署名活動
「だから、きっと何かの間違いですって!誤認逮捕か、そうじゃなかったら冤罪ですよ」新見は所長の矢田圭太郎に食い下がっていた。
「しかしなぁ、このネットニュースを見てみろ。やれダークヒーローだの極道界の猛者だの、好きな様に書き立てられてるじゃないか。真庭も客商売だ。企業イメージってモンがある。残念だが、辞めて貰う他ないだろう」
あれだけ玉野を評価していた所長も、会社を守る為なら、いとも容易く社員を切る。世の中とはそう言ったものかも知れない。これでは玉野がタマミツとして生きていた世界と同じではないのか?新見は全く納得していなかった。
極道の世界で生きていた玉野の事は知らない。新見が見て来たのは、自分を窮地から救い、人の人たる道を指し示してくれた恩人たる玉野なのだ。次は自分が玉野を救う番なのだと、一計を案じ、食堂に井原と笠岡の二人を呼んだ。
「所長が言うには、客受けが悪いから解雇だって言うんだ。それならそれを逆手に取って、所長を説得しようと思う。そこでこんな物を用意したんだ」新見は100枚ほどのプリントを出した。
「何ですか、これ?」井原が興味深そうにプリントを覗き込んだ。
「これは署名用紙だ。配送先に行った時で良い。これにお客さんからの署名をもらうんだ」
プリントには署名欄があり、その上に文章が書き込まれていた。
"この度、我々の仲間である玉野光一郎君が、警察により逮捕されました。我々はこの逮捕を不当なものと考えています。彼が犯罪に手を染める様な人間か、彼を見ていれば一目瞭然です。この不当とも言える逮捕を受け、弊社は彼を解雇しようとしています。仮に彼が有罪になったとしても、我々が彼を信じる心に一切の揺らぎはありません。彼の不当な解雇を阻止すべく、ご賛同頂ければ、ここにご署名をお願いします。 有志一同"
「なるほど!これは良いですね。玉野さんだったら皆んな署名してくれますよ」笠岡が明るく言った。
「オレ、拒まれても絶対にもらって来るっす」鼻息荒く井原も続いた。
「よし!オレ達B班の底力を今こそ!」
こうして新見を筆頭に署名活動が展開されて行った。
初めは三人で始まった活動だったが、それを聞きつけた他の班員もそれに賛同し、やがて班の垣根を越えて、他の班からも活動に参加する申し出があった。
ある店舗の店長の話し「何?そりゃ酷いよ。玉野君が犯罪者なんてあり得ないだろう?喜んで署名させてもらうよ」
ある店員の話し「玉ちゃんが?嘘だろう?ないない!そんなんオレが許さないから」
ある女性店員の話し「嘘だぁ!玉野さん、いっつも私達の我が儘聞いてくれて、忙しいのに棚入れ手伝ってくれた事もあるんだよ。そんな人が好き好んで、人を傷付ける訳ないよ」
新見の読みは見事に当たった。普段の行いとは良く言ったものだ。見ている人はキチンと見てくれているのだ。
気付けば三日間で528名分の署名が集まった。
「所長!これでも玉野君を解雇するとおっしゃるんですか?それでも考えが変わらないと言うんなら、オレ等にも覚悟があります。全員で辞め…」新見が言っているのを遮って矢田が話し始めた。
「皆まで言うな!お前達の行動を見て、先んじて手は打たせてもらった。上層部に掛け合って、会社の顧問弁護士の水島先生に弁護に付いてもらえる事になった。だから安心しろ」
署名自体は無駄になったかも知れないが、新見達の行動が奇跡を生んだ瞬間だった。
一方、警察署では玉野の取り調べが続いていた。
「それじゃあ、このピンクサファイアでの事件も、お前一人でやったって言うのか?」
取り調べ官の津山刑事は、話しを聞けば聞くほど、信じられない思いに駆られた。警察では、ほとんどの事件が、岡山組の組織ぐるみの犯行と断定して捜査を行って来た。それを首謀、扇動したのが目の前の優男、玉野光一郎だと思っていた。
「嘘を付くな!仲間を庇ってんだろう。他にいた組員の名前を言え!」津山刑事の語気が段々と荒くなっていた。
「せやから、ボク一人ですって。何回、同じ事を言うたらエエんですか?」
玉野は自分がやって来た事を自業自得と捉えていた。その為、何も隠す必要も嘘を付く必要もなかった。しかし、玉野がやった事が、余りにも常人離れしているので、なかなか信じて貰えずに、いたずらに時間だけが過ぎて行った。
その時、取り調べ室のドアをノックする音が聞こえて来て、一人の刑事が入室して来た。
「津山警部、弁護士からの接見要請です」その別の刑事は津山に耳打ちした。
「何?んー、仕方ないな。分かった。おい、弁護士先生がお前にお会いになるとよ」津山は捨て台詞を吐く様に取り調べ室を出た。
「今回、貴方の弁護を担当させて頂きます、水島と申します」水島弁護士は名刺を差し出した。
「あの…ボク、弁護士先生なんて頼んでないですよ」玉野は不審に思った。
「心配いりませんよ。私は会社から依頼を受けてここに来ています。貴方の人となりはある程度、調査させて頂きました。その上で貴方を不起訴、悪くても起訴猶予まで持って行きます」
水島のメガネの奥の瞳が優しさを湛えている。
「信用…して良いんですよね」玉野は恐る恐る喋った。
「もちろん!貴方が積極的に行なった行動は未成年時のものです。成人してからは、覚醒剤の蔓延を防いだり、依存者を救済したりと社会貢献とも取れる行動です。当事者からの証言も取ってありますし、仮に裁判になったとしても証言台に立つ事を約束してくれました。皆さん、貴方に感謝なさってましたよ」
何とも見事な手腕だった。水島弁護士は、全て先を見抜いて用意周到に網を張り巡らせていた。
「最後に、貴方のお仲間方からの伝言です。
"玉野の事は社員一同、皆んな信じている。玉野が会社に、仲間に、そしてお客さんにして来た行動は皆んなが知っているから、もう少し堪えて頑張ってくれ"と」
水島弁護士の瞳は優しさを湛えたままだった。
「皆んな…ありがとう」玉野の目から頬を伝うものがあった。




