辞意表明
「スンマセン、オレ、会社辞めます」早朝の配送事務所の点呼場で井原は辞表を差し出して言った。それを横で見ていた玉野は「ちょっと、タイム!今の無しで。話して来ますから」と点呼係に声を掛け、辞表を持って井原を隣の休憩室に連れ出した。
「井原君、言いたい事は分かってます。新見さんの事でしょ?」玉野は井原の両腕を掴みながら諭した。
「玉野さんも分かってるんなら止めないで下さい。オレ、我慢の限界なんすよ。玉野さんが班長にでもなって仕切ってくれたら考えますけど、正直、あの人の下ではやってられませんよ!多分、笠岡も近い内に辞表を出すと思いますよ」かなり不満が溜まっていたのか?興奮気味に井原は捲し立てた。
「大丈夫、大丈夫ですって!ボクが言ったでしょ?人は変わるって。ボクを信じてくれるんなら、言います!あの人は変わりましたから」玉野は普段は見せない強い口調で言い切った。
「はっ?そんな一晩で人間が変わる訳が無いでしょう!いくら玉野さんでも、冗談も程々にして下さい」事情を知らない井原がこう言うのも無理は無い。
「分かりました。ボクについて来て下さい」玉野はこう言って井原について来る様に促した。行き先は、プラットホームの荷捌き場だった。
「あれを見て下さい」玉野が指さした方向には、この時間には開いている筈の無い、防塵シャッターが開いていた。防塵シャッターは食料品を扱うこの会社で、衛生管理の為に車両が着いている時以外は基本的に開け閉めが厳禁となっている。
「何でシャッターが開いてるんですか?」井原が言った後、玉野は更について来る様に言って、シャッターの向こうの荷台に声を掛けた。
「おはようございます!新見さん」この言葉を聞いて、井原は驚いた。自分は辞表を出す為に早くに出て来たが、新見は誰よりも遅くにしか出社しない。その新見がこんな時間に何をしていると言うのか?
「あぁ、おはよう、玉野君!皆んなキチンと積込み出来てるし、誤積みも無し!あれ?井原君?こんな時間にどうしたんだい?」そう言う新見の手には、昨夜の積込みリストが班員の人数分、握られていた。まさか、早朝から班員の積荷をチェックしていたと言うのか?新見の行動に井原は面食らった。
しかも玉野も自分の事も君付けで呼んでるし、何より玉野の言った通り、一晩で人が変わった様になったとしか映らない。
「新見さんこそ何をしてるんですか?」井原の問いに新見は当然の様に「何って、積荷チェックだよ。これからオレらの班は無事故を目指して頑張って行こうと思う!その為にも、先ずはオレが率先して、皆んなの模範にならなくちゃいけないからね」と返した。それを聞いた井原は肩を小刻みに震わせた。
「す…凄いっす。感動しました。オレも無事故達成の為に頑張らして下さい」井原の目には仄かに光るものがあった。
「うん!期待してるよ。一緒に頑張って行こう」
2人の様子を横目で見ながら、玉野は辞表を破り捨てた。そして腕を組んでウンウンと頷いた。




