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呪いの転生者は神殺しを望む  作者: 穂波じん
二章 呪いと祝福と
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幕間 ある城塞都市の鍛冶士

 朝日に輝く職人達が集う街の一角に、鎚の音が高らかに響いていた。

 起き抜けの朝告げ鳥達が姦しく鳴き交わしながら鍛鉄の音に乗って見上げるほど高い城壁を越えていく。

 ここは、城塞都市。王都から真っ直ぐ東へ、人の領域と魔王との領域を隔てる最前線にある都市である。


 響く槌音はただ一つ。陽は城壁からすっかり顔を出しているが、音の源である比較的大きな構えの工房を除いては、立ち並ぶどの鍛冶屋も寝静まったまま。

 ただ、それは別に不思議な事ではない。この世界で早朝から起き出し、まして働きたがる酔狂な人間など居ないのだから。


 鋼を打つ音が途切れ、急熱されて沸き立つ水音が代わりに立つ。

 唯一音の漏れていた工房の奥、今しがた焼き入れた剣をやっとこで掴み上げて、一人の『鍛冶士』が矯めつ眇めつして唸っていた。


「んー…………」


 炉の熱気にあてられて全身に玉の汗をかいたその『鍛冶士』は、長く赤い髪を背中で無造作に一つに纏めた女であった。年相応に着飾れば多くの男達が振り返りそうな勝ち気に整った顔立ちも今は煤にまみれ、ラフな肩出しのシャツも相まって鉄臭い作業場に実によく馴染んでいた。


「いや、これじゃまだ足りねえな」


 暫し出来を確認していた女は、やがてため息を一つ、今しがた打った剣を雑に木箱へと放り込んだ。失敗作達がガチャリと自己主張する。


「折返しが足りないのか……焼入れの温度か……そもそも、材料に問題があるのか……それとも、込めるべき魔法……?」


 腕を組んで瞼を閉じ、思い描く。剣を鍛える工程を。目指すべき頂点を。それを奮っていたあの人の姿を。

 ただの『鍛冶士』である彼女のタスクでは、剣に銀の力を宿すことなど当然出来ない。それでも何か、あの頂へ迫るモノを宿すことは出来ないか。

 暫しそうして思い悩んでいたが、ふうと息をつく。


「まあ、手本があるからって、そんな簡単にゃ行かねえよな」


 よいせと立ち上がって伸びを一つ。汗を吸って肌に纏わりつく襟元を拡げて風を送りつつ、もう片腕で一本の鞘に収められた短剣を取り出す。それは無骨な作業ズボンの太腿辺りにある隠しに忍ばせていたものだ。

 眼前まで持ち上げて鯉口を切れば、鈴鳴り音を奏でながら姿を見せた艷やかな銀の刀身が姿を見せた。


 ただ、ただ、鋭く、鋭く。


 見ているだけでも斬れてしまいそうな凄みのある刃は、柄の華やかな彫金細工とは実に対照的で、しかしそれ故に調和が取れている。

 この刃こそが、いやこれを凌ぐ刃を持つ剣を打つことこそが、女の目指している所であった。


「この短剣の来歴とか、あん時聞いてれば、何かヒントもあったかもだけど……今更だよな。本当に」


 その造りをつぶさに観察し、刃に軽く指を添わせる。それから手入れ用の布で刀身を拭い、ゆっくりと鞘へ戻した。

 工房へ他の誰かが現れる前に、隠しへと戻す。

 代わりに手に取ったのは剣の材料となるインゴット。魔法で炉の温度を前よりも高めに調節し、中へ放り込む。

 徐々に赤々と色付いていく金属を見つめながら集中力をたかめ、やっとこで掴んで一気に取り出す。



 使い慣れたハンマーを掴み、無心で叩く。鍛える。



 叩き、折返し、熱し、また叩く。



 打つたびに剣に不要な成分が火花となって散っていく。



 打つたびにますます集中力が冴え渡っていく。



 鉄と、炉と、火花と、鎚音と。



 他に何も介在しない純粋な世界。



 あらゆる雑念を昇華して、剣が形を成してゆく。



 そして魂を注ぎ込む焼入れを行おうとした、まさにその瞬間、雑念に塗れた声と腕が女の動きを阻んだ。


「てめえ、アリー!! この俺を無視するとはいい度胸じゃねえか!! ああっ!?」


 肝心な所で邪魔をされて、女は、アリーは苛立ちを隠すこともせず、今も無遠慮に腕を掴む男を睨み上げる。ブヨブヨの腹、だらしなく垂れた顎を通り過ぎて、見たくもない顔を僅かばかり視界に入れる。


「うるせぇな。邪魔すんじゃねぇよ、『親方』」

「うるさいのはこっちの台詞だ! カンカン、カンカン朝っぱらから鳴らしやがって!

 『鍛冶士』が金槌振るなんて馬鹿なこと、二度とやるなっつったよな、ああっ!?

 何でお前はそんなモン握ってんだ!」

「……こっちの方が魂を込められる気がするんだよ」


 吐き掛かる酒臭い息に顔をしかめながら、アリーは手の中で鎚をクルリと回した。


「それに、ここにある道具も、材料も全部オレが仕入れたモンだ。俺がどう剣を打とうがアンタには関係ないだろうが」


 言葉とともにアリーは腕を無造作に力を込め、掴まれたままだったのを振りほどく。同時に、すっかりタイミングを逸して棒きれと化してしまった打ちかけの剣を冷水の中へ放り込む。

 (ぬる)くなり始めていた鉄が僅かに水を沸き立たせた。

 『親方』と呼ばれた男は突如立った音と蒸気に一瞬肩を揺らし、そして忌々しそうに言った。


「関係? あるに決まっているだろうが!

 ここは俺の工房で、お前が材料を個人的に買えるのは、この俺が口ききしてやってるからだ。

 だいたい、今日の分の仕事は――――」

発動(エグゼ)『パウダリング・マテリアルズ』」


 言い募る『親方』を遮って、アリーが魔法を発動させる。

 工房の隅に積み上げられていたインゴットが、端から解けるように細かな粒子に変わっていく。さながら脆い砂岩が風に崩れていく様を早回しで見ているかのようにインゴットは崩れ、一方で舞い上がった粒子は一定の割合で混ざり合いながら、宙に幾つもの塊に分かれた。

 そして時に渦を成しながら次第に形を整え、


発動(エグゼ)『メルティング・ネット・シェイピング』」


 アリーが追加で発動した魔法が金属粉体を下方から順に層状に急熱、溢れる熱が閃光となって工房内を一瞬包んだ。

 予め光を予期していたアリーは特に意に介することもなく、焼結された金属塊に向けて次々に魔法を畳み掛ける。


発動(エグゼ)『ハードニング』」


発動(エグゼ)『ミラー・ポリッシング』」


発動(エグゼ)『シャープネス・エッジ』」


 不意を付かれてすっかり目が眩んでしまっていた『親方』が視力を取り戻す頃には、アリーの魔法によって作り上げられた無数の剣が宙に浮かび上がっていた。

 アリーが軽く人差し指を上から下へと滑らせれば、それら出来上がったばかりの剣が工房中に突き立つ。その中の一本は『親方』の鼻先を掠めるように落ちて、アリーとの間を分け断った。


 鼻頭を抑えてワナワナと震える親方を見やりながらアリーは鼻を鳴らす。


「今日のノルマ、ロングソード五十本だ。文句あるか?」

「~~~~~~っ!!」


 はくはくと『親方』が口を開け閉めする。が、声になる様子が無い。


「魚みたいにしてないで、文句があるなら言えばいいだろうがよ。

 それとも何か? また、『タスク』を剥奪するぞって脅しでもかけるかよ」


 立ち上がり、見下ろすようにして『親方』を睨みつける。アリーの背は高く、標準より少し低い親方よりも上背が高かった。


「やれるもんならやってみな。アンタのタスク『親方』のレベルで、今の俺のレベルの『鍛冶士』を剥奪できるんならな。

 もっとも、出来たとしても、それで困るのはアンタの方だろうけどな」


 すっかり顔を赤く染め上げた『親方』とアリーの赤い瞳がぶつかり合う。



 ――――先に根負けしたのは『親方』だった。



 舌打ちを残して背中を向けた『親方』を見送り、ため息をつく。


「……ったく、相変わらず何もかも小せぇ奴だぜ」


 そこで改めて周囲を見渡し、


「あー……、仕上げと片付けは後でするか」


少しやり過ぎたとばつが悪そうに呟いてから、炉に向かい合う。その揺らめく炎の向こうへ垣間見るのは今は亡き故郷の、滅びの日。

 ふと横へ視線をずらせば、そこに床へ突き立った剣身に写り込んだ自分の姿が見えた。


(髪、随分長くなっちまったな。

 ……今の俺をみたら、アイツ等なんて言うか)


 自嘲気味に笑んで、それからまた、炉に向き直った。


(俺だけが、生き残っちまった)


 魔法で細やかな温度調整し、材料を焚べて熱する。


(昔の約束も、もう守れねぇ。

 アイツとした、代わりにエリックの面倒を見るって約束も、クーンとした剣を打ってやる約束も)


 アリーだけが生き残れたのは、かの老勇者の置き土産があったからだ。

 いち早く異変に気づいた父が灰色の外套をアリーに頭から被せた。その直後、部屋の中を黒い颶風が吹き抜けて、家も、父も、母も、諸共に左右に分かたれた。

 そして悲鳴を上げる間もなく周囲は炎に巻かれ、屋根が落ちてきた。


 完全に死んだと、迫る瓦礫を見つめてアリーは思っていた。


 衝撃に気を失ったアリーが目を覚ましたのは、見知らぬ騎士の腕の中だった。血塗れのその騎士が教えてくれて、炎からも、瓦礫からも、そしてきっとあの黒い風からも、老勇者の外套が守ってくれたのだと知った。


 あの銀の短剣も、その騎士から今際の際に託されたものだった。

 誰かに届けて欲しい風であったが、それを聞くことは叶わなかった。


(俺のタスクじゃ魔王軍とは戦えない。だから打つ。剣を、強い剣を。

 いつか新たな勇者様に使って貰うために。それが俺に出来る、唯一の敵討ち)


 炉から赤熱した金属を取り出し、金槌で打つ。一打、一打、命と魂を込めて。

 魔王すらも斬り伏せる、そんな剣を打つために。


 城塞都市の片隅で、アリーはただ、ただ、剣を打ち続ける。

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