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第0話 いつか辿り着く霧の中

2018/8/31

最初と最後に加筆しました。

その後のストーリーに影響のあるものではありませんが、本作の読み方が少し変わると思われます。

 ねえ、君は信じるかい、神様を。


 それとも、信じてはいないかな?


 ははは、そんな顔しないでよ。


 うん、僕もよく分かってる。こんな質問を、僕がすることの可笑しさってものを。


 それでもね、聞かずにはいられないんだ。


 ――うん。そう、そうなんだ。


 だから、今でもこうして瞼を閉じれば鮮明に浮かび上がる。


 あの霧の中の闘いと、そして――――。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 薄暗い、赤黒い霧のようなものに沈む世界の中で、女が掠れた声で呟く。身長よりも長い大振りな杖へもたれる立ちすくむその女の体は傷だらけで、身を守る為の短甲にもあちこちに穴が空き、痛々しい傷痕がそこから覗いていた。彼女のトレードマークだったつば広の、大きな帽子も最早見る影もない。


「はぁ……、はぁ……。倒せ……たの?」

「魔力反応も徐々に弱まってきている。恐らく……は」


 女の声に応えたのは、白髪の壮年の男。こちらも満身創痍の有様で両手に酷い火傷を負っている。足元には真ん中辺りで二つに折れ砕けた杖が転がっていた。

 二人の視線の先では、たった今まで死闘を繰り広げていたものが徐々にその形を崩し始めていた。溶けるように崩れるそれが薄く拡がり、醜悪な床面を覆い隠していく。

 と、その時、二人から少し離れた場所から野太い歓声が上がった。


「うおおおおああああぁああっ!! ついに、ついに倒してやったぜ、クソ魔王め!!」


 快哉を叫ぶ赤髪の男は獲物の両手剣を床へ突き立て、抉られた右目から血の涙を流しながら意味にならない言葉で天に吠え続けている。

 その様を少し微笑ましげに見やってから、女は壮年の男へ向き直った。彼女の動きに併せて三つ編みにして一つに纏めた彼女の長い髪が軽やかに揺れ動く。


「これで、これでこの世界は、ようやく軛から解き放たれるのですね」


 その言葉に壮年の男は感慨深げに目を細め、僅かに頷きを返した。


「ああ、その通りだ。完全に解き放たれるまでには暫し時間を要するだろうが、な。

 これでやっと、私の悲願も果たされた」

「やっと……、やっと終わったのですね」


 女は肩の力を抜くと、ゆっくりと前へ向き直った。魔王の体は既に完全に崩れ去り、真っ黒な汚泥の溜まりをその存在の痕跡として床に拡げるばかりだ。

 先程までの激しい戦闘が嘘のようで、少し向こうから聞こえる雄叫びが辺りの静寂を一層際立たせていた。



「――いいや、まだだ」



 その静寂へ、第四の声が滲み入る。

 女はその声にハッとすると、焦ったように視線を巡らせる。赤髪の男と、魔王だったものを挟んで丁度反対側に、その声の主は居た。

 黒い髪に柘榴のような赤い瞳を持つその男は、右手の直剣を杖代わりにバシャリ、バシャリと引きずりながら汚泥の中程へと歩を進めている。この場にいる誰もが大きな傷を負っているが、その男は取り分け酷い傷を負っている。左腕は二の腕から先が食いちぎられたように失われており、体のあちこちに穿たれた孔から血がボタボタと流れ落ちている。

 女達が薄氷の上で魔王を倒せたのも、ひとえに彼が言葉通り身を削って活路を切り開いてくれたからであった。


「ノゾム、動かないで! 今、傷を塞ぐから! お願い、じっとしていて!」


 女は痛む体に鞭を打って男の元へ駆け出す。早く癒やしの魔法を掛けなければ命に関わる。

 しかし、そんな女の様子など一顧だにせず、黒髪の男は一歩一歩、汚泥の中を進む。その半ば濁りかけた瞳は汚泥の中心、その直上の虚空へと向けられていた。



「これからだ。ここからが本番だ」



 男の呟く声は何処までも静かで、しかしそれ故に男が口元を歪めて浮かべる笑みは凄絶さが際立つ。



「漸く、たどり着いてやったぞ」



 そして男は歩みを止めると、そのまま虚空を睨みつけながら言った。



「さぁ、殺しに来てやったぞ、神よ」





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 ――――そして、僕は(アイツ)の元へと遂に辿り着いた。 


 それからの事は……うん、何度も話した通りだね。


 ん? これだけ覚えているのに、どうして改めて書いているのか、って?


 そうだね……これは、そう、記録なんだ。


 辛いこと、悲しいこと、悔しいことも沢山あったよ。


 (アイツ)を恨んで、世界を呪って、理不尽に歯を食い縛った。


 今、思い出すだけでも心を掻き毟りたくなる程の絶望だって、あった。


 それでも、今の幸せを思えば悪くはなかったと思えてしまうんだ。


 だからさ、これからも続く輝かしい日々の中で感謝を忘れないためにも、書き残しておきたい。


 あの日、全てが動き出した日からの、何もかもを。


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