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呪いの転生者は神殺しを望む  作者: 穂波じん
二章 呪いと祝福と
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第9話 森の中のあばら家

 歪んだ直剣に付着していた煤を払い、刃を収める。

 空を見上げてみれば、濃紺の中に幾つもの煌きが見て取れた。

 ノゾムは暫しの間そうして星を眺め、それから一つ息をつく。

 体中のあちこちが酷く傷んでいたが、今はそれを治療する気分も気力もなかった。

 視線を転じてゆるりと広場を見渡せば、いくらか残り火が燻っている。

 一から火を熾さなくて済むのはありがたいことだ。それに、周囲には危険な気配もない。


「……今日は、このままここで寝るか」


 誰にともなく呟いてから、ノゾムは野営の準備に取り掛かった。



 焚き火を熾すのに、薪には困らなかった。あばら家の周囲には元は建材だったらしき乾いた枝が幾つも落ちていたし、先程までの激闘のお陰で森の際にも折れた枝が無数に散乱している。それらを集めれば、あっという間に準備は終わっていた。

 まずは乾いた木切れだけで組んで火を移す。森の際から拾ってきた枝は火の近くへ置いた。


「さて……」


 散らばってしまっていた荷物も焚き火の側に纏めて、それからノゾムは視線を移す。

 直ぐに食事にしても良かったが、一つだけどうしても気になることがあった。

 辺りはすっかり闇に染まっている。揺らぐ焚き火の明かりは夜に対して無力で、照らし出される範囲は実に狭い。

 橙色の光の周囲では無数の青白い手が今も思い思いに揺れている中、ノゾムが見つめていたのは、その更に奥、今も辛うじて建っているあばら家であった。


 思い返してみれば、あの灰色の巨人の動きには奇妙な所があったのだ。

 最初、ノゾムがあばら家に近付いた時に奇襲を受けてからずっと、あの巨人は常にあばら家を背に負うようにして動いていた。

 それに加えて、巨人の最期。

 あの爆発の中であばら家が無事であったのも、或いは――。


(いや、ここでそんな事を考えた所で意味が無い。

 とりあえず、中を確認してみよう)


 ノゾムは荷物袋から油を吸わせておいた布束を取り出すと、枝に巻きつけて即席の松明とする。

 焚き火から、小さな明かりが別れ、ノゾムの歩みと共にあばら家へと近付く。青白い腕たちは、光から逃れるように前を空けた。



 あばら家の周囲、地面に幾つも散らばった木片を踏み越えて、側面に空いた大穴の前に立つ。

 これだけ大きく穴が空いているのだ。わざわざ入り口へ回り込む気は起きなかった。

 念のためにスリングに石をセットしてから、ノゾムはあばら家の中へと入った。



 松明に照らされた屋内はやはり狭い。作りは外見そのままに酷くみすぼらしく、其処此処に置いている家具と思しきものは、どれも(いびつ)だった。

 燭台に炎を移せば、視界はより鮮明になる。


「これは……」


 中は灰に塗れていた。部屋の四隅には半ば程の高さまで埋まってしまっている程だ。恐らくはこの灰を生み出した大元であろう、壁際に設えられたベッドの直ぐ側に、盛大に火を焚いていた跡が残っている。一方で、あばら家の周囲にあれ程散らばっていた破片は見当たらない。


「…………」


 ノゾムは息を詰めながら、そのベッドへと近付く。上に掛けられたシーツに、膨らみがあったからだ。

 誰か居るのか、それとも――――。

 奇妙なことに、ベッドの上だけは灰が被っていない。それ故に違和感もまた、大きい。


 松明を持つ手をスリングを握る左へ持ち替え、ノゾムは勢いよくシーツを剥いだ。


「…………っ!」


 思わず、息を詰める。

 シーツの下には、干からびた死体があった。体格から、十二、三歳程の子どものようで、側で火に熱せられて変性してしまったのか片腕は随分と色が変わってしまっている。もう片腕は、苦しさを堪えるように胸元で握りしめられたままだった。

 枕元にはすっかり乾いてしまっているタライと、幾つもの布巾が置かれている。

 ただ、それ以外には特に目につく物はない。

 ノゾムは一度瞑目すると、そっとシーツを元のように被せた。

 その後も再び屋内を探って回ったが、しかし、結局これといった物は何もなかった。


(ゲームのように、都合よく手記が落ちているなんて無い、か)


 ベッドの方へ、もう一度目をやる。


(あの子は明日の朝、埋めてあげよう)


 軽く黙礼してから、大穴から外へ出る。それから、念のためにぐるりと周囲を回ってみれば、丁度裏手に小さな畑をみつけた。

 暫く手入れされていないようで荒れていたが、幾つか野菜も残っている。

 ノゾムは元の持ち主に心中で詫びと礼を言うと、その内の幾つかを拝借して焚き火へと戻った。

 荷物から取り出した燻製肉と野菜を火で炙り、齧りつく。咀嚼しながら考えるのは、灰色の巨人の事。


 いくつか、考えられる可能性はあった。

 しかし、決め手は見つけられなかったし、そもそも(アイツ)に繋がるような話でもない。

 早々に食事を終えたノゾムは考えることは止め、この日は直ぐに眠った。




 翌朝、ノゾムはいつもよりも少しだけ遅い時間に目を覚ました。

 ぼう、と、朝焼けの空を見上げる。


 昨夜、ノゾムは久しぶりに夢を視た。懐かしい(ひと)の夢を。

 頭を振って、麻痺の残る脳を覚醒させる。消えかけの焚き火に枝を焚べ、支度を整え、野菜の残りを炙る。

 水袋を傾けて喉を潤し、固まった筋肉をゆっくりと解した。


「さて、墓を作るか」


 そうして、向き直り、そこで気付く。昨夜の夢の理由を。

 静かな森の中で朝日に煌めくあばら家は、かつて一度は想像した可能性を何処か彷彿とさせるもので――――、


 ノゾムは首を振って、その感傷を切って捨てた。


 考えることは何もせず黙々と広場の一角を掘り返し、屋内からシーツに包んで遺体を運ぶ。穴に横たえ、土を被せ、大きめの石を置いた。


「今回は銘を彫る事は出来るのに、肝心の名前が分からないんだから、皮肉だよな」


 遠くの何かを見つめるようにして、小さく溢す。

 最後に、ノゾムは二つ並んだ無銘の墓碑へ手を合わせて短く祈った。




「さてと、依頼も果たしたし、行くかな」


 太陽の位置から方角の当たりをつけて、ノゾムは森の中へと踏み出した。隠れ里ではなく、王都に向けて。

 普通ならば、魔物の討伐を報告するのが筋なのだろうが、そうする訳にはいかなかった。


(きっと、あの村なら快く受け入れてくれるだろうし、望めば普通の、平和な暮らしだって出来るかもしれない。

 でも、だからこそ、俺はあの村に近付いてはいけないんだ)


 空を見上げる。陽はすっかりと上がりきり、木々の合間からは抜けるような青空が垣間見える。

 最近は日が昇るのも随分と早くなってきた。

 気温も徐々に上がってきていて、夏の気配も増している。


(特に、これから一年の間は、絶対に行く事は出来ない。

 何故なら……)



 そう、もう直ぐそこに迫っているのだ。



 十五度目の秋が。



 災厄の日が。



 季節の移ろいに紛れながら、確実に近付いていた。


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