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part01. 執事の語り1 ~悪女生活

 あなたなら、どうするだろうか?

 もしも、自分が悪役としてしか生きられなれないと知ったなら…


 あなたなら、どうするだろうか?

 もしも、遠くない未来、婚約者からに死を宣告されると知ったら…


 ダリアはこう言った。


「私は悪になると決めた。決めたからには徹底的に演じきるわ。私の人生の舞台をね」


「それで処刑されるならそれで結構。私らしく散るまでよ」


「私の人生だもの。人から何を言われようと、恥じないわ。私は誇り高き、タンジー家の娘、ダリアよ」


 これは、悪女の生涯を演じきった令嬢ダリアと、彼女の願いを叶えるため道化となった執事の物語だ。



 ーーーーー


 ご紹介が遅れました。お話させていただくのは、この国の二大貴族と呼ばれ代々、国政にかかわってきたタンジー家の執事をしていた私、ローバー。


 お嬢様のことを聞きたいだなんて、とても嬉しいです。さぁ、椅子におかけください。


 さて、まずは、どこから話しましょうか。


 そうですね…


 では、まだお嬢様が明るく元気に悪女を演じていた学園生活から話すことにしましょう。



 ーーーーー



 べちゃっ


 中庭で一人の少女が泥に足をとられる。それだけならば良かったものの、泥で足が滑り、盛大に転ぶ。そのせいで白いドレスは汚れ、見るかげもなくなる。


 転んだ少女は青ざめ、その場から動けずにいた。


「あら、ユリ様。どうしたのですか?ずいぶん斬新なドレスをお召しですね」

「ダリア様…」


 現れたのはタンジー家のお嬢様、ダリア様だった。お嬢様は、ユリと呼ばれた少女を見下ろし、嬉しそうに微笑んでいる。


「少し、足を滑らせまして…」

「まぁ、そうですの。これから夜会だというのに大変ですこと。お怪我はありませんか?」

「はい…それは大丈夫ですが…」


 ユリ様はドレスが汚れてしまったことにひどく動揺されていた。奥ゆかしい彼女に似合うよう作られた白いドレス。夜会用に作られたものに違いない。


「素敵なドレスですのに、汚れてしまいましたのね。お可哀想に」


 彼女を気遣うように腰をかがめるお嬢様。少しだけユリ様が微笑む。


「ユリ様、ご安心ください。汚れてしまっても大丈夫ですわ。ほら、こうすればーーー」


 そう言ったお嬢様は近くにあった水差しを持ち、それをユリ様の頭の上で傾けた。


 ジョロロロロローーーー


 お嬢様はユリ様の頭から冷たい水をかけた。泥が流れて、ドレスに染み込んでいく。


「ほら、綺麗になりましたわ」


 唖然としているユリ様を見下ろし、お嬢様はうっとりと微笑まれた。


「なにをしているんだ!」


 息を切らせ近づいてきたのはお嬢様の婚約者、ピィール様。青ざめるユリ様の肩をとり、お嬢様を睨み付ける。


「ダリア…これは一体、どういうこと?」

「ご機嫌よう、ピィール様。ユリ様が、ドレスを汚してしまいましたので、綺麗にして差し上げたのですよ」

「綺麗にって…まさか、水をかけたのは君なのか!」

「ええ」

「なぜっ!」


 お嬢様が水差しを持ち直し笑う。


「殿下は常日頃から、ユリ様は花のように可憐だとおっしゃっていたじゃないですか」


「私は可愛い花に水をあげただけですわ」


 その笑みは悪女と呼ばれるのにふさわしいものだった。


「っ!行こう、ユリ」


 ピィール様はお嬢様を一瞥すると、ユリ様の肩を抱き寄せ歩き出す。

 二人の姿を見送ると、ふぅとお嬢様は息を吐いた。


「見事な悪女っぷりでした」


 拍手をしながら、私が現れるとお嬢様はいつも表情に戻る。


「やりすぎたかしら?」

「いいえ。むしろお二人の去り際に『ピェール様。今夜の夜会、楽しみにしてますわ。もちろん、エスコートしてくださいますよね?』ぐらい言ってもよろしいかと」

「あら、そうね。今度は言ってみるわ」


 そう言ったお嬢様の顔は先ほどまでの悪女の顔ではなく、年相応の笑顔だった。


「でも、殿下が早く来てくださってよかったわ。ユリ様が風邪をひいてしまうもの。あと、やっぱり、ドレスを汚してしまうのは、やり過ぎよね…あの泥じゃ汚れは落ちないし」

「でも、ユリ様用として殿下は何枚もドレスを用意してあります。一着ぐらい汚しても構わないかと」

「だって、もったいないわ。あのドレス、高級なシルクを使っているし。あの布から子供の服だって、髪飾りだって作れるのよ」


「……後でもらえないかしら、あのドレス」

「焼却炉から、くすねましょうか」

「そうね! ロバート、お願い!」


 パッと目を輝かせるお嬢様。それに目を細める。


「お嬢様、そろそろお召しかえを。夜会に間に合いません」

「いけない。ロバート急ぐわよ!」

「はい」


 ドレスに着替え夜会に向かう中、私はお嬢様に話しかけた。先程の悪女演技で一つだけ不満があったのだ。


「お嬢様、先程の演技、泥で足滑らすのはよいとして、なにもお嬢様自ら、泥を作るために地面を掘り起こさなくてもよかったのでは?」


 そうなのだ。お嬢様は、あの中庭で二人が密会しているの情報を知り、先程の演技を計画された。乾いた土を掘り、水を撒き、泥にした。しかも、一見、泥があるように見えなくするため、草や花をまき偽装までしていた。


「あら、私がやると決めたのだから、私がやるのは当然でしょ?」

「それはそうですが、慣れないことをして手がマメだらけではありませんか」


 隠すように黒い手袋をされているが、その手は慣れない土おこしで傷だらけだ。


「私にやらせてくれてもよかったものを」

「くどいわよ、ローバー。やるのは私よ。他の誰でもないわ」

「頑固ですね」

「そうよ。私は頑固者なの」


「でなければ、悪役をやろうなんて思わないわ」


 いたずらっ子のようにお嬢様が微笑むのと、夜会の会場に着いたのはほぼ同時だった。



 毎夜のように開かれる夜会。それは、ピィール様が主宰されていた。目的は、お嬢様より身分の低いユリ様のアピール。二人の仲の良さを周囲に知らしめるためだ。お嬢様を差し置いて。


 お嬢様にとっては針のむしろのような時間だ。しかし、お嬢様は最新鋭のドレスを身にまとい堂々としていた。


 今宵もピィール様がエスコートしたのは、ユリ様。うすいピンクのドレスを着て、会場の中央でピィール様と楽しげに踊っている。

 まるで、虚構の上で踊るからくり人形のようだ。


「大丈夫ですか?」


 お嬢様に声をかける。いくら神経が図太いお嬢様でも気落ちしているのでは? と、思い声をかける。


「なにが? あ、ローバーも食べる? このショートケーキ美味しいわよ」


 平然とそう言うお嬢様をみて、私はまだまだだなと悟った。


「お嬢様、あまり食べ過ぎては、ドレスが着られなくなりますよ」

「だって、もったいないじゃない。こんなにたくさんあるのに、誰も手をつけないのよ? 」


 そういって一人食事を召し上がるお嬢様。その姿に「まぁ、殿下に誘われないから、食べてばかりいらっしゃるわ」と、せせら笑う声が聞こえる。お嬢様は地獄耳なので、聞こえているはずだ。でも、悪評はウェルカムと、思っているのか…いや、甘いものには目がないので単に食い意地が張っているだけだろう。


「うーん、美味しいけど今一つなのよね。慣れた味で感動がないわ」

「仕方ないでしょう。王家御用達の職人が作ったものですから」

「そうなんだけど…お父様の夜会だったら食べたことのないお菓子や、見たこともない食事が並ぶのに」


 お嬢様のお父上は、グルメ公爵とも呼ばれるほど、食べ物に目がない。

 その情熱は常軌を逸脱しており、貴族世界の料理人では満足せず、民間の料理まで食べに行くほどだ。

 しかも、使用人たちが止めてもお構い無しに正装で行かれる。この前は白馬に乗って行かれたものだから、町の料理人が腰を抜かしていた。


 以前、旦那様に「なぜ、正装で行かれるのですか?」と聞いたことがあった。「真剣に料理を作っている者たちへの礼儀だ。それに、どのような身分の者もわしが食べに来ると分かれば張り合いになろう」と答えてくださった。


 旦那様は民を愛し、食を愛していた。娘であるお嬢様も間違いなくその血を引き継いでおられる。


「ほんと、誰も食べれないわね…もったいない。みんな、今日の食事をとるために懸命に働いているというのに」

「まぁ、夜会なんて、見栄の塊で行われるものですからね。特にピィール様主催のものは、ユリ様アピールのため、華美にされていますから」

「華美にするために働きお金をかせいでいるのは、国民なのよ? それを無駄にして…恥ずかしくないのかしら」

「恥ずかしいと思っていたら、王家のものにはなれませんよ」

「じゃあ、私は王家に嫁がなくて正解ってことね」


 そう言ってまたケーキを召し上がるお嬢様を見て、私は切ない気持ちになりました。


「もし、お嬢様が王家に入ったら、夜会などせず、お城もどうにかしてしまいそうですね」

「あらそうね。あそこは広いから勉強したい子供を呼んで、学舎にしてもいいわ」

「そんなことになったら、煩くて陛下に怒られてしまいますよ」

「あらいいじゃない。子供は国の宝よ。最高の教育を受ければ、きっと素晴らしい働き手となって、たくさん儲けてくれるはずだわ」

「結局はお金ですか?」

「皆が豊かになるためにお金は大事」


 そう言ったお嬢様は、次にプディングを召し上がる。またお腹を壊さないだろうか。胃薬は常備してありますが、心配です。


「あら、これも美味しい。はぁ…あの子達に食べさせてあげたい…」


 あの子達というのは、お嬢様が熱心に通ってらっしゃる孤児院の子供のことだ。昔から通ってらっしゃったが、ピィール様のお誘いがなくなったのをきっかけに頻繁に手伝いをしてらっしゃいます。


「それなら、くすねちゃいましょうか」

「え?」

「気分が悪くなり、別室に行ったお嬢様にお菓子を届けるようにすれば、変に思われないでしょう」

「ローバー、あなたって…天才だわ!」

「ありがとうございます」

「それなら早速…あ、日持ちする焼菓子にするのよ」

「かしこまりました」


 お嬢様は足取り軽く別室に行かれる。具合が悪くなったふりなのですが…と、思いつつ、私は周りがギョッとするほど、焼菓子をより分け、お嬢様の元に向かった。



 ーーーーーー



 思えば、この時がお嬢様も私も一番、楽しんでいた時期だったかもしれません。たとえ、空元気でも、私たちはしたいことをして、生き生きとしていた。


 二年前、過酷な運命を告げられた時に比べればーーー


 あぁ、いけませんね。

 この物語を読んでる皆様を置いてけぼりにしています。申し訳ありません。


 では、二年前の話をしましょう。

 民を愛し、悪役とは程遠いお嬢様が、なぜ、婚約者にであるピィール様を欺き、ユリ様を苛める芝居を始めたのか。



 ーーーーー



 お嬢様のお話をする前にまずは、この国の慣例をお話をしましょう。この国のことをよくご存知ない方もいらっしゃるでしょうし。


 この国、プロメッサ国は、別名、女神の祝福がある国として諸国に知られています。それは、女神が人間を作った初めての地、そう言われているからです。


 でも、真実は違います。確かに女神はこの世に人をお作りしました。しかし、欲深き人間は女神をこの地に留めてしまったのです。今も城の地下深く、女神神殿と呼ばれる場所に女神は幽閉されているのです。


 女神は人の運命を詠む力があり、その予言は外れたことがありません。だから、人は自分の運命を女神に問い続けました。


 これは爵位を持つ貴族しか知りません。

 成人の日となる15歳の誕生日に、子供達の運命を女神に予言させる。いつしか貴族の間では、それが慣例となっていたのです。


 そして、お嬢様も例外なく、女神の予言を受けました。


 二年前、15歳の年に。



【公開中の設定】


□プロメッサ王国


女神の祝福がある地といわれているが、女神を幽閉し、女神の予言の力に頼っている。この物語の舞台。


□女神


プロメッサ王国に幽閉されている。人の未来を予知し、予言として伝えることができる。その予言は外れない。


□タンジー公爵家


代々、国政にかかわってきたプロメッサ王国の二大貴族の一つ。


ーCAST


◆ダリア・タンジー


タンジー公爵家の令嬢。理由があり悪役令嬢を演じているが、本当は孤児院の手伝いをしたりする心優しい女性。ピィール王子と婚約中だが、王子が別の女性に心を移しているため不仲となっている。食べることが好き。


◆ローバー


タンジー公爵家の執事。物語の語り手。飄々としているが、誰よりもダリアの気持ちを大事にして仕えている。


◆ピィール


プロメッサ国の王子。ダリアの婚約者。婚約中でありながらもユリに心惹かれており、彼女の存在をアピールするために夜会を毎夜のように開いている。


◆ユリ


ピィールが好きな女性。奥ゆかしい性格。


◆タンジー公爵


ダリアの父親。食と民を愛し「グルメ公爵」の異名をもつ。よく城下町に出没。しかも正装でくるので、有名人。


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