…お詫びのしようもありません」
午後のお茶の時間、浮気者作戦を見直すべく、私とお嬢様は話をしておりました。このままでは時間を無駄に過ごしてしまいます。なんとかしなければ…
「こうなったら、嘘をついてでも浮気者になるしかないわね!」
「お嬢様、それは…」
「大丈夫よ。悪女が出てくる本はあらかた読んだわ。いいと思う言い回しを抜粋した、自作の悪女語録も作ったわ! これさえあれば、大丈夫よ!」
ニヤリと笑うお嬢様に一抹の不安がつのる。悪女語録を作ったのはよいが、実践されたことはまだない。本当に大丈夫でしょうか…。私は万が一を考え、数百ページもある悪女辞典を暗記することにした。
そして、ピィール様との直接対決がやってくるのです。
「あぁ、ダリア…よく来てくれました。久しぶりに顔が見れて嬉しいです」
最初から王子スマイルを全開でやってくるピィール様。早くもお嬢様大ダメージを食らっております。ちなみに私は草むらに潜んで様子を伺っています。ピィール様の背後なので、ピィール様からは見えない位置にいます。
「きょっ、今日はお招きくださいましてありがとうございます。ピィール様」
「そんな他人行儀なこと言わないでください。私達はいづれ夫婦になるのです。いつでも王宮へ遊びに来てくださっていいんですよ」
ピィール様がお嬢様の手をとり、その手に軽いキスをする。はい、もうこれは完全にピィール様のペースですね。仕方ありません。私は用意してあった紙に急いでペンを走らせる。そして、お嬢様に見えるように掲げた。
『お戯れはよしてください、殿下。
(そう言って離れてください)』
お嬢様が私の紙に気づく、それは悪女辞典より抜粋した台詞です。お嬢様は私の意図に気付き、紙に書いた台詞を口にした。
「お、お戯れはよしてください、殿下」
お嬢様はそう言い、ピィール様から離れようとする。しかし、させまいとピィール様が手を握りしめてきた。
「そんなこと言わないでください。僕は遊びであなたに触れたことなどありません。いつも緊張しています」
「ほら、聞こえませんか?僕の心臓の音が。あなたを前にこんなに高ぶっている」
そう言って、ピィール様はお嬢様の手をご自身の胸にあてました。いけません…過度な接触により、お嬢様は卒倒寸前です。
「最近、ダリアとの距離が離れているような気がしてならない。それが僕は不安でたまらないのです。ですから、ダリア…」
ピィール様は胸においたお嬢様の手を今度は、ご自身の頬に触れさせる。
「僕から離れないで。僕を見て」
決め台詞を言われてしまいました。私からは見えませんが、ピィール様の目は潤み、とても悲しそうなお顔をしているのでしょう。これはもうなすすべがありません。我々の完敗です、お嬢様。
そうお嬢様に伝えると、「おトイレに行って参ります!」とお嬢様は叫び、驚いたピィール様の手から逃げ去るように走っていかれました。
令嬢らしからぬ逃げっプリに私も驚いてしまい、すっかり姿を隠すのを忘れておりました。ポカンとしていた私は振り返ったピィール様と、バッチリ目が合ってしまいました。
こほんとわざとらしく咳払いをして、草むらから出る。そして、深々と頭を下げた。
「無粋なことをしてしまい、申し訳ありません」
「いえ、ずっと後ろで音がしていたので、誰かいるだろうなと思っていました」
バレていましたか。気まずい沈黙があたりに漂います。ピィール様は一つ息を吐くと口を開きました。
「ローバーさん、一つ聞いてもいいですか?」
「はい。なんでしょう?」
「最近…いや、15歳になってから、ダリアの様子がおかしいのです。何か心当たりはありませんか?」
ありまくりますが、それだけは言えません。
「お嬢様も大人になられたというですよ。殿下も大人になればわかります」
「僕はもう大人です!」
声を荒げるピィール様に驚く。ピィール様はしまった!という顔をされ、うつむいた。
「すみません…」
「いえ…初めて見ました。ピィール様が、そんな風に声を荒げるところを」
そういうと、ピィール様は苦笑をされた。
「最近、ダリアのことがわからなくて…前は距離が離れていても心が通っているように感じていたのに。今は…近くにいるのに遠い。とても遠く感じるのです…」
「周りの者は、ローバーさんと同じことを言います。ダリアが大人になったからじゃないかって。僕がダリアより年下だから15歳になればわかるって…あと、半年もすれば、僕だって大人になれる。だけど!」
「それまでずっと、ダリアが遠いままなんて嫌だ!」
ずっと溜め込んでいたのでしょう。誰にも言えず。ピィール様の叫びは胸をつくものがありました。
本当なら幸せになれたんでしょう。
お二人、手をとって、いつまでも仲睦まじく、寄り添いながら、人生を過ごされていたのかもしれません。
でも、お嬢様は選ばれた。
違う道にゆく運命を。
「ピィール様が、嫌なやつならよかったんですけどね…」
声に出してしまった本音に、ピィール様は顔を上げる。それに困った笑顔をする。
「ピィール様。女神の予言をお受けください」
「え?」
「そして、ご自身で選んでください。この先の運命を」
「どういうことですか?」
それ以上は言えずにただ深く礼をして、その場を去った。
お嬢様はというと、お手洗いで、右往左往しておられたので、捕獲しました。
ピィール様と顔を合わせづらいということで、その日はお暇させて頂きました。
ピィール様はまだ予言を受けておられない。その予言は、おそらくお嬢様やこの国の行く末が言われるでしょう。
その時、ピィール様が何を捨て、何を選ぶのかーーそれ次第では私達の運命も変わってゆくはずです。
私は願いました。
どうかどうか、お嬢様と幸せになる道をお選びください。
でも、実際はーー
それは、あなたもご存知ですよね?
ピィール様はお嬢様との未来を捨てました。そして、ユリ様との未来をお選びになったのです。
そうそう。ユリ様との出会いを話さなければなりませんね。
お嬢様の新米悪女があまりにも微笑ましかったので、つい長話になってしまいました。申し訳ありません。
では、ユリ様のことをお話しましょう。
ユリ様といえば、最初の頃にお話をしましたね。奥ゆかしい女性で、白や薄いピンク色のドレスが似合う女性。
あなたは、そう聞いて、ユリ様にどんな印象をもたれましたか?
可愛い、いじらしい、か弱い…そんなところでしょうか?
先に言ってしまいますが、あの方こそ本物の「悪女」で、ございます。
その理由をお話していきましょう。
【公開中の設定】
□プロメッサ王国
女神の祝福がある地といわれているが、女神を幽閉し、女神の予言の力に頼っている。この物語の舞台。
□女神
プロメッサ王国に幽閉されている。人の未来を予知し、予言として伝えることができる。その予言は外れない。
□タンジー公爵家
代々、国政にかかわってきたプロメッサ王国の二大貴族の一つ。
ーCAST
◆ダリア・タンジー
タンジー公爵家の令嬢。「この先、悪に身を落とし、18歳の年、婚約者に死を宣告されるだろう」と女神から予言を受け、悪役令嬢となるが、最初の頃はうまくいかず、ピィールにやりこめられていた。本当は孤児院の手伝いをしたりする心優しい女性。ピィール王子と婚約中だが、後に、王子が別の女性に心を移していくため不仲となる。食べることが好き。
◆ローバー
タンジー公爵家の執事。物語の語り手。飄々としているが、誰よりもダリアの気持ちを大事にして仕えている。また、「神殺し」の予言を受けており、ダリアと同じく運命に従おうとする。
◆ピィール
プロメッサ国の王子。ダリアの婚約者。
ダリアより一つ年下。女性を魅了する完璧な容姿をもつ。ダリアが悪役令嬢になりたての頃は、彼女の心が離れたことに苦悩していた。
後にユリが現れ、ダリアと婚約中でありながらも心惹かれてしまう。
◆ユリ
ピィールが好きな女性。奥ゆかしい性格。だが、ローバー曰く「本物の悪女」
◆タンジー公爵
ダリアの父親。『新たな国を作るただろう。ただし、愛する子供は死ぬことになる』との予言を受けている。娘の覚悟を受け、自身の運命を進もうとしている。
また、食と民を愛す「グルメ公爵」の異名をもつ面もあり、よく城下町に出没。しかも正装でくるので、有名人。
◆タンジー公爵婦人
ダリアの母親。娘の予言を聞いて倒れるが、強い一面ももつ。
◆タンジー公爵家の門番
タンジー公爵婦人が倒れた時に、いち早くローバーに伝えた。




