変調
「朝、早くから弁当やサンドウィッチを作ってくれるなんて、母ちゃんに大事にされてんだなぁ」途中でコンビニエンスストアで買った菓子パンを噛りながら、新見は感心した様に言った。
「イヤ、母はいませんので」玉野はついでに買ってくれた缶コーヒーのプルトップを捻った。
「じゃあ何?彼女か?」新見は少しニヤけた。
「自分です。自分で作ったんです。これ、いただきます」玉野は淡々と話した後、コーヒーを一口飲んだ。
「えーっ!マジかよ!自分で作るって。キモいな、お前」新見の心無い言葉に、一瞬ムッと来た玉野だったが、何も言い返さずにサンドウィッチを噛った。
空がすっかり明るくなり始めた頃、一軒目のスーパーマーケットに到着した。新見は玉野を荷台に乗せ、荷物を指示しながら荷役を手伝わせた。
「それ!その黒酢ドリンク、一ケースで最後な」
新見は初日で商品を完全に把握しきれていない玉野に対して、時折、罵倒しながら、助手の様に手伝わせた。玉野も少しでも覚えられる様にとメモを用意していたが、実際にはメモを取る暇も与えられずに、こき使われた。しかし、この対応が、呑み込みの早い玉野を、逆に早くに成長させる事になった。
二人で10件の配送を終えた頃、時刻は10:48を指していた。
「まだ、こんな時間かよ!新記録じゃん!流石はオレ」新見は玉野の手伝いを棚上げして、恰も自分一人の手柄の如く、自画自賛した。
(なんかこの人、横暴だなぁ。まぁ仕事を教わってるんだから、文句は言えないけど、それにしても、この人と一緒にいたら、ストレスが溜まるよ)新見の姿を見て、玉野はそんな事を考えていた。この事も玉野の成長を早めた一因かも知れない。
この仕事は商品名、積み込み技術、運転技術、店舗までの道順、ルートの取り方、各店舗の特徴や決まり事など覚える事が山の様にある。その為に通常は、経験者でも、3~4ヶ月は横乗りを要する。しかし、全くの未経験者である玉野は、1ヶ月目には運転を任され、3ヶ月経った今、一人立ちを果たしたのだった。
「明日から一人立ちか。やっぱ先生が優秀だと成長も早いわなぁ。オレが教えた事、ちゃんと守って頑張れよ」新見は相変わらずの身勝手な物言いで、玉野を激励した。
「今まで、ありがとうございました。色々と思い出して頑張ります」玉野は謙遜して言ったが、内心は、この横暴な男と一日中、一緒にいる事から解放された事を安堵していた。
家に帰った玉野は、野菜炒めと馬鈴薯と玉ねぎのみそ汁を拵えて、一人で食した。明日からは、一人で配送をしなければならない。シャワーを浴びて早目に就寝した。
その夜、悪い夢を見た。親の顔も知らない玉野だったが、自分の父親が何者かに殺害され、怒り狂った玉野が敵を討つ為に、単身殴り込みに行き、そこで返り討ちに合ったと言うものだった。
夜中に目を覚ました玉野は、余りのリアルな風景に、身体中から汗を吹き出させていた。
「何だ?あの夢は。まさか、ボクが記憶を失う前の現実か?それに父親が出て来たけど、あの人は本当の父なんだろうか?だとしたらボクはヤクザの息子って事になる。それとボクも含めて皆んな、関西弁で喋ってたぞ。ボクは関西出身?じゃあ何で今、東京にいるんだろう」色々と思い出そうと試みたが、結局、何も思い出せないまま、再び眠りに就いた。
朝を迎え、昨夜の汗をシャワーで流した玉野は、弁当とパックサンドを作りそれ等をリュックに詰め込むと、自転車に跨り、会社に向けて出発した。
途中、老人が歩道橋の階段を昇ろうとしている所に出くわした。玉野は自転車を停めて老人の方へ歩み寄った。
「あの、お爺さん、手をお貸ししましょうか?」玉野の優しい問い掛けに老人はニッコリ笑った。
「お若いの、有り難い申し出じゃが、ワシはこの通りまだ若いモンには負けんでな」とその場でジャンプして見せた。玉野が呆気に取られていると、後ろから女の声が聞こえた。
「お爺ちゃん、またそんな無理して。一人で散歩は控えてっていつも言ってるでしょ?あの、スミマセンでした」老人の孫娘と思われるその女は、玉野に軽く会釈した。二人で階段を昇って行く姿を見送りながら玉野は呟いた。
「何か、あの二人、リュウさんとケイちゃんに似てるなぁ」無意識に出た言葉に、言った本人が驚いた。
「えっ?リュウさんとケイちゃんて誰だ?」玉野は激しい頭痛に襲われ、頭を抱えてその場にうずくまった。そして1~2分後、ハッと我に還った様に思い出した。
「そうだ!変な世界に行って、リュウさんとケイちゃんに出会って助けられたんだ」玉野はしばらくその場から動けずにいた。




