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part02. 執事の語り2 ~二年前の出来事

 話が長くなってきましたね。

 読んでる皆様はお疲れではないでしょうか? なんなら、お茶を入れてきましょうか? え? いらないから早く話せ? それは大変、失礼しました。


 気を取り直して話を始めましょう。

 どこまでお話しましたっけ…


 そうそう。二年前、お嬢様が女神の予言を受けた日のことですねーーー



 ーーーーー



 お嬢様が予言を受けたその日、私はお屋敷で誕生パーティーの準備にいそしんでいました。予言を受け、立派に大人となられたお嬢様を祝う大事な日です。


 屋敷の者たちは忙しく動き回りながらも、皆、口々に「本当におめでたい日だ」と、お祝いの言葉を語っていました。

 この屋敷の者はタンジー家の皆様を敬愛していました。私ももちろん、その一人です。


 祝賀ムード一色だった屋敷に一報が入ったのは、空模様が急変し、雷が鳴り出した時のことです。


「奥さまがお倒れになった!」


 門番をしている若者が血相を変えてパーティー会場に駆け込んできました。

 すでにお集まりになっていたタンジー家に所縁のある来賓たちからざわめき出します。


「ご来場の皆様、私めが様子を見て参りますので、今しばらくお待ちください」


 一礼してすぐに門のところまで駆ける。いつの間にか外は豪雨となったいた。ーー嫌な予感がする。自分が予言を受けた時を思い出し、私は足を早めた。


「旦那様! お嬢様!」


 私が駆けつけた時、すでに奥様は違う者に運ばれた後で、屋敷の入り口には旦那様とお嬢様しかいなかった。


 その姿はあまりに悲壮感が漂っており、私は驚いた。ずぶ濡れで、お嬢様は真っ青な顔をしており、旦那様に支えれれてやっと立っているという有り様だ。


「一体、何が…」


 予言を受けに行く前の嬉しそうなお嬢様の姿が思い出される。身を包む真新しいドレスは大人になったお祝いにと、旦那様と奥様から頂いたものだ。少し大人な雰囲気のそれをお嬢様は着るのを大変、楽しみにしていた。今やそのドレスは雨にうたれ、泥がはね、見るも無惨な姿となっている。


「ローバー。悪いが、誕生会は延期だ。皆にそう伝えてくれないか」


 旦那様の声はかすれていた。そして、目頭には涙が浮かんでいた。哀しみ、憤り、悔しさ…それらの感情が複雑に混ざりあった瞳だった。


「かしこまりました」


 私は感情を殺し、淡々と業務をこなした。戸惑う来賓たちに丁寧に詫び、一人一人送り届ける。困惑する屋敷の者たちに声をかけ、気遣った。

 全てが終わったとき、時刻は深夜を回っていた。

 屋敷のものたちは、眠りについている。雨はいつの間にか上がっていた。そして、静かすぎる夜だけがそこにはあった。



 一晩を過ごした後、私は旦那様に呼び出された。旦那様の執務室に入ると、そこにはお嬢様もいた。


 お二人とも酷い顔色だ。しかし、瞳だけは、どこまでも強く、何かを覚悟した後だということはすぐに理解した。


「ローバー。お前に頼みがある」

「なんなりと、旦那様」

「今日からお前をダリア付きにする。いかなる時もそばを離れず、ダリアの意思に従ってくれ」


 屋敷のいっさいを任されていた私にとってそれは驚くべきことだった。お嬢様のお付きといえば女性であるのが一般的だ。それを男の私がするなど…


「かしこまりました、旦那様。……話していただけるなら、その理由を聞かせていただけませんか?」

「そうだな。お前には話しておこう」


「待って、お父様」


 旦那様が重い口を開こうとした時、お嬢様が一歩前に出た。


「私から話をさせてください」

「ダリア……そうだな。そうしなさい」

「お父様、ありがとう」


 お嬢様は私に向き直り、口を開いた。


「昨日、私は女神の予言を受けました。その内容はこうーー」



「この先、悪に身を落とし、18歳の年、婚約者に死を宣告されるだろう」


「そんなっ…バカな!」


 心優しいお嬢様が悪に身を落とすというのも信じられなかったが、それ以上に、仲睦まじい婚約者のピィール様から、死を宣告されるというのが、信じられなかった。


「私も、最初は信じられなかった。いいえ、信じたくなかった。でも、先程、お父様の予言と、あなたの予言を聞いて、考えが変わったわ」


「お父様の予言は、『新たな国を作るただろう。ただし、愛する子供は死ぬことになる』」


「そしてローバー、あなたの予言は、『国を滅ぼし、神を殺す業を背負うだろう』」


 私は大きく目を見開いた。旦那様の予言。お嬢様の予言。そして私の予言。全てを合わせると一つの未来が見てえくる。


「私の死によって、王家の信頼は失墜するんだわ。そして、お父様とローバーがきっと王を失脚させ、国を立て直すんだわ」


「考えてもみたら陛下は民を思ってないわ。舞踏会がお好きで、華美なものばかり行って、国のことは宰相のお父様に任せっきりですもの」


「それに、女神の予言だっておかしいわ。なぜ、予言をきかなればならないの? 予言をきいたものはその通りにしか生きられなくなる。そんなのおかしい。私たちは、自分の人生を自分の足であるいているのに」


「きっと、あなたとお父様が作る国に女神はいない。女神の言葉に翻弄されることなく、人が人であるために、自由で、自立した国になるんだわ」


 自分の人生であるはずなのに、歩む道を女神に委ねている。お嬢様のいうとおり

 、可笑しなことだ。さらに可笑しいのは、それをしなければ、自由になれないということだ。


「それに…私はね、ローバー。子供達の未来をよりよいものにしたいの」


 お嬢様が遠くを見つめる。その先にあるのは孤児院の子供達の姿だ。


「この国は、生まれた身分で未来が決まってしまう。王家に生まれれば、王に。貴族に生まれれば、貴族に。平民に生まれれば、平民に。中には秀でた能力で勝ち上がる人もいるけど、ほんの一握り。学びたくても、生まれた環境でそれができない子供がいる。それを無くしたい」


「だから、私は運命を受け入れます。悪女となり、ピィール様を欺きます。そのために、ローバー、あなたの力をかして」


 強い瞳が私を写す。こんなにも強く美しい瞳を私は見たことがない。この時に私は誓ったのだ。残りの人生の全てをお嬢様に捧げようと。


「かしこまりました、お嬢様。このローバー。すべてを持って、お嬢様の力となります」


「ありがとう」と言ったお嬢様はまだ15歳のあどけない顔をしていた。


「本当なら…お前には誰よりも幸せになってほしいのだがな」


 旦那様がポツリとこぼす。そして、大きく息を吐き、椅子に座る。そこにいたのは名君と称え、誇り高き旦那様の姿はなかった。

 愛娘の未来を憂い嘆く、ただの父親の姿だった。


「お父様…」

「お前は、私そっくりだよ。頑固で、一度決めたら覆さない。そして、民を、国を思う気持ちが強すぎる」

「ふふっ。それは最高の褒め言葉だわ」


 お嬢様がお父上にそっと抱きつく。


「お母様のこと宜しくお願いします。私から言ったら、気持ちが揺らいでしまうもの」

「任せなさい。私から話すよ。母さんは強い人だ。お前の覚悟を受け入れてくれるよ」

「ありがとう、お父様」


 旦那様の肩は震えていた。お顔が見えないが、泣いておられたのかもしれない。

 お嬢様は涙は見せなかった。お父上を抱きしめるその姿は、聖女のように慈愛に満ちていた。


 話が終わり、旦那様の部屋を出て、お嬢様は自室に戻る。お嬢様に呼ばれた私も部屋に向かう。


 お嬢様は私に背中を向けたまま話し出す。


「さぁ、これから忙しくなるわよ、ローバー」

「そうですね、お嬢様」

「まずは…なにから始めようかしらね。悪女っ…ていっても…よく知らないしっ」

「そうですね、お嬢様」

「っ…古典文学なんか…っ…いいんじゃないかしらっ!あれにはっ…悪役が…たくさん出てきているし!」

「そうですね、お嬢様」

「じゃあ、さっそく……さっそくっ……」


「お嬢様」

「っ……」

「今、私は目を瞑っております。お嬢様のお顔は見えません」

「っ……!」

「それに今から私は何も言わぬハンカチーフとなります。ハンカチーフですから、お好きなようにお使いください。汚れたって構いません。洗濯すればいいだけですからね。触り心地は保証しますので、どうぞお使いください」


 目を瞑り真っ暗な世界で待つ。「バカ…」と弱く小さな声が聞こえたと思ったら、胸に強い衝動がきた。

 服が引っ張られ、前屈みになる。嗚咽が聞こえ、お腹の辺りが濡れてゆく。


「泣き言は言わない!!!」

「…………」

「泣くのもこれで最後!最後にするのよ、ダリア!」

「…………」

「うあああああああ!」

「…………」


「ああああああああああああああ!!」


 たった15歳なのだ。

 その年で自分の死を受け入れるなど、誰ができるものか。


 私はきつく目を瞑り、天を仰いだ。本当は抱きしめて差し上げたかった。でも、できなかった。


 お嬢様は泣き顔を見られたくないはずだ。慰めの言葉もほしがってはいない。ただ、泣く場所が欲しいだけだ。

 お父上にも、お母上にも見せられない涙。もし、見せてしまったら、正気を保てないだろう。

 だから、私はただのハンカチーフになる。ただ、涙を拭える存在であれば、それでいい。


 もしも叶うならば…

 泣きつかれた彼女に心地よい眠りをお与えください。


 もしも叶うならば…

 眠りから覚めた彼女が、もう一度、笑顔になれますように。


 どうか


 どうか


 どうか……


 ただ、そう願った。



 ーーーーー



 っ……。すみません。昔を思い出して、目頭が熱くなりました。申し訳ありません。


 あなたもハンカチーフが必要ですか?なら、私のを貸しましょう。ポケットに五枚ほど常に入っているので、どうぞ遠慮なくお使いください。


 え? なんで、そんなにハンカチーフがあるのかって? あぁ、これはくせなのです。お嬢様がいつでも泣けるようにと思って常に五枚のハンカチーフを持ち歩いていたのですよ。結局、一度も使うことはなかったのですけど…。


 あぁ、失礼しました。また話がそれましたね。続きをお話しましょう。


 声が枯れるまで泣いたあの日を境にお嬢様は涙を見せなくなりました。そして、悪女になるべく振る舞いや口調を研究される日々となるのです。


 二年後、高笑いが似合う立派な悪女となるお嬢様ですが、最初の頃は、上手くいきませんでした。


 それもそのはずです。元来、お嬢様は人を貶めることとは、無縁な方でした。


 つけ心地の大変悪い、悪女の仮面は大きさもお嬢様に合わず、被るのに苦労されていました。


 悪女の仮面をかぶり始めて一年後、ある方の出現により、事態は変わっていきます。


 そう、ユリ様との出会いです。


 次は、悪女の仮面をかぶり始めた頃のお嬢様の苦悩と、ユリ様との出会いをお話しましょう。


【公開中の設定】


□プロメッサ王国


女神の祝福がある地といわれているが、女神を幽閉し、女神の予言の力に頼っている。この物語の舞台。


□女神


プロメッサ王国に幽閉されている。人の未来を予知し、予言として伝えることができる。その予言は外れない。


□タンジー公爵家


代々、国政にかかわってきたプロメッサ王国の二大貴族の一つ。


ーCAST


◆ダリア・タンジー


タンジー公爵家の令嬢。「この先、悪に身を落とし、18歳の年、婚約者に死を宣告されるだろう」と女神から予言を受け、悪役令嬢となる。本当は孤児院の手伝いをしたりする心優しい女性。ピィール王子と婚約中だが、後に、王子が別の女性に心を移していくため不仲となる。食べることが好き。


◆ローバー


タンジー公爵家の執事。物語の語り手。飄々としているが、誰よりもダリアの気持ちを大事にして仕えている。

また、「神殺し」の予言を受けており、ダリアと同じく運命に従おうとする。


◆ピィール


プロメッサ国の王子。ダリアの婚約者。婚約中でありながらもユリに心惹かれており、彼女の存在をアピールするために夜会を毎夜のように開いている。


◆ユリ


ピィールが好きな女性。奥ゆかしい性格。


◆タンジー公爵


ダリアの父親。『新たな国を作るただろう。ただし、愛する子供は死ぬことになる』との予言を受けている。娘の覚悟を受け、自身の運命を進もうとしている。

また、食と民を愛す「グルメ公爵」の異名をもつ面もあり、よく城下町に出没。しかも正装でくるので、有名人。


◆タンジー公爵婦人


ダリアの母親。娘の予言を聞いて倒れるが、強い一面ももつ。


◆タンジー公爵家の門番


タンジー公爵婦人が倒れた時に、いち早くローバーに伝えた。

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