記憶喪失の男
男はゴミ置き場のゴミの一部にでもなった様な状態で目を覚ました。ゆっくり身体を起こして周りを見回すと、どうやら飲み屋街の一角にいるらしい。
このゴミ置き場も一般に出るゴミと違い、生ゴミが多いせいか、やたらと臭い。飲み屋街のこんな所で寝ているのだから、昨夜に飲み過ぎて、酔っ払って寝てしまったのだろうか?
記憶がないので、やはりそうかとも思ったのだが、頭が痛かったり吐き気がある訳ではない。しかし、男は二日酔いなどになった記憶もないので、自分はかなり酒が強いのかと思った。
その時、初めて気が付いた。
「あれ?ボクは誰だ?」昨日の事はもちろん、記憶と言う記憶が全くないのに気付いた。男は着ている服のポケットと言うポケットを探って自分の持ち物を調べた。すると、ジャケットの内ポケットに長財布が、ズボンのポケットに鍵が一本入っているのに気付いた。
財布の中身は現金が285,285円と免許証、そして菱形の中に"岡"と刻まれたバッジが入っていた。男にこのバッジは見覚えのない物だった。
取りあえず手掛かりになる物は免許証だけだ。男は住所が書き込まれている東京都新宿区西新宿に向かう事にした。
しかし、土地勘もなく、人に聞きながら向かった。
意外と倒れていた場所からは近かった。
男は住所通りのマンションの一室の前に立ち、ドアノブを捻ってみたが、やはり鍵が掛かっていた。男は試しにポケットに入っていた鍵を鍵穴に差し込み、左に回した。すると鍵は簡単に開いた。
部屋の中は2LDKと間取りも広く、高級感があった。
「ボク…お金持ちだったのかな?」呟きながら高級そうなダイニングテーブルの椅子に腰を降ろした。
ふと、テーブルの上に手鏡が置いてあったので、自分の顔を映した。そしてもう一度免許証を取り出し、鏡の顔と免許証の顔写真を見比べた。
いくら見比べても同一人物なのは確かだが、免許証の顔はやたらと険しい表情をしている。それに対して鏡の中の男は優男以外の何者でもない。
「うーん、何だろう?この違和感は」男は独り言を呟きながら鏡に向かってニッと笑ってみた。
「そう、なんか心は晴れやかなのに頭の中がモヤモヤと靄がかってるんだよなぁ」
男はもう一度免許証に視線を落とし呟いた。
「玉野 光一郎、ボクの名前?なんかピンと来ないんだよなぁ」




