事務所
光一郎は、窓ガラスに目隠し用の黒いシートが貼り付けられたベンツの後部座席に乗せられた。前方にはパンチパーマで派手なアロハシャツを着た若い男がハンドルを握っており、運転席の後ろに、目つきが鋭いスキンヘッドに眉無しの男が座っており、助手席の後ろにサングラスの男が真ん中の光一郎を挟む形で乗り込んだ。普通なら、この状況であれば、大の大人でさえ縮こまってしまう所だ。しかし死さえ覚悟した光一郎は、背もたれに踏ん反り返り、堂々と座った。
「ワレ!この状況が分かってそんな態度取っとるんか?」スキンヘッドの男が捲し立てるように光一郎を威圧した。
「待たんかい!あほんだら!コイツはワシの客じゃ、オンドレは口出すなや!」とサングラスの男が諌めた。スキンヘッドは「スンマセン」と縮こまった。
やがてベンツは、とある建物の前に停車した。連れて来られたのは、如何にも言う感じの人を威圧する様な、所謂、ヤクザ事務所と言う所だった。
中に入ると、一番奥にカウンターかと思われるほど大きな机が鎮座しており、その横に、これまた大きなダイアル式の黒い金庫が置かれていた。真ん中には見るからに高級そうなソファと応接セットがあった。
「多分ここで半殺しになるまでボコボコに袋叩にされるか、小指でも詰めさせられるんやろか?」
最早、光一郎の腹は決まっていた。どうせ半殺しにされる位なら、このヤクザ達三人を道連れに死んでやろうと。
「クソガキ!そこ座れ」サングラスの男は意外にも、高級そうなソファに座るように促した。
光一郎は「半殺しにする前に持て成してくれるっちゅうんか?」などと思い、言われるがままドカッとソファに腰を落とした。
「ワシの思った通りエラい肝が座った奴ちゃな?ワシはお前の言う、無名人や」
男はそう言うと、黒地に金色の文字で何やら印字された紙をテーブルの上に置いた。
"岡山組 若頭 玉野哲也"
光一郎は名刺に目を落としただけで手にも取らずに「ほんで、ワシをどないすんねん。子分ヤラれた腹いせにコロすんか?」と静かに口を開いた。
「ワッハッハッ、お前ホンマ、エエ度胸しとんのぉ。アイツ等は面倒見てない訳やないがどうでもエエ、チンピラや。で、お前は?今、何歳や」と言いながら玉野はテーブルの上の缶ケースからショートホープを取り出して口に咥えた。
すると直ぐ様、横で直立不動になっていた運転手のパンチパーマが火を付けた。予想外の反応に光一郎は一瞬たじろいだが、直ぐに浮きかけた気持ちをストンと落とし「一応、北中の3年5組や!言うても辞めたったけどな」と落ち着き払って答えた。
「ホンマに中坊やったんか?でも、義務教育やぞ?」と意外そうに答えた。
「こんな世界のオッサンが何言うとんねん。義務言うんは行かせる方の都合やろ?行く方は権利や!」光一郎はサブローに聞かされたウンチクを偉そうに話して見せた。
「ホンマ、お前、面白いなぁ。分かった!明日からウチ来い!お前の義務教育、岡山組でさしたる」
この意外な申し出にも一切怯む事なく「ワシは人から盗むもんはあっても教えられる事はない」と凄んで見せた。
「お前みたいな生き方で渡っていけるほど世の中、甘うない。心配すんな!ワシんトコ居ったらお前やったらエエ思い、出来る」玉野も落ち着き払ったもので、気にいってしまった光一郎を口説きにかかった。
「ほなら、二つ条件がある。一つはワシの相棒も一緒に面倒見てもらう事。もう一つはワシらの住むトコ用意してもらう事や」
この時、光一郎の腹は完全に決まった。上がるか落ちるかだと。
「ほうか!ほならワシからも条件出そ。目上のモンには敬意を払て敬語を使え。それからワシの事はオッサンやのうて若頭や」
玉野は咥えていたショートホープをガラス製の灰皿に押し付けて消した。
「あぁ、分か…分かりました」光一郎はこの勝負に勝った事を実感しながら、彰とこの世界でのし上がる事を想像していた。




