last part. 花のように生き、そして、散りましょう
第三者視点です。
誰かに呼ばれた気がして、ローバーは目を覚ました。目を開くと自分の足元が見える。どうやら、自分は座ったまま寝てしまったようだ。
ずっと長い話を誰かにしていたような気がする。幸せで、残酷な話をずっと、ずっと…
とても満ちた気持ちでいるから、きっと幸せな夢だったのだろう。もしかして、走馬灯だったのかもしれない。死期が近いと、過去を鮮明に思い出すというから…たぶん、それなんだろう。
ふぅと息を吐いて、だいぶ見えなくなった目をこらす。すると、誰かがいるのが見えた。
シスター・アザミの使いだろうか。世話焼きばあさんとなった彼女は自分の足が動かなくなった今、孤児院にいた娘や青年を時々、この家に寄越すのだ。
最後の二人になったから、どっちが先にお迎えがくるのか、かけているそうだ。
もう二人しかいないのに、誰とかけているのか…でも、それが彼女の親切だということは分かっていたので、何も言わずにシスター・アザミのしたいようにさせている。
今日は誰が来たのか…体つきから見ると、娘のようだ。燃えるような赤い赤い髪が見える。そして、目元には同じように赤い…眼鏡だろうか。
赤い髪…赤い眼鏡……?
どこかで見たことがあるような気がして、ローバーはじっと目を凝らす。
その人はゆっくりと、ローバーに近づく。目に涙をためて。
「やっと、会えた…ローバー…」
ローバーは目を見開いた。確かめるように、まばたきもせずにじっとその娘を見つめる。
あぁ、なんてことだ…
ローバーの乾いた瞳が潤みだす。間違えるはずがない。この姿を。この人を。
「お嬢様……」
ローバーは枯れた喉を震わせ、声を出した。
赤毛に赤い眼鏡。その姿はダリアが生前、孤児院で変装していた姿と瓜二つだった。
「ローバー…」
自分を認識してくれたことへの嬉しさなのか、娘は涙を流す。そして、ローバーの手をそっととった。
ローバーは信じられない気持ちでいっぱいだった。なぜ? どうして? その言葉が繰り返し頭の中で駆け巡る。
お嬢様は亡くなったはずだ…
それはまごうことなき事実なのに。目の前にいるのは、ダリアその人に間違いないと自分の魂が告げている。
ふいに、女神の最後の言葉を思い出す。
『ぬしは、死ぬ間際、愛するものに出会うだろう』
聞いたとき、また偽りの予言かと、ローバーは思っていた。自分の愛する人はただ一人。そして、その人はもうこの世にいない。いないはずだった…だが…
「お嬢様…なのですか?」
ローバーは確かめるように声をかける。娘はこくりと頷いた。
「私の名前はリア…」
「前世の名前はダリア・タンジー」
「ダリアの生まれ変わりよ」
ローバーの瞳がこれ以上ないくらい開かれる。生まれ変わり…? 奇跡のような事柄に頭が追い付いていかない。その心情を思ってなのか、リアは静かに話し出す。
「ダリアだったことを思い出したのは、つい一ヶ月前なの…事故にあってね…何日か眠っていたわ。そして、目が覚めたら、ダリアだったことを思い出したの」
リアはローバーの手を握りだす。
「最初は混乱していて、何日も泣いていたわ。自分が死んだなんて事実が受け入れられなくて…だから、来るのが遅くなってしまった…ごめんなさい」
「お嬢様…」
「でも…でも!」
リアは顔を上げてローバーを見つめる。その顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「あなたに会わなくちゃって! 会って謝らなくちゃって! そう思って…!」
リアはローバーの膝にすがり付いた。
「ごめんなさい、ローバー! 私は自分のことばかりで、あなたのことをちっとも考えていなかった! あなたはあなたの人生があったのに!! 」
「私のせいで縛ってしまったわ!あなたにの幸せを壊してしまった!!」
悲痛な声で叫ぶリアをローバーはじっと見つめた。そして、ゆっくりとリアの頭を撫でる。
「お嬢様…お嬢様…それは違います」
リアが顔をあげる。それを見つめながらローバーは優しく微笑んだ。
「私は幸せでした。あなたと出会えて、あなたと共に過ごせて、これ以上ないくらい幸せでした」
ローバーの声にリアはまた一筋の涙を流す。ローバーはそれを震える手で拭った。
「お嬢様…お嬢様は今、幸せですか?」
ローバーの問いかけにリアは涙を拭う。そして、ハッキリとした明るい声で言った。
「幸せよ! 私ね、今、先生の見習いをしているの! 一年後には、先生になるのよ!」
「ローバー! 私は、先生になれるのよ! 夢が叶うの!」
その言葉にローバーの瞳から涙が流れる。肩を震わせ、何度も何度も頷く。
「それは、ようございました、お嬢様」
リアは涙を流しながら、微笑む。
「あなたにも見てもらいたいわ。私が先生をしている姿を。こんなにも幸せなんだって、見せたい…」
リアの手が震える。リア自身も分かっているのだ。それだけは叶わない夢だと…でも、言わずにはいられなかった。
「それはぜひ、見てみたいものです。ですが…残念ですが、そろそろ時間のようです」
ローバーは目を細めてリアを見つめる。
「最後に一つのお願いが…」
「なに? なに、ローバー」
リアが前のめりで聞いてくる。ローバーはリアの手を優しく包み込むように握る。
「こんな老人の姿で申し訳ありませんが、言わせてください。本当は一生、言うつもりはなかったんですが…最後なので…」
ローバーがまっすぐリアを見つめる。
「お嬢様…私はお嬢様をお慕いしておりました」
「ずっと、ずっと…」
「あなたを愛しておりました」
その言葉にリアの目から涙が溢れた。
「ローバー! 私は…!」
リアは必死で叫ぶが、その声はもうローバーの耳には届いていなかった。
「善き人生でした…」
「お嬢様…どうか、末永く、お幸せ…」
ローバーの手から力が抜ける。それが彼の死を伝えていた。リアはそれを感じとり、ローバーの肩を揺する。
「ローバー…? ローバー!!」
しかし、彼は二度と目を覚ますことはなかった。まるで眠るように安らかに微笑んで、彼は人生の幕を閉じた。
最愛の人に見守られながら…
ローバーの家では夜になっても、リアの泣き声がずっと響いていた。そして、ローバーの亡骸を抱きながら、彼女はいつの間にか眠っていた。
ーーーーー
数日後、リアは墓標の前に立っていた。その墓標にはローバーの名前が書かれてある。そして隣にはダリアの墓があった。
変な気分だ、とリアは思う。
自分は生きているのに、自分のお墓を見ている。実に変な気分だ。
ふっと笑いながら、リアはローバーの墓に花をたむける。その花はピンクのダリアの花と、四つ葉のクローバーの花束だった。
「ローバー…約束する」
「私、もっと幸せになるわ」
リアはそう言うと微笑んで歩きだした。
空は澄みわたり、どこまでも飛んでいけそうなほどだ。リアはそれを見つめ、改めて自由に生きていることを噛み締めていた。
女神はいない。
仮面を被る必要もない。
心のゆくままに歩ける。
これからは、どこまでも自由な人生だ。
それがこの上なく幸せなことをリアは知っている。
たとえ隣に誰もいなくても、自分の足で大地を踏みしめて歩きだす。
いつか、散るために。
今は、大地に咲く花のように生きましょう。
fin
【設定】
□プロメッサ王国
女神の祝福がある地といわれているが、女神を幽閉し、女神の予言の力に頼っている。この物語の舞台。女神がきえた後はプロメッサ国となり、国民の国政参加が認められ、貴族も特権がなくなり、爵位も意味のないものとなる。
□女神
プロメッサ王国に幽閉されている。人の未来を予知し、予言として伝えることができる。その予言は外れない。自分の死を望み、そのためにダリア、ピィール、ユリ、タンジーに偽りの予言をする。最後はローバーに剣で砕かれ、その命を終える。
□タンジー公爵家
代々、国政にかかわってきたプロメッサ王国の二大貴族の一つ。
ーCAST
◆ダリア・タンジー
タンジー公爵家の令嬢。「この先、悪に身を落とし、18歳の年、婚約者に死を宣告されるだろう」と女神から予言を受け、悪役令嬢となるが、最初の頃はうまくいかず、ピィールにやりこめられていた。一年間のうちに自作の悪女語録を元に夜な夜な悪女の演技を磨き、ユリの応援もあって立派な悪女となる。本当は孤児院の手伝いをしたりする心優しい女性。孤児院の手伝いの時は身分を隠すため、赤毛に赤い眼鏡をかけて変装していた。ピィール王子と婚約中だが、王子がユリに心を移していくため不仲となる。食べることが好き。令嬢でなかったら、先生になりたいという夢を持っていた。
自ら公開処刑を望み、最期は民衆の前で人生を終える。
◆ローバー
タンジー公爵家の執事。物語の語り手。飄々としているが、誰よりもダリアの気持ちを大事にして仕えている。また、「神殺し」の予言を受けており、ダリアと同じく運命に従おうとする。
ダリアに執事としてはあらぬ思いを抱いており、絶対の服従を誓いつつ、生きて逃げてほしいと願っている。
ピィールの最期は首切り台の綱を、彼への罪滅ぼしのため、自ら切った。
女神の予言の全貌を知り、死を望む女神を祖父の剣で砕く。その後は国政の参加をタンジーに望まれるが、辞退し、ダリアの墓に近い場所で静かな余生を過ごす。最期はダリアの生まれ変わりのリアに看取られてその生涯を閉じた。
◆ピィール
プロメッサ国の王子。ダリアの婚約者。
ダリアより一つ年下。
ダリアが悪役令嬢になりたての頃は、彼女の心が離れたことに苦悩していた。
後に同じ年で庇護欲をそそるユリが現れ、ダリアと婚約中でありながらも心惹かれてしまう…と、みせかけて本当はダリアに嫉妬してほしかったために、あえてユリと仲良くしていた。しかし、ダリアが結婚を拒否したことにより、心が壊れ、ユリをダリアだと思い込み、妻にする。自身も王となり、ダリアに死を宣告する。その後、自堕落な日々を送り、即位一年未満でクーデターを起こされる。その時、誰も彼を助ける者はいなく、ダンジー公爵により公開処刑をされ、その生を終える。
◆ユリ・ポムグラネイト
ポムグラネイト男爵令嬢。ピィールと同じ年齢。この国には珍しい長く白い髪に金色の瞳、透き通るような白い肌をしている。奥ゆかしい性格とみせかけて、本物の悪女。ピィールが好きだとダリアに言い、ダリアの悪女を応援するという。しかし、ローバーには、「私は協力者。自分も運命に従っている」と何かを知っているような発言もしている。
後にピィールが自分をダリアと勘違いして愛してるいるにも関わらず、それをむしろ好み受け入れている。後に、王妃となる。
物心ついた時からダリアと比較され続けひがんでいたが、ダリアを見た瞬間、心を奪われ彼女のために生きる決意をする。女神から『王を惑わし、滅ぼす魔女となる』と、予言を受けており、それがダリアの願いを叶えるために必要なことだと知り、自分の役割を演じていた。ダリアの死後、殺される日を待ち望んでいたが、ダンジー公爵から生涯幽閉と言いわたされ発狂する。
◆アザミ
ダリアの孤児院の生活をまとめるシスター。ダリアの親友。ダリアの予言を知る人物。気心が知れた相手にはものすごく口が悪くなる。ダリアが悪役令嬢をすることに反対し「生きろ」と、説得する。ダリアの処刑前夜に駆けつけ、バカと言って号泣した。
◆クロタ
新聞記者。アザミの古い友人で、よく孤児院にも顔を出している。国嫌い。国へのネガティブキャンペーンをはるため、ダリアから情報を受け取っている。飄々した性格でダリアのことをお嬢ちゃんと呼ぶ。ジャガイモパンケーキが好物。
◆タンジー公爵
ダリアの父親。『新たな国を作るただろう。ただし、愛する子供は死ぬことになる』との予言を受けている。娘の覚悟を受け、自身の運命を進もうとしている。また、食と民を愛す「グルメ公爵」の異名をもつ面もあり、よく城下町に出没。しかも正装でくるので、有名人。
ダリアの死後、一年未満のうちにクーデターを起こし、王と王妃を捕らえる。最前線に立ったことから豪剣であることが伺え、ピィールの剣も容易く弾き飛ばしている。娘をとめられなかったと、今でも後悔しており、罪滅ぼしとして、ピィールには娘が死んだ同じ日に処刑を、ユリには幽閉を命じた。
王が亡き後、国の改革を進め、国民が国政を参加できるようにし、貴族の特権も廃止した。
◆リア
ダリアの生まれ変わり。赤毛に赤い眼鏡をかけ、ダリアが孤児院で変装していた時の姿で生まれ変わる。先生になりたかったダリアの意思をくんでか、今は先生見習いをしている。ローバーの死期近くに前世の記憶を取り戻し、ローバーに会いに行く。そしてローバーの思いを告白され、最期を看取った。
◆タンジー公爵夫人
ダリアの母親。娘の予言を聞いて倒れるが、強い一面ももつ。
◆タンジー公爵家の門番
タンジー公爵夫人が倒れた時に、いち早くローバーに伝えた。
◆国民
王が見つかったことを皆に知らせた。
◆国民
王を捕らえろと叫んだ。
◆国民
王の首を切れ!と、声高に叫んだ。