1−4 動き出す闇
「……ン……レン。起きて」
「……ああ、おはよう」
上半身を起こし、声のした方を向くと、どこか焦った様子のカエデが目に入った。
「どこかおかしい……。妙にざわついてる」
言われて周囲に意識を集中すると、確かに何か異様な雰囲気を感じる。
周囲で眠っていた動物達も、気が立った様子でキョロキョロと周囲を見渡している。
「確かに……」
「嫌な予感がするわ。その子を起こして。急いでエンジュに戻るわよ」
「ああ」
カエデに「その子」と指をさされて初めて、アルトリアが知らぬ間に俺の真横で眠っていたことに気づく。
無防備に眠る少女が元魔王であることに、未だに違和感を感じながら頰を軽く叩く。
「アルトリア。起きて」
「……うぅ……もうちょっと……」
「起きろって」
「……あと1分……いや5分……」
「待たない。今すぐ起きるんだ」
何だか妹を起こす兄になった気分だ。
なんて呑気にしていると、見るからに不機嫌な表情の少女が、突然右腕だけを斜め上にあげ、手で銃の形を作ってから人差し指の銃口を俺に向けた。
「んーー……。煩い!」
「うおっ!!」
ものすごい勢いで飛んできた氷の弾丸を辛うじて躱してから、直前に抱いた温かい感情を即時撤回する。
兄に向かって寝ぼけて魔法をぶっ放す妹などいないだろう。
「ん……、あれ? 何処だここは……」
「ダンジョンの外よ。さあ、急いで」
寝ぼけながらも漸く上半身を起こした少女をカエデが急かす。
半目で辺りをキョロキョロ見渡していたアルトリアは、意識がはっきりして直ぐ異変に気づいたようで、バッと起き上がった。
「これは……」
「アルトリアも何か感じるのか?」
「これからは、リアで良い。ああ。極力急いで町、エンジュと言ったか。に戻ったほうが良いだろう」
軽く体を伸ばすアルトリア、改めリアの表情からして、懸念は勘違いでなかったようだ。
「アルトリア……いや、リア。一体何が起こっているんだ?」
「恐ろしく凶悪な魔力がエンジュに近づいておる。凄まじい勢いでな」
「「なっ……!!」」
余りにも突然な事態に思わず二人揃って声を上げる。
「火の魔力だ。恐らく旧勇者パーティーの武闘家、ロギだろう」
当然「ロギ」という名前は聞いたことがある。
若くして武を極めた最強の武闘家にして、誰よりも正義を愛した男。この世界の人々は口を揃えて彼のことをそう評していた。
そんな人の魔力が凶悪だということが理解できず、期待を込めて推測する。
「無事に人界へ戻ってきただけなんじゃ……」
「言っただろう。セパルは他者を操るのが得意だと。ロギも既に闇の力に覆われて……ん?」
エンジュがある方角を眺めながら俺の期待を一蹴したリアが、不意に首をかしげる。
「これは……、風の……」
「どうしたの?」
「……どういうことだ……?」
疑問に答えず、暫く考え込んでいる様子を見せていたリアの口角が突如、グイっとあがった。
「何にせよこれは僥倖だ!」
「だから何が……」
「説明している時間が惜しい。レン。お前は先にエンジュへ向かい、そこにいる風の魔法使いと協力してロギから町を守れ。そして、カエデは我を背負い、共に向かってくれ」
「わ、分かった……!」
「はぁ!?」
状況はよく分からないが、一刻を争うのは確かだ。
リアに突っかかるカエデを他所に、魔力を足に集中させ、先にエンジュへと走り出す。
恐らく、俺を先に向かわすのは、勇者の力が防衛に適していて、かつ、カエデが主に扱う氷属性が、ロギの火属性と相性が悪いからだろう。
そして、持っている情報を含め、重要なピースであるリアを一人にする訳には行かない。その為、この判断は恐らく最適だ。
そう結論づけた俺の頭にふと、数週間滞在していたエンジュで接した、明るく、温厚な人々の表情が浮かぶ。
……間に合ってくれ……!
異様な静けさの中で、俺は足により一層の力を込めた。




